46.堅牢

 飛燕の乗った社用車は途中で道を分かれて行った。聞くと、本社に寄って車を乗り換えるらしい。

 私たちはそのまま二時間ほど走って、牧歌的な景色の広がる一帯へと差し掛かっていた。牛や馬も居たり、でも広い土地の向こうには高層ビルが見えていたり、少し不思議な雰囲気だった。


「そろそろ着くから」


 何度か声を切り替えて、音声通話でも仕事をしていたジーナさんに、よく混乱しないものだと感心していた。邪魔しないようにおとなしくしていたのだけど、ジーナさんは申し訳なさそうに「退屈でしょ」と眉を下げた。

 自分の端末は電源が入れられないし、タクシーについているモニターも音は出せない。ライブ映像や映画やドラマを流してはいたけど、字幕を真剣に追うほどでもなく、半分は外を見ていた。

 一段落したのか、させたのか、タブレットから視線を外したジーナさんに少し話しかける。


「この辺は牧場なんですか?」

「っぽく見えるわよねー。牧場もあるけど全部じゃなくて、いくつかの区画に区切ってあるの。それぞれ持ち主が違って、いわば隠れ家的な? ぽつぽつと小屋やサイロみたいに見えるのも、実は居住空間だったりね」


 へえ、と改めて景色を眺める。すれ違うのはトラクターだったり、確かに人の気配は少ない。

 タクシーが停まったのは小さなレンガ造りのサイロの前だったけれど、ジーナさんの家まではそこからまた少し歩いた。ものすごく目立つ気がする。


「ミュージシャンとかも持ってるから、みんなそんなに気にしないわ。同じ穴のむじなってとこね」


 着いたのはシンプルな倉庫みたいな建物だった。二階の一角に事務所があるような。

 外階段を上って、ジーナさんが監視カメラに顔を向ければ、赤いランプが緑に変わった。


紫陽しはるちゃんもちょっと顔映しておいてくれない?」

「あ、はい」


 素直に従う。

 中も、一見は事務所か休憩室のような感じだった。ガラスが大きく、倉庫の中が見下ろせるようになっている。奥まで入らずに手前の階段を下りたのでよくは見えなかったけど、車が何台か停まっていた。

 階段の先は倉庫……ではなく、一流会社の応接室のような空間だった。シンプルなドアに似合わない、虹彩認証とカードによるダブル認証を通した先だ。さらに下があって、シャワールームと寝室が二部屋、ITルームと呼んでよさそうな部屋が一つ。もう一つはウォークインクローゼットだろうか。使っていないという割には、埃が積もっているわけでもなかった。


「んー。ごめんね! 簡単な掃除とかは入れてたんだけど、ちょっと機械類を一通り立ち上げてチェックするから、上で飛燕ちゃん待ってて。カウンターの上のリモコンで開けられるから」


 トランクを寝室の一つに入れて、言われた通りに上に戻る。窓はあるけれど、カーテンを開けても黒い四角に塗りつぶされていた。

 幸い、そんなに待たずに飛燕はやってきた。外のロック、中のロックと二度操作してやっとご対面。離れていたのは少しの間だったけど、飛燕もなんだかほっとしたような顔をした。


「……ここは、外との通信切れてますね。事務所までは入っていたのですが」

「そうなの?」


 攫われた時に行った家と同じだなと思う。だとすれば、下のITルームでしか通信できないのだろう。


「お疲れ様。ワタシの荷物もありがとう。それはそれとして、飛燕ちゃん何持ってるのかな? このお家では外に電波発するようなものは使えないから、あっても無駄だけど。製造元不明のチップがあるってセキュリティチェックに引っかかってる」


 階段を上ってきたジーナさんがピリッと怖い顔で手を差し出した。

 飛燕は少しだけ訝し気な顔をしたけど、すぐにポケットに手を入れた。


「これですかね。紫陽様の迷子札です」


 取り出したのは赤い金魚のキーホルダーだった。


「ふぅん。あーやしいけど……申告があったのでよしとしましょうか」

「書き込み機能はないですよ。本家でも引っかかりそうなので、外してもらってそのままになっていたのです。今回のことで万が一役に立つかと思い出したので」


 そう言って、飛燕は私の端末ホルダーにそれを着けた。


「ツバメ様が周波数キーをご存じなので、必要でしたら確認してください」

「あら。あなたは知らないの?」

「通信が切れましたので、現在参照できません」

「なるほど? 一緒にいるなら必要ないものね……わかったわ。確認しとく。タカにもらったのね?」


 まだ疑いのまなざしのまま、ジーナさんは私に確認する。


「いえ。ツバメの、知り合いに」

「知り合い?」


 そう言って、もう一度キーホルダーを確認すると、ジーナさんは呆れたように笑った。


「もしかして、西の方の怪しい地域の人? 仲直りしたの? あのバカ」

「仲直りかどうかは……」

「あー、わかった。それは怪しいはずだわ。紫陽ちゃん、もう近づいちゃだめよー?」

「えっと、皆さんに言われます……」


 ようやく緊張を解いて、ジーナさんはぷっと吹き出した。


「それにしても厳重ですね。ここまでとは思いませんでした」

「このセキュリティがあるから、ここを指定したんでしょ。緊急用の隠れ家よ。全く、どこで情報仕入れてるのかしら……そろそろ新しいところも探した方がいいわね……ひとまず、落ち着いたらご飯にしましょう。何か入用なものがあれば、一緒に頼んで」


 ジーナさんがテーブルの下から取り出したのは、大きめのタブレット端末だった。




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