18.総括

「ああ、くっそ。『訊かないけど傍で監視しまーす!』ってことじゃねーか!」


 ツバメはふいと目を逸らしてタバコを取り出すと、ベランダへと出ようとした。その腕を飛燕が掴んで引き止める。


「彼女が紫陽しはる様に自ら正体を明かすのは想定外ですか?」

「どこかでは使ってくると思ってたさ。以前は『安藤』のデータと引き換え、なんて条件じゃねーかと思ってたが、揚羽あげはさんのことが思いの外効いてるらしいな。そこは運が良かった」

「……でも、揚羽さんのことは、安藤のことをもう聞かないってことでチャラだって……」


 ツバメはフン、と鼻で笑った。


「追求しないだけで調べないとは言ってないだろ? 諦めるタマじゃねーよ。だから面倒なんだ。それに、お嬢さんとの取引はそれで終わってても、バラされたのは俺のことでもあるからな? 俺はまだ貸しを全部返してもらってねーから、俺がすでに知っているアレでは取引にはならない。が、『情報屋ジーナ』にお嬢さんを巻き込むことで牽制にはなる」

「……そうなの?」


 肩をすくめてベランダに出て行ったツバメの代わりに飛燕が答えた。


「厄介ごとの種が増えたということです。紫陽様がうっかり口を滑らせたり、情報屋と懇意だと裏世界に知られれば、今まで関係なかった層まで紫陽様に目をつけるかもしれない。そんなことにならないように「お互い」協力しましょうね……ってとこでしょうか」


 私のことでツバメに迷惑かけるのは申し訳ない気もするけれど、ジーナさんのバイタリティには正直勝てる気がしない。


「まあ、最悪敵には回らないよう言質も取りましたし、『安藤』に執着していてくれるのなら、それも想定の範囲内でしょう。『安藤』やユリ様も彼女に全てを隠し通せるとは考えていなかったと思います」

「アンドゥ」


 ベランダで、ツバメがアンドゥを呼ぶ声がした。ジーナさんが来るから部屋に置いてきていたのだろう。しばらくすると、アンドゥを抱えたツバメがこちらを覗き込んだ。


「婆さんの想定の中じゃあ、まあまあマシな方になるんじゃないのかね? 今のところは」

「そうかもしれません」


 アンドゥは飛燕の膝の上に移動して、頭を飛燕の手に擦り付けた。飛燕は慣れた手つきでアンドゥを撫でてやる。飛燕の表情がいくらか人間味を帯びた。


「それで? あんたの意見は?」

「飛燕の言った通りですよ。暴走しない限り、味方につけておけるなら、それに越したことはありません。引き付けておきたいなら、『安藤』はいい餌になるでしょう」


 にやりと笑って、ツバメを見上げる。こんな仕草を見たら、ジーナさんだって飛燕を「つまらない」なんてもう言わないだろうな。

 ……って、いうか、これは安藤だものね。

 アンドゥと飛燕は、ごく近くにいる時には直接通信できる。隣の部屋だとちょっとわからないけど、お互いが壁際にいればたぶん可能に違いない。


「安藤のこと、なんとなくはバレてもいいってこと?」


 私もアンドゥを撫でたくて傍に行けば、飛燕は黙って渡してくれた。


「そうですね。すでに新しい『安藤』が稼働していて、どう近づけるか試行錯誤の段階に入ってますから、データを手に入れても、答え合わせ程度の意味合いしかないはずです。飛燕が安藤と違う挙動をしているのも、危ない熱を遠ざけるのに役立っていると思いますよ?」

「飛燕は疑われてない?」

「今のところは。アンドゥはまだ気になるようですけどね。どちらにしても『安藤』はサポートの位置にしかいませんから」

「……安藤はそれでいいのかな」

「『安藤』はユリ様の秘書。彼女の意思通りお役に立てるのが喜びでしょう」


 飛燕の乏しい表情でも、お婆ちゃんの名を呼んで作られるその微笑はとても柔らかい。

 私はいつか飛燕自身にこんな顔をされるような主人になれるだろうか。なれたらいいなと思いながら、アンドゥをぎゅっと抱き締めた。


「ま、当面はそっちより盗撮していた奴らの動きを注視って感じだな。何に使うつもりだったんだか」


 タバコを吸い終えて戻ってきたツバメが面倒くさそうに言う。


「そういえば、お風呂はどうだったの? 飛燕」

「露天は素晴らしかったですね。秋にまた来たいものです。あとは、まあ、天野様がだいぶ落ち込んでおられたくらいで」

「え? そう、なの?」

「自社社員が思ったよりも冨士様の監視を強くしていたり、プライベートを写真に残すような動きをしていたのが堪えたようです。ランチの時に冨士様に言われたこと、実感されたようですね。メモリーチップの持ち主に、控えめながらも苦言を呈していました」


 ツバメが、小馬鹿にしたような笑いを浮かべる。


「あの坊ちゃんだって、まだだいぶ甘いがな」

「冨士君でも?」

「跡取りレースでくそババアの息子たちと張り合うつもりなら、な。ま、こっちに影響がなけりゃどうでもいいが。アンドゥ、あとは任せた」


 にゃあ、と返事をしたアンドゥに軽く手を振って、ツバメは出て行った。

 もう少し話したかったような、さりとて居残られても困ったような。少し複雑な思いでその背中を見送る。


「……あれ? 任せたって、アンドゥはこっちで寝るの?」


 アンドゥを覗き込めば、にゃ、と得意げに返事をして腕の中から抜け出した。二つ並んだベッドの一つに堂々と陣取ってしまう。


「念のため、とのことです。何かあれば、私が対処している間にツバメに知らせに行けるように」

「そう。じゃあ、久しぶりに一緒に寝ようかな」


 同じベッドに腰掛ければ、邪魔するなというように睨まれた。




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