17.参加
「いいかげん、お嬢さんの手を離しやがれ! この、変態!」
イライラと腕を組んで足先を床に打ち付けているツバメを振り返り、ジーナさんは肩をすくめた。
「心外だなぁ。私は愛せるものが他の人よりちょっと広いだけなのに」
「あ、あのっ。本当に? スピーカーが仕込まれてる、とかじゃなくて?」
ジーナさんは今度は自分で喉元に触れてから、にこりと笑う。
「忘れた? ここでは外と通信できないのよ?」
そうだった。えっと、じゃあ、声帯に干渉する機械、ということだろうか。ジーナさんの声に戻ると違和感が少なくなる。
あれこれを思い返して、ツバメの反応にも納得がいく。けど。
「え……でも、安藤と……ジーナさんの方が、本当ってこと……?」
ジーナさんはキャラキャラと笑う。
「社員証見たじゃない。本名は「
「聞くな聞くな。どうせ解らん。それで? お嬢さんにそれを開示して、何を訊きたい?」
「訊くっていうかぁ、ワタシも混ぜて」
「は?」
「安藤ちゃんのことは追及しない。それは約束したから。他人の秘密にうっかり触れたことも、ワタシの秘密で相殺してもらう。それでもワタシの方がいくらかリスクが高いじゃない? もちろん、紫陽ちゃんの口が堅いのは証明されてるから、信用はしてるけど。そのリスクの分、あなたたちがこっそりしていることに混ぜてって言ってるの」
私とツバメは思わず目を合わせた。こっそり、といったって安藤のことを隠している以外に特に何もない。
「特に何もしようと思ってないですよ?」
「そう? でも、紫陽ちゃんが星を継げるように、これからあれこれしなくちゃいけなくなるでしょう? 情報屋、便利よぉ?」
ツバメはしばし考え込んでしまった。ここでは安藤に繋がらないから、こっそり彼の意見を聞くこともできない。わざとらしくITルームに抜け出す?
「……何かやろうとしてるなら、お嬢さんの父親だろうよ。俺は、星の管理を任されただけだ。婆さんが俺に何を期待してたのかは知らん」
「そうでしょうねぇ。でも、そう言いながら、あなたは地上に下りてくるようになった。紫苑さんの持つマンションに足がかりを置いた。今は何もなくとも、そのうち面白いことがありそう」
チッと、ツバメの舌打ちが響く。ちらと流した視線を受けて、黙っていた飛燕がこちらに向きを変えた。
「では、ジーナ様は何かあった時、カスミ様ではなく、紫陽様の味方に付いてくださるのですね?」
「……あら……」
にこ、と表面的な笑顔で、ジーナさんはそれまでの饒舌な口を一度閉じた。
「ワタシ、新しい安藤ちゃんのメイン担当なんだけど……」
「そうですか」
飛燕の「そうですか」は相槌以外の意味を持たなくて、ジーナさんは眉間に皺を寄せた。
「ん、もう。煽られてるのか、そうじゃないのかわからないわね。このコ」
飛燕は少しだけ首を傾げて見せる。
「そうねぇ……」
ジーナさんは飛燕とツバメと私を順番に眺めて、小さく息をつく。
「そうなると、安藤ちゃんをメンテできなくなるけど……新社長よりは紫陽ちゃんの方が面白そうなのよね」
「別に、すぐ決めなくてもいいぞ。面白いことなんかねーんだから、お前の安藤と仲良くしてればいいじゃねーか」
「あら。すでに面白いことにはなってるわよ? 「天龍社」どう動くかしら」
「……テメェ……」
「あ、言っておくけど、別に情報流したりはしてないわよ? ワタシは中立。このご時世にいつまでもいがみ合ってることもないじゃない? 若者が新しい時代を築いていくのを見守るのも楽しいデショ?」
「勝手に面白がる外野が一番タチ悪ぃんだよ!」
んふふ、と笑って、ジーナさんはツバメの目の前まで近づいた。
「タカが彼女の味方をするのは何故? ユリさんに恩があったのは解る。彼女の遺言が促してるのも判る。でも、タカはそういうものに縛られる人だったかしら? そういうのも、「面白い」のよ」
指先で、喉元から顎先までゆっくりとなぞられて、ツバメは一歩下がるとぶるりと震えた。
「いいわ。何かあった時、私は紫陽ちゃんの味方に付く。これでいい? 紫苑さんじゃないわ。紫陽ちゃんの味方にね」
振り返ってウィンクするジーナさんに、私は何と言っていいかわからなかった。
ツバメは渋い顔をしながら、顎をごしごし擦ってる。
「くっそ。触んな、変態!」
「そういう反応もかぁわいいのよねーーー!」
キャラキャラと笑いながら、ジーナさんはツバメを羽交い絞めにした。
ツバメが彼女を振りほどけないのは、彼女が女性だからじゃなく、リアルに力負けするからなのだと、私はこの時初めて気が付いた。
「記録させていただきました」
飛燕の淡々とした声に、ジーナさんは動きを止める。
ツバメから離れると、半眼で振り返った。
「紫陽ちゃん、しっかりあなた色に染めるのよ? タカが調整してるんでしょうけど、任せておくとどんどん無駄を省かれちゃうんだから!」
「話が終わったんならさっさと部屋に帰れ!」
蹴っ飛ばされて、ジーナさんはよろめいた。
「いったーい! 暴力反対! わかりました! この後はお二人でごゆっくり!!」
ツバメに思いっきり舌を突き出して、最後まで賑やかに彼女は出て行った。
少し肩で息をしているツバメと目が合う。
とたんに「二人で」という言葉が耳の中でリフレインして、なんだか緊張してきてしまった。
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