15.誘導

「私も浴場に行ってみます。紫陽しはる様はどうされますか?」

「飛燕も?」


 疑問顔の私に、テーブルの上を片付けながら飛燕は少しだけ声を落とした。


「大丈夫だと思いますが、気になりますので。彼らの様子も見てきます。変な写真でしたか?」

「え? ううん。そうでも。……見えてた?」


 冨士君の気遣いは無駄に終わっていたのだろうか。


「いいえ。アンドゥとデータ交換しましたので」

「アンドゥ? 繋がらないんじゃ?」

「今は浴場近くの休憩所にいますよ」


 なるほどと感心する。それでロビーで飛び出して行ったのね。


「とはいえ、写真は見えていないのですが。危なそうなものがありましたか?」

「ううん。それは大丈夫。ツバメが変な加工したやつの方が、よっぽど外に出したくない感じだった」

「変な加工?」

「冨士くんにね。ツバメのことだから、流したりはしないと思うけど……」


 その写真を思い出してしまって、ちょっと頬が熱くなる。同時に、冨士君の妙な言葉を思い出した。


「あ、ねぇ、わかるかな……さっき、池の飛び石を渡ろうとしたら、冨士くんに「また落ちるつもりか」って言われたの。私、どこかで池に落ちたこと、ある?」

「池にですか? ……池に落ちた記録はございませんが、本家の庭の小川で何度か転んでますね」

「あー……そうね。そういえば……それかなぁ。冨士くんいる時っていつだろう……」

「調べますか?」

「ん……ううん。いいや。気になるけど、ここで調べるほどでもないし、帰って覚えてたら」

「では、そのように」


 飛燕は私を促してITルームを出た。

 部屋まで戻って、タオルを持つ飛燕を見たら、ふと私も思いついた。


「私もジーナさん誘って行ってこようかな」


 飛燕が訝し気に眉を寄せる。


「ジーナ様を誘って?」

「うん。ほら、機会があったら弟さんのこと教えてくれるって言ってたじゃない。女性客少ないし、お風呂なら変なもの持ち込めないし、話してくれるかも」


 眉を寄せたまましばし黙っていた飛燕だったけど、そのうち小さく頷いた。


「……わかりませんが、誘うだけ誘ってみるのは止めません」


 お墨付きをもらった私は、軽い気持ちで隣のジーナさんの部屋のドアをノックした。忙しいのかもと思ったから、特に返事は期待していなかったのだけど、奥から軽やかな声がしてすぐにドアが開く。


「あら! 紫陽ちゃん、可愛いわー。似合う似合う」


 浴衣に着替えた私を見て、まだ搭乗員の制服を着たままのジーナさんはキャラキャラ笑った。


「お忙しいですか? お風呂行ってみようかと思ったんですけど、一緒しません?」


 一瞬、びっくりした顔をして、ジーナさんは飛燕に視線を投げかけた。


「あら……あらぁ。やだ。嬉しい。嬉しい……けど、ごめんねぇ。入れないのよ」


 心底残念そうに眉を下げて、ジーナさんは頬に手を当てながらため息をついた。


「あっ。そうなんですね。それは……残念ですね」


 なんとなく、ジーナさんは私の誘いは断らないような気がしてたのだけど……飛燕は判っていたのかな? 私のことならともかく、ジーナさんの身体の調子まで把握してるはずはない、よね?

 ジーナさんは飛燕を窺いながら、ふっと口元を緩ませた。


「代わりに、という訳じゃないけど、ご飯一緒に食べる? どっちかの部屋に運んでもらいましょ」

「あ、いいですね。えと……」


 飛燕を仰ぎ見れば、彼は小さく思案して私の部屋を指差した。


「紫陽様のお部屋で」

「りょーかい。ふふ。ごゆっくり行ってらっしゃい」


 ジーナさんは両手を振りながら、しばらく私たちを見送ってくれた。




 大浴場と露天の岩風呂を堪能して戻れば、畳の上に三つの膳が並んでいた。飛燕は食べないよね? と、視線を投げれば、彼はジーナさんの部屋とは反対の隣の部屋を指差した。


「ツバメ様の分ですよ」

「え? そうなの? いつの間に?」


 飛燕は珍しく(安藤はよくそういう表情をするのだけど)やや呆れた顔をした。


「初めから、ジーナ様はそのつもりだったようです」

「……そう」


 訊きたかった話は二人きりの時に、なんて言っていたから、話したくないということなのかな……少し残念だけど、ツバメともゆっくり話してないから、それはそれで嬉しい。

 そわそわとしているうちに二人は賑やかに連れ立ってやってきた。


「……勝手に決めやがって……」

「あらぁ。気を利かせたつもりだったんだけど? 二人……ああ、ボディガードさんと三人で食べるって言ったら、どうせ聞き耳立てるつもりだったデショ?」

「人聞きの悪ぃことを……!」

「んふ。ずぼしぃ」


 人差し指でツバメの胸をぐりぐりとつついたジーナさんの手は、早々に払われた。

 浴衣に着替えたジーナさんはやっぱり色っぽくって、私までドキドキしちゃいそう。ヒールじゃない分いつもより背は低くて、ツバメと変わらないからお似合いに見えちゃう。ツバメは洋服のままだったけど、整髪料の感じが無くなっていたので、やっぱりお風呂に行ったのかもしれない。


「紫陽ちゃぁん! お誘いありがとね! ビール買ってきたから、飲みましょう?」


 手に持ったビニール袋を捧げ上げながら私に飛びつくような勢いのジーナさんの首根っこを捕まえて、ツバメが眉を吊り上げる。


「未成年に飲まそうとするんじゃねぇよ!!」

「あん。一杯くらいいいじゃない。タカがそんなこと言っても説得力ないしー」

「ウルセー!」


 黙ってろとばかりにそのままジーナさんを引きずっていって和室に放り込む。

 扱いがアンドゥや飛燕にするように雑で、ちょっとひやひやする。揚羽さんにはもう少し丁寧なのに(担ぎ上げたりはしちゃうけど)。対して、私には距離を置きがちだから、羨ましい思いもよぎってしまう。

 そんな私を見て、ぶつぶつ文句を言いながら浴衣の裾を直していたジーナさんは、なんだか意味ありげに微笑んだわらったのだった。




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