64.会見

「ちょ……ちょっと!」


 睨み合って動きが止まったところでやっと声を出せた。

 ハッとした冨士君がツバメの手を振り払う。


「なんで今喧嘩?」


 わざとらしく目を逸らしてるツバメを、冨士君が呆れたように見た。


「べーつに。本気じゃねーよ。ちぃーっと気になったんでな」

「何が?」

「今日、空港で乱闘騒ぎがあったらしいんだが」


 そう言って、ちらと冨士君に視線を向ける。今度は冨士くんがスッと目を逸らした。ツバメに握られた手首を軽くさすってる。


「よく無事だったなぁ、と。なんか武術やってんだな」

「それが?」

「申告してくれてれば、飛燕の心証はもうちぃと良かったんじゃねえかなって」


 冨士君は飛燕を振り返って、ちょっとだけバツの悪そうな顔をした。


「調べたんじゃないのか?」

「社のプロフィールに書いてねぇだろ。詳しく掘るには他にやることが多かったから、後回しにしたんだよ。まあ、そうとわかれば、ちょっと見えてきたかもしれねぇ」

「何の話?」


 ツバメがひとりで納得しかけているので、口を挟んでしまう。

 確かに、真面目そうな冨士君が、売られた喧嘩とはいえツバメに反撃しに行くのは少し意外だった。でも、何かやっているのなら、身体が先に反応してしまうのは、あるのかもしれないし納得する。


「坊ちゃんがボディガードをつけてない理由と、裏で糸引いてんのが誰かってことがさ」


 ツバメは小さく息を吐き出して、やれやれといった風にじっと冨士君を見つめる。


「明日、何やってくれんるんだか……」


 冨士君はその視線を数秒受けて、それから小さく肩をすくめた。


「俺も詳しくは知らない」

「……なるほどね」


 がりがりと頭を掻きむしって、ツバメはくるりと向きを変えた。


「これは飲んで寝た方が良さそうだ。アンドゥ、ちょっと来い」


 呼ばれたアンドゥはちょっと振り返ったけど、ツバメの顔を見て駆け出した。


「あ! こら! 来いって言ってんだろ!?」


 廊下はそれほど長くなく、広くもない。突き当りまで駆け抜けたアンドゥは壁から壁を三角に蹴って追いついたツバメを躱した。そのまままた駆けてきて、私の後ろに滑り込むようにして隠れてしまう。

 しばらくくるくると私の周りを冗談みたいに追いかけっこしているので、タイミングを見てアンドゥを抱き上げた。


「こっちの部屋にいても私は構わないけど……」

「いいや。連れてく」


 肩で息をしているツバメが、むんずと首根っこを捕まえて連れていってしまう。ドアが閉まる直前、ちょっと情けないアンドゥの声が聞こえた。


紫陽しはるも、早く休んだ方がいい……不自由させて、悪かった」

「うん……冨士君も、ごゆっくり」


 頷いたのを見届けて、私は飛燕が開けてくれた部屋へと足を踏み入れた。





 飛燕が張ってくれたお湯に浸かった後は、ほとんど記憶にないという有様で、朝まで夢も見ずに眠っていたようだ。

 目覚めた時に飛燕が心配そうな顔で覗き込んでいて、なんだか申し訳なかった。

 身支度を整えてしまっても、まだツバメや冨士君を起こすには早い時間で、ルームサービスで軽い朝食を頼んでしまった。どうせ併設のレストランまで行くようなことはないだろう。

 持て余し気味の時間で、荷物に突っ込んでいた冨士君の参考書をコーヒーを飲みながらだらだらと読み進めているうちにノックの音がした。


「冨士、だけど」


 飛燕が向かってくれる。


「どうぞ」

「……いいのか?」

「いまさらじゃない? 飛燕もいるし」

「まあ、な」


 まだ冨士君を見る飛燕の目は少し冷たいけど、それも織り込み済みのようだから放っておく。代わりに、コーヒーを淹れてあげて椅子を勧める。


「備え付けのだけど」

「ああ。充分だ……あ、りがとう」


 冨士君にお礼を言われたのが初めてな気がして、思わず聞き返すところだった。踏み止まったけど。


「……俺だって、礼くらい言う」


 踏み止まったのに表情を読まれて、結局笑ってしまった。

 よく考えれば、普通のやり取りをすることが少なすぎたのだ。

 憮然としていた冨士君は、頭をひとつ振って切り替えると、端末を取り出した。私の前に置く。


「紫陽のだ。フェリーに載せている間だけ電源は入れたが、それ以上は触ってない」

「うん」

「信じるのか」


 いつもの呆れたような感じでもなく、かといって疑問を含んでもいない。きっとそうだろうという柔らかで真直ぐな眼差しを受け止める。


「見られて困るものはないもの」


 ツバメのアプリのログはとっくに消えてる。充電もカツカツのはずで、嘘をつかれていたとしても問題など無い。電源を入れないまま、充電ケーブルに繋いでおいた。


「それで、今日は何が?」


 冨士君はリモコンを手にして、プロジェクターを起動させる。白い壁に朝の情報番組が映し出された。


「昼までには会見が開かれると思う。点けっぱなしにしておけ」

「え? 伯母様が?」

「いや。紫苑叔父さんが」


 ……父さん? しっかり会見で否定しておこうってこと?

 世間の関心は薄れている気もするけど……


「ツバメも呼んだ方がいい?」

「そうだな」

「起きてるかな……」


 早めに寝るようなことは言ってたけど。

 飛燕を振り返れば、彼はひとつ頷いた。


「来ると思います」


 やっぱりまだ寝ていたのか、部屋にノックの音が響いたのは三十分ほど経ってからだった。あくびをしながら入ってきたけど、すでにいる冨士君を見て、ちょっと眉を顰めている。アンドゥはおとなしくツバメの横についていた。


「何のショーが始まるんだよ?」


 ツバメにもコーヒーを渡せば、「サンキュ」と立ったまま口をつけた。

 映像の中では、まるでタイミングを計ったように、司会者がカンペを見て戸惑った顔をした。


『えー……緊急の会見が中継されるようです。最近話題にもなっていた、『Kazan』からですね。何でしょう……』


 映像が切り替わり、すまし顔の父さんが映る。背景はどこかのビルの高層階のようだけど、はめ込みかもしれない。


『あまりお時間をいただくのも申し訳ないので、簡潔にいきたいと思います。まず、わたくし崋山院かざんいん紫苑しおんは本日付で『Kazan』を退社し、新たに『オルタンシアエステート』を立ち上げました』


 フラッシュもざわめきもないけれど、今、業界中で椅子から立ち上がった人が何人もいるような気がした。




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