22.旧知
「行儀の悪い客とは、あなたたちか?」
先にどこかへ走った人と、青いシャツの人。それから少し偉そうなオールバックの黒スーツの男性が立っている。歳はツバメと同じくらいだろうか。
「客って認識があるなら通してくれよ。迂回路はめんどくせぇ」
「言葉の綾に決まってるだろう。用件を言え」
ツバメはジロジロとスーツの男性を眺めてから、やや首を傾げた。
「あんた、誰?」
「てめぇ! 失礼にも程が……」
若い二人を制して、スーツの男がスッと目を細めた。
「私は
「おお。ワンさん違いか。おたくら、似たような名前多すぎんだよ。俺の知り合いは、もう少し歳いってるからな。おっ死んでなけりゃな」
「それがでまかせでないと、こちらは判断がつかんのでな。アポも無い者は悪いが帰ってもらおう」
男が手を上げると、周囲の建物の窓という窓から物騒な武器を構えた人たちが顔を出した。竦んだ体を飛燕が抱き寄せてくれる。
「アポは入れたぜ?」
「聞いてないな」
「じゃあ、若いのが勝手にゴミ箱に捨てたんだな」
「では、確認するのでお名前をいただきましょうか? ちなみに今日は来客の予定は入ってないがな!」
くっくっと、喉の奥で笑って、ツバメは煙草をふかす。
「アンドゥ」
にゃあ、と腕の中でアンドゥが答えた。場に緊張が走ったものの、特に何が起きるでもなく、動きを止めていたスーツの男たちはイラついたように足を踏み出した。
ニヤついたツバメの胸ぐらをつかんで、間近で睨みをきかせた男の顔が少しだけ疑問に揺らぐ。
と、端末の呼び出し音が辺りに響いた。
スーツの男はツバメを離し、睨みつけたまま内ポケットから端末を取り出す。画面を見ると慌てて応答した。
「はい。はい……え? ええ……でも、い、いえ! は――」
呆然とツバメに目を向けて、男はのろのろと端末をしまう。頭上で手を動かすと、窓からのぞいていた銃器は見えなくなった。
「王さん?」
青年たちが不安げに訊く。
「黙って待て、と……」
アンドゥを呼んで、連絡が入ったのだから、安藤が何かしたのだろうとは予想がついた。ツバメだけが余裕の表情のまま煙草をふかしている。少しして、バイクの音が近づいてきた。狭い路地をずいぶんなスピードで飛ばしている気配がする。それはスーツの男と青年たちの後ろまで来て止まり、後ろに乗っていた方が乱れた髪をかき上げながら降りてきた。
スーツの男と青年たちは端によって頭を下げる。
鷹揚に手を振っただけで応えながら、その人はまっすぐツバメに歩み寄った。
「よぉ。久しぶり」
「……本物か? 死んだ噂もあったぞ」
「足はついてるよ。お偉くなったみたいだな? 『
親指を目の上で縦に移動させて、ツバメは笑う。
長髪のその人の右目には大きな傷が走っていて、苦笑すると手にしていたサングラスをかけてから振り返った。
「私が対処する。もういい。元の位置につけ」
「あの、そいつは……」
スーツの男がやや食い下がると、王飛龍さんはツバメを振り返ってからしばし悩んだ。
「「
「ビジネス!? やたらでかい顔して暴れ回る一文字傷のヤロウの噂は……」
「ああ、それもコイツだ。自分で名乗らないから、名前もいくつもありやがる。どっちも厄介極まりない。お前たちの手に負える相手ではない。わかったら、行け」
ひらひらと手を振るツバメに憎々し気な目を向けながらも、スーツの男と青年たちは去って行った。王飛龍さんのため息が深い。
「で、いきなり何の用だ。……堅気のお嬢さんなんか連れて。何を考えてる」
「人聞きが悪ぃな。ちゃんとおっさん……もう爺さんか。の、予定に割り込ませたんだがな」
「聞いてないな。現場で揉み消されたな。会長は午後から完全オフだ」
「知ってる。別に爺さんがいなくてもいいんだ。ちょいと庭を見せてもらいたくて」
「庭?」
王飛龍さんはぽかんとツバメを見つめて、それから私を振り返った。
「お前……いくらなんでも個人の庭を女口説くために使うんじゃねーよ」
「ちげーよ!! これはお嬢さんからのリクエストだ。お嬢さんは今の俺の「主人」」
「「主人」!!」
「くっそムカつく」
大袈裟なリアクション付きで驚いて見せて、王飛龍さんは私に向き直って軽く頭を下げた。
「失礼いたしました。
「初めまして。崋山院
なんとなく状況が見えてきて、小さくなって謝れば、飛龍さんは「ほう」と感嘆の声を上げた。
「随分大きいとこのお嬢さんだ。それに、「燕」とはまた可愛らしい名だな。姿を消したと思ったら、また種類の違う魑魅魍魎のいるとこに移ったのか」
「色々あったんだよ。あそこのババアはお前らよりタチ悪かったぞ」
「まあ、会長も親交はあったようだからな。個人的に香典を出してた。それで、お嬢さんのボディガードを?」
「ボディガードはそこにいるだろ。俺は庭師だよ」
「……は?」
「当時は庭なんて興味無かったから、全然覚えてねぇ。一回りしたら帰るから、ちょっと入れろよ」
「……マジで?」
「……なんだよ」
眉を寄せたツバメの顔を見て、飛龍さんはそれからしばらくお腹を抱えて笑っていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます