23.会長
いいだけ笑った後に、飛龍さんは「ついてこい」と先に立って案内してくれた。
乗ってきたバイクは手振りで返してしまい、歩いていくようだ。路地でたむろして通行を妨げているような人たちも、飛龍さんを見ると、さっと端に避けて頭を下げる。飛龍さんは何事もなかったようにその間を抜けていくのだ。
映画で見るヤクザやマフィアのようで(実際そうなのかもしれないけど)、年齢だって十以上離れていそうなそんな人が、ツバメと親しそうに話しているのが少し不思議だった。ツバメには、組織に嵌まっておとなしくしているイメージはない。
「ツバメ、どうして最初から飛龍さんに連絡を入れなかったの?」
「あん? 表ルートでも裏ルートでも、俺だと証明できるものが無ぇからな。しばらく来てなかったから、どのくらい顔を覚えられているかチェックも兼ねてたが」
「え。じゃあ、飛龍さんはどうして駆けつけてくれたの?」
「あの場の写真と位置情報を端末に強制割込みしてやったから、
前で飛龍さんがため息をついたのが聴こえた。
「わざわざプライベート番号の方によこしたからな。まだ変えて一年経ってないと思うんだが。知らないアドレスからソイツの顔写真と若いやつらの睨み合いに銃器まで写り込んでた写真がきたら、面倒になる前に確認しないわけにはいかないだろう」
ツバメがくっくと笑う。
「中間管理職ってやつかよ。年取ったな」
「分かっててやったくせに!」
「もう一人はどうしたよ。あの、金魚のフン」
「お前は変わらないな。
ふん、と鼻で笑って、ぐるりと視線を流すと、ツバメは通りがかった家のポストに中指を立てた。
「あいつ、内勤になったの? 別に会いたいわけじゃねーけど」
「一応管理部門をまとめてるんだがな。そのくらいにしとけよ? 庭の案内は
「はぁ? 勝手に見るからいいって。お偉いさんは椅子でふんぞり返ってろよ」
「お前な。んな訳にいくか。そこまでの信用はねーよ!」
仲がいいのか悪いのか、そんな話をしているうちに高い壁沿いの道へと出た。ツバメがちょいちょいとその壁を指差したので、その向こうが例の庭なのだと気が付いた。
少し行ったところにうっかり見落としそうな地味な扉があって、飛龍さんはそこに開いた小さな覗き穴のようなものに顔を近づける。ロック解除の音と共に、扉は内側へと開いた。
飛龍さんが先に行き、ツバメが後に続こうとしたとき、ツバメの目の前を閃光が走った。思わず彼のシャツを掴んだのだけど、ツバメは苦笑して「大丈夫だ」と私の手を離させた。そのままスタスタと中に入っていく。
飛燕が寄り添いながら一緒に扉を潜ってくれて、すぐにその扉は元のように閉まってしまった。
「つ、ツバメ、今の何?」
「防犯装置だよ。でっかいスタンガンみたいな感じの。あれだと威力はだいぶ弄ってやがんな。私的に使うなって注意した方がいいぞ?」
飛龍さんは振り返りもせずにちょっと手を上げただけだった。その手でこめかみを揉みほぐしているので、全くもう、という感じなのだろうか。
ここはすでに庭だと思うのだけれど、竹林の中の一本道という感じでその広さが窺える。途中いくつかの分かれ道を経て辿り着いたのは、小さな池のある坪庭風の場所だった。縁側があって、そこにお爺さんと、数人の女性たち、そして飛燕がもし年を取ったらこんな感じになりそう、といういわゆる二枚目のおじ様がめいっぱいの渋面を作って待っていた。
「よぉ。おっさん。すっかり爺さんになったな。と、“
「
おじ様が飛龍さんに軽く頭を下げて、それからあからさまにツバメを睨みつけた。ツバメはニヤニヤしてるだけだったけど。
「
「まあよい。珍しい顔を見られたしの。息災か?」
「見ての通りだよ」
「変わらんな。で、わざわざ何用じゃ?」
ツバメが私を見たので、一歩前に出て頭を下げる。
「初めまして。あの、私が庭を見たいと、お願いしたんです」
「崋山院のお嬢さんじゃな。お祖母さまは残念じゃったの。その後なにやら賑やかだったようじゃが……それと関係してくるのかのぅ」
「関係あると言えばありますし、ないと言えばないんです。ごく個人的に……勉強になればと……」
「ふぅむ……」
少し目を細めて顎髭を撫でながら、会長さんはしばらく私たちを観察していた。
横から
「それにかこつけて、お前は何を企んでるんだ? 庭に爆弾でも置いて行く気か?」
「はぁ? するか、そんな目立つこと。庭を台無しにしたけりゃ塩でも撒くわ。嫌がらせならこっそりドクダミやスギナやヤブガラシを植え付けとくね」
会長さんはおや、というように顔を上げてツバメを指差した。
「今、何をしとると言ったかの」
「あん? 庭師だよ。養蜂もやってる。スペース・ビー・ハニーっての、聞いたことくらいあんだろ」
会長さんの周りにいた女性たちが手を合わせて「まぁ」と甘い声を上げた。飛龍さんと
「なるほどな。姿が見えんわけだ。よかろう。この娘たちにその蜂蜜を一瓶ずつ進呈してくれるなら、見学を許そう」
「……お嬢さん方の中では一人しか食えないようだが? まあ、いいさ。それで通してくれるのなら、用意するさ」
肩をすくめるツバメにお爺さんはにやりと笑って、三人の女性の頭を順番に撫でた。
「会長、そんなんで本当にいいんですか?」
「ではお前はどうしたい。堅気の娘さんを人質に取って
さらりとそんなことを言われてどぎまぎしてしまう。
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