47.取扱
食事から文房具まで、生活に困らない程度のあれこれが用意されている。雑誌や漫画もいくらかあって、選んだあとはケーブルに繋ぐと注文が完了するようだ。配達は毎回違う人が来て、外付けの宅配ボックス(冷蔵機能付き)に届けられるので、顔を合わせることはないらしい。
それぞれが注文を終えると、ジーナさんは「ご飯の前に着替えちゃうわね」と、また下へ降りて行った。
私も着替えたいなと思いつつ、
管理職と広報部門は大変そうだったけれど、他のところはそうでもないらしい。久我とのいざこざは大なり小なりあるものだから、と。
「
「そこまで確認しに行く余裕はなかったので、わかりません。
「そう、ね」
詳しく話を聞きたいのに(聞いたところで応えてくれるかはわからないのだけど)。
父さんと通話で繋いでいた間に、SNSの通知が入っていた気がする。
電源を入れたタイミングで、真っ黒だった窓から、外の景色が見えるようになった。
「……え?」
「この角度から見える景色ではないですね。こちらの方でしょうか。外が見えないとどうしても圧迫感がありますので、カメラの映像を流してるんでしょうね」
飛燕が左手の壁の方を指差しながら言った。
「あ、びっくりした。私の端末でスイッチが入ったのかと」
「ただの偶然ですね」
ふふ、と飛燕も笑う。
トラクターがのんびり通り過ぎたり、バイクが飛ばしていったり、歩いている人の姿も見られた。飛燕がしばらくそれに見入っている間に、私はアプリをチェックする。最新の取得は出来ないけれど、友人や揚羽さんから入っていたメッセージは読めた。「結婚するの?!」というようなものから、「嘘でしょ?」という疑問や心配してくれる人も。
その中に、冨士君からのメッセージも混ざっていた。どきりとして、飛燕がまだ窓の外を向いているのを確かめてから、開いてみる。
――紫陽さん、ごめん
それだけだったけど、一気に心臓が早くなった。
素早く閉じて、別の人のを開く。でも、何が書いてあるのか全然頭に入ってこなかった。
安藤のチェックは入っているんだろうか。入っていても気付かないだろうか。
冨士君は私のこと敬称をつけて呼んだことはない。そもそも、冨士君とID交換したのは、天野さんとの橋渡しのはずだった。
これは……天野さんからのメッセージだ。冨士君は、天野さんと連絡がつけられてる?
飛燕や
呼び出しや、何か他の要求だったら、きっとすぐに飛燕に知らせただろう。でも、私はそれを知らせる気にはなれなかった。騒動の中、友人の小さなメッセージをできるだけ目立たないように伝えてくれたのだと思うと、いらない波風を立たせたくなかったのだ。
冨士君だって、こんな時に「久我と繋がってる」なんて言われたくないだろうから。話がややこしくなってしまう。
冨士君とゆっくり話せる機会があればいいのだけど……
戻ってきたジーナさんは横山さんに戻っていた。Tシャツにジャージと、だいぶラフな格好だけど、スタイルがいいからか姿勢がいいからか、だらしない感じはしない。
「
なんならメイク前よりも肌の調子がいいような気がして、売れている理由がよく解ってしまった。
「ああ。やはり、こちらの方が落ち着きますね」
デリバリーで届いた荷物を整理しながら、飛燕がほっとしたように言う。
「私も」
「そう? 可愛かったけど。ちゃんと写真に残しておけばよかったかな」
横山さんは笑いながらサラダカップやおにぎりなどを手にした。
「ドリンクメーカーも使えるようにしたし、のんびりしてて。私は下にいるから、何かあったら声かけてくれれば」
「そこまで忙しいんですか?」
「いいや。だいぶ落ち着いたけど、ジーナじゃなく
「え……えっと、でも、ご飯くらい」
言いかけて、普段一人なら横山さんの方が煩わしいのかもしれないと思い至る。私は一人のご飯はやっぱりちょっと味気なかったなと、飛燕と暮らすようになって改めて思ったのだけど。
横山さんはちょっと考えて、「じゃあ」と手にしたものを置いた。空いた手で私の手を掴まえて引き寄せる。
バランスを崩した身体は、そのままソファに腰を下ろした横山さんの膝の上に乗っかってしまった。
「きゃっ……」
「横山様!」
飛燕の非難の声が響く。
「女の子とうちで……ああ、ここじゃないけど。食べる時はだいたいこうだけど。あ、安藤さんとも一度こうしたな」
「え?! 安藤にしてもらったってことですか!?」
「違う違う。もちろん、私がしたんだよ。どんな感じかなって」
安藤ってツバメでもだいぶ重いって言っていたのを思い出して、あんぐりと横山さんを見上げてしまった。
「紫陽さんは軽いね。何が食べたい?」
いつものニコニコ顔で訊かれて、慌ててそこから飛び退いた。
「じ、自分で食べます!」
「遠慮しなくていいのに」
ふざけているし、飛燕は眉間に皺を寄せているけれど、不思議と怒るという気分にはならない。彼の触れ方は、天野さんやツバメとはまた違う。なんていうか……
「横山さんて、いくつなんですか?」
突然の質問に、横山さんはきょとんとした。
「えー。それ聞く? ジーナ的には嫌な質問なんだけど。紫苑さんは越えてないよ」
見た目に誤魔化されがちだけど、そうだ。父さんに近い歳のはずだ。
ツバメはすごく警戒するよう言うのに、安藤はそうでもなかった。それは、安藤が好かれているのを自覚していたからというだけじゃなかったのかも。私が、ジーナさんにあまり不信感を抱かなかったのも。
不意に納得した。
横山さんの隣に腰掛け直して、パスタのふたを開ける。
「あれ。そこに座ってくれるの?」
「私が食べさせてあげたら、喜ぶかと思って」
「んん? そりゃ、うれし……」
身体を乗り出しかけて、はたと私の顔を見つめると、横山さんはため息をつきながらソファの背もたれに寄り掛かった。
「介護される歳じゃないよ」
「私も、成人しました」
苦笑した横山さんはすぐに気を取り直して、ビールの缶を開けた。「乾杯しようか」と。
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