51.強行
大柄なひとりが一歩前に出る。
「崋山院
「急いでいるので、通してもらえますか」
質問には答えず、飛燕は冷たい目を向ける。
「そう言わずに。お話する時間をいただきたいだけですよ」
「紫陽様、何かお話することはありますか?」
声だけで飛燕は問う。
「何のお話でしょう」
「天野様との婚約について」
「それについては、紫陽様が答えるまでもない。崋山院として抗議もしています。婚約の事実はない」
飛燕が一瞬口元に笑みを浮かべて返したので、安藤じゃないかと思う。ちらとジーナさんを振り返って、多分、彼女には見えていないはず、と確かめる。
ジーナさんは黙って成り行きを見ていて、私の視線に気づくとそっと耳うちをした。
「合図したら、車まで走って」
眼鏡の人は少し下がったけど、後の二人は私たちを囲むように横へ広がる。大柄な男は変わらぬ調子で続けた。
「もちろん、今はないです。我々だって、それは解ってますよ。でも、いい機会ですから、本人同士もう少し話してみてもいいんじゃないかと思うのです。幸い、今ならマスコミの目もない」
「……久我の人間なの?」
ジーナさんが眉を顰めながら呟いた。大柄な男はにこりと笑っただけ。
久我、と耳にしてハッと眼鏡の人を見る。
食事会の時に、天龍社側の付き添いでいた人だ!
ジーナさんの袖を引いて「天龍社の」と、それだけ告げた。無かったことになっている裏の事情は、口にするだけ多分不利になる。
飛燕も彼の顔を見ているはずで、でも駆け引きには不慣れだから安藤が出てきたんじゃないだろうか。
「『天龍社』ではないですよ。私は
ふっと笑って眼鏡の人が口を開いた。
つまり、あの時から……もしかしたら、もっと前から? 本社は天龍社に指示を出していたかもしれないの?
ひどく緊張して汗を拭く天野さんのお父さんの姿がよぎる。
「納得いただけたのでしたら、ご同行していただきたいですね」
ひとりが傍にあった車のドアを開け、大柄な男は圧のある笑顔で私を促した。
「いいえ」
きっぱりと飛燕が告げる。
「終わった話をいくら持ち出されても関係ありません。紫陽様に結婚の意志はありません。そう、先方にお伝えください。ついでに言うなら、話がしたいのなら、こそこそせずに堂々とアポを取ってください」
眼鏡の人と大柄な男が視線を合わせた。
次の瞬間には、飛燕の腕を大柄な男が掴んでいた。もうひとりも回り込んできて、私はジーナさんの後ろに庇われる。
「あらあら。久我はスマートじゃないのね」
「久我は私だけ。彼らは久我とは関係ないので」
眼鏡の男は優雅に微笑んだ。
捻り上げられそうな腕を自分の身体を捻りながら相手の懐に飛び込むことで躱し、大柄な男を背負い投げる飛燕。その背後にドアを開けていた男が迫った。掴みかかる手を避けて、逆にその腕をとると、引き寄せる勢いに任せて蹴りつけた。
「……こちらは遠慮要らなそうですね。ジーナ様、お気をつけて」
「あらぁ? なるほどぉ?」
多少よろめいたものの、あまりダメージを感じていないような男と、転がって素早く起き上がった大柄な男が、飛燕を挟み込むように相対する。
飛燕が遠慮要らないと言うのなら、大柄な男の人以外はアンドロイドだろうか。
女性だと思ってか、ゆっくりと歩いてくる男に何歩か下がったジーナさんだったけど、ぺろりと唇を舐める表情は余裕があった。ポケットに手を入れて、何かを取り出す。
「飛燕ちゃーん、コードG……んと、
ジーナさんは言い終わると同時に手の中のスイッチを押し、反対の手で私の背中も押した。もわん、と耳に違和感を覚える。
走って、と言われたこと思い出して、慌てて足を動かした。男の人二人は何故かピタリと動きを止めていて、一人をジーナさんが引き倒したようだ。
飛燕もアンドロイドをねじ伏せているのを目の端に映して、エンジンのかかった車のドアが開いていくのを見る。半分開いたドアに手をかけたところで、後ろから腕を掴まれた。
「……あっ」
「そんなに嫌がらなくとも。彼のこと、嫌いじゃないと言っていたではありませんか」
「しつこい男は嫌われるの、よ!」
「……おっと」
ジーナさんがこちらに向かってくるのを見て、眼鏡の人は私の腕を引いて自分の車の方へと走り始めた。
「ただの秘書ではないですね? アンドロイド対策がずいぶん鮮やかだ」
言う通り、ジーナさんに引き倒された方はもうピクリとも動かなかった。飛燕は、大柄な男もいるので簡単とはいかないようだった。また二人と睨み合っている。その、大柄な方を彼は呼ぶ。さすがにその人に行く手を阻まれると、ジーナさんも真顔になった。
飛燕はアンドロイドを制圧できるだろうけど、たぶん、車が走り出す方が早い。
立ち止まろうと思うのだけど、抵抗しきれず彼についていく足が恨めしい。
半分諦めかけた時、バイクのエンジン音がした。顔を上げると、スピードを緩めることなく男の方に突っ込んでくる。
「なっ……」
さすがに眼鏡の男は手を離し、反動で転んだ私の横にバイクはターンして止まった。一瞬だけバイザーを上げて顔を見せる。
その人は「乗れ」と一言だけ告げて、手を差し出した。
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