61.倉庫

 パーキングエリアの飲食用スペースには、ジーナさんが待っていた。置きっぱなしだった私のトランクを横に、自販機で買った紙コップのコーヒーを飲んでいる。

 近づけば、珍しく殺気立った視線を向けられた。と、いっても私にではなく、荷物に手を伸ばした冨士君に。


「あなたに出し抜かれるとは、思ってなかったわぁ」

「出し抜いたのは俺じゃないからご心配なく」

「……なんですって?」


 眉を顰めたジーナさんにそれ以上応えることもなく、冨士君は私の荷物を引いて踵を返した。

 ジーナさんは頬を膨らませて、だいぶ不満顔だ。


「紫苑さんにも連絡したけど、あちこち行ってるみたいで「見つかって、元気ならいい」って……いつもあんな?!」

「まぁ……そうですね」


 苦笑すれば、長めの溜息をつかれた。


「よく言えば周りを信頼してるってことかもだけど、ホント得体が知れないわ」

「お前は坊ちゃんのこと怒れる立場にねぇからな? 俺は忘れてねーぞ」


 アンドゥを抱いて後からやってきたツバメが、ジーナさんを睨みつける。

 ジーナさんは口を尖らせて、ぷい、と顔を逸らしてしまった。


「荷物も軽くチェックしろよ? 盗聴器と発信機くらいは入ってそうだからな」

「そりゃ入れるでしょ? 見張るためじゃないわ」


 ツバメは肩をすくめて、アンドゥを押し付けてきた。

 つまり、安藤に呼びかけちゃダメってことなのね。ツバメや飛燕と話している風にすればいいのかな……

 長居もしてられないので、軽くお礼を言って冨士君の後を追う。彼は軽トラの荷台からバイクを下ろして、シートに私の荷物を括りつけているところだった。


「どうするの?」


 不思議に思って聞くと、冨士君は何でもないように答えた。


「業者や歩行者が通れるゲートがある。そこから高速を出る」


 大きな公園と併設されているパーキングはあるけれど、こんな――と、言っては何だが、本当にトイレと自販機が並んでいるくらいしか設備のないところでも、そういう風になっているのだと初めて知ったかもしれない。


「猫も、乗せてもいいが……」


 アンドゥはプイ、と横を向いたので、冨士君はだろうな、という顔をしてバイクを押して歩き出した。

 建物の裏手に高いフェンスのゲートがあって、その横がドアになっている。ゲートは開きそうになかったけれど、ドアは鍵があるわけでもなく開いた。ギリギリの幅をなんとか通して、外へ出る。

 いかにもな裏道には街灯は少なく、暗がりを行くのは少し怖かった。


「離れるなよ。これ以上ややこしい事態は避けたいからな」

「うん……」


 少し行けば、住宅街の中だった。大きな道を避けているのか、近道を選んでいるのか、車一台分くらいの幅の道が続く。少し疲れたかなと思うくらいで、小さな倉庫に着いた。

 周囲も倉庫なのか、漏れる明かりはない。

 壁にある入力装置にカード状のものをかざすと、ゲートは上下に分かれて開いた。


 中にはバイクが二台と軽が一台置いてあった。

 冨士君は押してきたバイクを停めて、太いケーブルが繋がっている方のバイクをケーブルから外し、広い方へ持ってくる。


「荷物、下ろそうか」


 申し出れば、「いや……」と言いかけて、頷く。


「下ろさなくてもいいが、風を通さない上着があれば出して着ろ。荷物は後で届けるから」


 トランクは荷台に乗せるには少し大きいし、次に用意されたバイクは押してきたバイクより少し小さい。


「往復するの?」

「仕方ない。ここからそう遠くないから」

「……軽は使えないの?」

「俺のじゃないんでな。それに、車よりこっちの方が目立たない」


 黒いボディは確かに闇に紛れるのだろう。冨士君の都合があるのなら、私は口出しするだけ無駄なのだ。言われた通り、薄手のウィンドブレーカーを取り出して着込んだ。


「バイクは冨士君のなの?」

「前回乗せたやつは俺のだが、それとこれは違う」

「……大丈夫?」


 壊れたかはわからないけど、ずいぶん傷だらけなのは私にもわかった。

 冨士君はバイクにまたがりながらちょっと溜息をついて、「わからん」と言った。置いてあったヘルメットを投げ渡されて、乗れとジェスチャーされる。


「修理費は払うさ」

「えっと、私もちょっとは責任ありそうだから……あんまりだったら、少し出します……」


 冨士君はきょとんとした後、珍しくちょっと吹き出した。


「お人好しだな。まあ、払いたいって言うなら出させてやるよ」

「なんで偉そうなの?!」

「払いたくなくなるだろ。ほら、猫は上着の中にしっかり入れて落とすなよ?」


 アンドゥに気を取られて、よく理解できなかったけど、もしかして払わなくてもいい、と言いたいんだろうか。

 胸元から顔を出すアンドゥを落とさないためには、冨士君にしっかりくっついていなければならない。ちょっと恥ずかしいなと思いながら腕を回して、横からヘルメットを被る冨士君を見上げる。バイザーの内側に何か文字が表示されていたのだけど、笑った口元と共にすぐに見えなくなった。


 エンジンがかかっても、バイク特有の重低音と振動がない。

 住宅街に滑り出したバイクは、そのまま静かに目的地へと向かった。




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