16.極秘
天ぷらにすき焼き、お刺身に香の物。デザートには涼しげな水まんじゅうがついた、和風旅館の醍醐味、みたいなお膳でお腹が満足する頃には、ツバメとジーナさんの前にはビールの空き缶がこれでもかと並んでいた。途中で飛燕に買い足しに行かせたのだけど、二人の顔色は変わってもいないので大丈夫……なんだろうか。
温泉はどうだったかとか、ちょっとした仕事の話とか……「酒がまずくなるから仕事の話はやめろ」と言いつつ、私にはよくわからない単語が飛び交う会話は、ツバメの普段の一端を見ているようで新鮮だ。
ツバメがトイレに立ったところで、ジーナさんは机でパソコンを開いて作業している飛燕を眺めながら、ほぅ、と息をついた。
「それにしても、ネコロンをタカが持って帰るとは思わなかったわー。紫陽ちゃんがそのまま飼うものかと」
「私も、そのままでもよかったんですけど……ツバメが「もらったもんは手放したくない」って」
ジーナさんはさも楽しそうに笑った。
「なぁるほどねぇ。確かに、そういうとこあるわね。愛着というより執着。今回、留守番させないで連れて来たのは、少しは愛着が湧いてきたからかしら」
流し目でにやにやと問われて、なんだかどぎまぎしてしまう。
「そう、かもしれない? あ、でも、私がいつも様子を聞くから、連れてきてくれたのかも」
「そう。タカ、紫陽ちゃんにはサービスいいもんねぇ?」
「え? そんなことは……」
「安藤ちゃんがいなくなって、遺言の件、どうなってるのかしら?」
遠回しに近づいて、サクッと核心に切り込むジーナさんは心臓に悪い。安藤のことは突っ込まないと横山さんは約束してくれたけど、ジーナさんにしてみれば勝手な約束だろうし、データをサルベージした彼女なら、そこは気になって当然のことだろう。
「伯母様が、「失ったデータも多いから、安藤の調整が先だ」って。保留になってるんじゃないかな……」
「ふぅん。保留の間も紫陽ちゃんのお目付け役やってくれるんだ。そのコがいるのに。タカは安藤ちゃんとどういう約束をしたのかしらねぇ」
飛燕を視線で指してから、ジーナさんはずいと顔を寄せてきた。
「さ、さぁ……」
笑顔が白々しかったのか、ジーナさんはじっと私の顔を見つめ続けている。
だいぶ慣れたと思ったけど、私はまだまだこういう追及をうまく躱すことができないのだと自覚した。黙ってることしかできないのだもの。
「お嬢さんを困らせるんじゃねーよ。俺とアイツの約束事なら俺に訊け! アイツがお嬢さんに負担をかけるようなことを知らせてると本当に思うのか?」
ずかずかと戻ってきてジーナさんの頭に手刀を落としたツバメは、その襟首に手をかけて彼女を引き戻そうとした。
「やぁん。だってタカに訊いても答えないもの。それに、聞きたいのはそこじゃないしぃ」
ツバメの手を振りほどいて、ジーナさんはもう一度私に向き直った。
「紫陽ちゃんもワタシに訊きたいことあるのよね? それに応えるなら、相応の情報はいただきたいわ。これは情報屋としての本分だもの。タカにどうこう言わせないわよ?」
もう一度伸ばされたツバメの手が止まる。私を見て苦々しい顔をすると、盛大な舌打ちを打った。
「……こんの……性悪めっ」
「あら。ワタシとしてはお詫びも兼ねてるのだけど……」
「紫陽ちゃんは何を聞きたいんだっけ?」
「えっと、あの……ジーナさんに、弟さんがいませんか、という……」
なんだか小声になってしまった私に頷くと、ジーナさんはツバメを見上げてニッと笑った。
プライベートな話題だから、高くつく、ということなんだろうか。
「ねぇ、タカはこの質問の答えは、あなたたちが持つ情報のどれに相当すると思う?」
「答え方次第だろ」
「そうよね。だから、ジャッジにあなたもいさせてあげてるの。解るわよね?」
ツバメは不本意だとでもいうようにジーナさんを睨みつけた。ふっとジーナさんが勝ち誇ったように笑う。
「前にも言ったけど、ワタシに弟はいないわ。姉ならいるけど」
「……え? お姉さん?」
ちょっと混乱する。横山さんはジーナさんを姉だと言っていた気がするのだけど、あれは写真の女性だったし、親戚という可能性もある……? さすがにお母様、ではないよね?
「あ、えっと、じゃあ、いとこさんとかだったり?」
ちょっと困ったように笑って、ジーナさんは綺麗な手を差し出した。
「ほんと、紫陽ちゃんは可愛いわねぇ……手を貸してごらんなさい。ヒントはだいぶ出してるのよ?」
「ヒント?」
ツバメも飛燕も特に止める様子がないので、私は差し出された手に手を重ねてしまう。
その手はジーナさんの咽喉へと導かれた。柔らかな皮膚の奥まで指が沈んでいく。
「え……ちょ、ジーナさん!」
苦しくないのだろうかと焦る私の指先に硬いものが触れる。ジーナさんは微笑んだまま、さらに私の指を強く押し付けた。
確かに何かを押した感覚があって、それが骨などではないというのが解る。明らかな人工物が彼女の咽喉の奥に潜んでいた。
驚く私をよそに、その手はそのまま彼女の柔らかな膨らみに移動させられる。
「え、あの、ちょっと……」
カッと頭に血が上って、いったい何をしているのかわからなくなった。もしそのまま彼女がにこにこ笑って出て行っても、私はしばらく放心しているだけだったろう。そういう点では、ジーナさんはとても真摯に対応してくれたのだと思う。
「無いものは作ればいい、盛るにもいろんな方法があるんだよ?」
「ももも盛る?! ……って、あっ……」
「さあ、これが私のトップシークレット。改めまして。ごきげんよう。紫陽さん」
掴まれた手の甲にキスを落とされて、ウィンクひとつ。
「……横山、さん!?」
驚きはかすれ声にしかならなかった。
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