35.移動
寒気が入って、天気はいいけど寒い日だった。
少し時間をもらって、適当なお店で待ち合わせをして、
「すいません。お時間取ってもらっちゃって」
「いいよいいよ。このくらい。で、そちらが……?」
揚羽さんは軽く頭を下げつつ、ハキハキと自己紹介する。
「『
「あ、造園関係の。よろし……あれ? 久我?
会社の名前を聞いて、思わずという風に差し出された手を握り返しながら、揚羽さんはにっこりと笑った。
「はい。紫陽の母です」
きゅっと握られたまま、その手が固まる。
数秒後、その手が離されると同時にボリューム最大の声がした。
「はっ……!! はは?!」
幸い、一斉に注目を浴びたので、その後のボリュームは逆にひそひそと最低になったのだけど。
「えっ……待っ……久我って……久我、ですか?」
「久我です。といっても、籍は紫苑さんと入ったままなので。いろいろありまして……」
「いろいろ……」
オウム返ししながら心臓を押さえて、天野さんは私に視線を向けた。苦笑しておく。
「えっと、お父様はご存じだと思います」
「……だよな」
「私も、再会したのは昨年で……ちょっと、説明は省きますけど、今はそれなりにいい関係だと……」
ちらりと揚羽さんを確認すれば、うんうんと頷いてくれた。
「『高城造園』は完全に独立して細々とやっているので、マスコミなんかの目は誤魔化しやすいかなと」
「あっ。取材の入る日は、避けてますが。一応」
「お気遣い、ありがとうございます。でも、父も冨士君も本当は自分で来たがってたので、バレてもあれこれ理由はつけられるかなって感じです」
「見学が終わればさっさと退陣しますので」
ふふ、と笑った揚羽さんに、今度はちょっと赤くなって、天野さんは背筋を伸ばした。
移動は天野さん自ら運転するワンボックスカーだった。
飛燕に運転させようかと申し出たのだけど、慣れてるから大丈夫と爽やかにお断りされた。
「もちろん、安全運転で行くから」
と、半分は自動運転なので安心するように付け加えられる。
そこはそれほど心配してなかったのだけど。県を跨ぐので、往復だと結構な距離になる。
「疲れませんか?」
「……実は、結構好きなんです。運転。嫌いでなければ、ドライブとか誘いたいくらいで。でも、その。周りからは止められてて……」
話しながらも確かに慣れた手つきでいくつかの機能を立ち上げる。助手席には飛燕もいるから、何かあっても役立つだろう。
「ハンドルもつと人変わっちゃうタイプかしら」
揚羽さんがからかうようにそう言うと、天野さんは笑いながら車を発進させた。
「事故起こしたことはないですよ。ただ、「お前だと本当にずっと走りっぱなしにする」って……「休憩という概念を覚えろ」とか「陸のマグロ」とか言われてて。デートには向かないらしいです」
「陸のマグロ……」
飛燕がやや首を傾げているけれど、揚羽さんは笑っていた。
「今日は目的地もはっきりしてるし、そう遠くないので。でも、休憩とかしたかったら遠慮なく言ってください」
途中、工事で通行止めの区間があると飛燕からの忠告があって、推奨ルートがナビに出されたのだけど、天野さんは「一ヶ所混むところがあるから」と、また別ルートに入り込んだ。昔、お婆ちゃんと走った時のように、狭い道をすいすい進む。
推奨ルートからは外れていたのに、現地に着いたのは予定時刻よりも早かった。
「お見事ですね」
飛燕が感嘆の声を上げている。
「情報先に拾って出してくれたから。ほら、結構無茶振りされることもあるからさ。慣れてるって嘘じゃないだろう?」
「ええ。多少違反があったとはいえ、驚きです」
「そこは大目に見てよ……」
頭を掻く天野さんに笑いながら、揚羽さんに借りた高城造園の作業着を羽織る。飛燕にも渡せば、すっかり下請けの一団になった。
「庭から回りましょうか。中にまだ先の見学者がいるはずなので」
天野さんの先導に任せてついていく。
「揚羽さんはこちら知ってるんですか?」
「そうね。小さい頃に来たことあるから。でも、建物はリフォーム入ってるはずだし、お庭は全部は覚えてないかな。ガーデンパーティはしてた気がするけど……」
正面から見た建物は、ザ、洋館、という感じで、前庭はいわゆるバラ園になっていた。こちらはいつでも有料で公開されているようで、今日も普通のお客さんらしき人がちらほら見える。
途中、関係者らしき人にIDカードを見せれば、生け垣の裏の方へと案内された。従業員通路らしい。
建物横を通り抜けて裏に回れば、揚羽さんの言ったようにパーティができそうな広場があって、庭は奥へと続いているようだった。
「しばらくはドックランにしてたようだよ」
天野さんが手元の端末を見ながら説明してくれる。
「あっちにみえる竹林の中には茶室があるみたい。だいぶ古いから、直すか壊すかは次のオーナー次第だね」
「あー。かくれんぼしたところかな。潜って入るのが面白かったのよね」
全景を写真に撮りながら、揚羽さんは懐かしそうに首を巡らせた。
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