33.雑談

 食べながらぽつぽつと雑談をしていたので、私が食べ終わる頃には天野さんもだいぶ落ち着いたようだった。少しネクタイを緩めて、背もたれに身体を預けている。


「……冨士君」

「え?」

紫陽しはるさんのお父さんの話し方、冨士君に似てる……そちらのマニュアル的な感じなのかな」


 どうやら父さんたちの話に耳を傾けていたらしい天野さんは、ぽつりと漏らした。


「え……そう? 全然、違う気がするけど……」

「ああ、普段じゃなくて。そういえば、冨士君、紫陽さんにはちょっときついよね。不思議。えぇと、それじゃないや。仕事の時のっていうか、いや、たぶん、冨士君が紫陽さんのお父さんに似てるんだろうけど」

「……そう、なんだ?」

「うん。ちゃんと一通りの話を聞いた上で提案とか改善案とか提示してくれる。大きいとこって「こうして」って言われて終わることもあるから、結構意外だったんだよね」

「えっと……私、仕事には関わったことがないからわからないけど、伯母様や伯父様と父はやり方が違うって聞いてる。父は業績とかあまり気にしない自由人、らしいです……すぐあちこち行っちゃうし」

「自由人、なんだ?」


 やっと少し笑ってくれた天野さんは、でもすぐに心配そうな声になった。


「え。でも、あちこちって……もしかしてあまり家にいない?」

「そうなんですよ。もう、昔からずっと。いない方が当たり前だから、たまに父親面されると反発覚えちゃう」


 聞こえよがしに言ってやれば、父はちょっと困ったように眉を下げてこちらを見た。


「それは……えっと、寂しかった、ね? ずっとお母様と二人で?」

「ああ……えぇと……母は母で……だから、祖母と安藤に面倒見てもらってたんです」


 自分でも最近知った複雑な事情は、なかなか一言で表せない。揚羽さんのことはちょっと調べたらわかることだし、今は濁しておいた。

 天野さんは安藤に視線をやって、ちょっとぽかんとこちらを振り返る。


「え。なんか、そういうのがあって、相続の話が?」

「そうかもしれないし、そうじゃないのかも……祖母のことは私には計り知れなくて。なので、この話もご迷惑なら天野さんからでも断ってくださいね」


 裏事情は面倒くさいですよ、と暗に告げれば、天野さんは自分の父親に目を向けて肩をすくめた。


「俺は……少なくとも友達の椅子がそこにあるなら、座っておきたいけど。そのくらいのことしか考えてないから、迷惑をかけるなら、こっちだろうな」

「じゃあ、しばらくは未熟者同士頑張りましょう、ということですね」


 笑って手を差し出せば、天野さんは腿の辺りで自分の手をごしごし拭いてから、握手に応えてくれた。


「どうしよう。だんだん実感が湧いてきた。すげー自慢したいけど、自慢できる友達がいないの、すげぇ良かったとか思ってる」


 うっかり口を滑らせることはない、ということだろうか。やや首を傾げると、天野さんは今日一番の笑顔を見せてくれた。





 正味二時間ほどで顔合わせは終わった。

 私たちは個人的に連絡先を交換して、その様子を見ていた天野さんのお父様は、少しほっとした表情を見せていた。

 目立つわけにもいかないので、頻繁に出掛けたりはできないだろうけど、偶然を装って展示会を見に行ったり、ジーナさんの店でランチを食べたりはできるかもしれない。

 伯母様の言いなりになりたくないのなら、私に何ができるのか、考えなくちゃ。

 天野さん親子を見送ったら、父さんが私の背中をぽんと軽く叩いた。


「紫陽。若い者同士では盛り上がるのだろうけど、あまり親の悪口を言わないでおくれ」

「本当のことだもの。……でも、感謝してないわけではないから、今度訂正しておきます」


 父さんはやれやれと頭を掻いて、安藤を振り返った。


「姉さんへの報告は任せていいのかな」

「はい。お疲れさまでした」

「安藤君もお疲れさま。また何かあったら以前のようによろしく」

「はい」


 軽い挨拶を済ませて、無人タクシーに乗り込む。別の仕事に行くのだとか。言ってるそばからこれだもの。

 私は、安藤の運転する本家の車で送ってもらう。

 以前よりは少しよそよそしいけれど、適度に話題を振ってくれるのは変わらなくて、なんだかちょっと今日までのことが夢だったんじゃないかと錯覚しそうになった。

 でも、夢だったら、ツバメにも揚羽さんにも会えていないのよね。


「……お疲れですか? 黙りますので、お休みになってもよろしいですよ。着きましたら起こします」

「……安藤」

「はい」

「仕事、辛くない?」

「なんですか? 急に。仕事ですので」


 笑う安藤。


「……昨日の特集のチョコレートケーキ、美味しそうだったな」

「少し遠回りですが、寄ってみましょうか? 倹約を言い渡されているので、以前のように買ってはあげられないのですが……」

「そこまでは甘えられないよ。わかってる。お願いしようかな」

「はい」


 ウィンカーを上げて、車は車線変更していく。

 隣で飛燕がちらりと私の方を向いた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る