11.集合
「紫陽さん! よかった。会えた。夕食、部屋食みたいで、顔も合わせられないかと……えっと、良かったらこの後、庭見に行きません? ちょっとだけでも」
飛燕に一度視線を向けてから、天野さんは少し離れた場所で足を止めた。
彼の後ろにも今日は関係者らしき人が見えるので、さすがにのんきに一人旅させてもらえる環境ではないようだ。まあそうだよね、と少し苦笑が浮かぶ。
「いいですよ。荷物置いてきますね」
「やった! この辺で待ってます!」
邪気のない笑顔につられて微笑む。天野さんの頬がほんのりと色付いた。
「おつかれおつかれー!」
そこにガバっと二人の肩を抱くようにして、ふわりと甘い香りを漂わせる人が飛びついてきた。三人の顔が近くなって、心臓が少しだけ速くなる。
「日頃お忙しい皆様はゆっくりくつろいで行ってくださいねー」
今日のジーナさんはツアコンみたいな制服姿だった。栗毛のまとめ髪にまつ毛ビシバシで、紫の瞳がウィンクしてる。手には小さな旗まで持っていた。
「あーん! タカもはるばるじゃない! ひさしぶりーーー!!!」
そのままツバメの背中に飛びつきに行くジーナさんを見送る。「うるせぇ!」って揉み合う二人に相変わらずだなって感想が浮かぶ。と同時にそうできる彼女が羨ましいとも思った。
「彼はあんまり見ない顔だな。従業員じゃなくてお客さんかな? 常連さんじゃなさそうだけど……」
疑問の声に天野さんを振り返れば、傾いだ角度のまま目線だけ入口の方に向いた。ふと表情が緩んで、彼は片手を上げる。
「冨士君!」
私も視線を追って、中途半端に手を上げた冨士さんと目が合う。彼はとたんに少し眉をひそめた。ついてきたボディガードか秘書らしき人がカウンターに向かうのを少しだけ目で追って、今度はあからさまに眉をひそめてからこちらへとやってくる。
「……こんな目立つところで何してる」
「え。挨拶。庭に誘ったけど」
「お前な……」
「風呂に誘う訳にもいかないんだし、いいじゃないか。別にやましいところはないし」
けろりとしたセリフに、小さくため息が落とされる。その腕を絡めとるようにした手に冨士さんはぎょっとした。
「お庭も素敵よ〜。ぜひぜひ、ゆーーーっくり堪能してねっ」
ジーナさんはそのまま、するりと優雅に他の人のところへ去って行く。
「お互い見張りはついてるみたいだし、冨士君も一緒する? 荷物置いたら、ここに集合な」
天野さんはそう言って笑うと、庭の見える窓の方へと戻っていった。
「本当に来るとはな。前のボディガード引っ張り出してまで来たいイベントか?」
「ツバメが来ることは私も知らなかったの。しばらく周囲が騒がしかったから、個人で動けるシークレット旅行ができて嬉しかったのは確かだけど……冨士さんに不都合がありそうだったのなら、ごめんなさい」
「……叔父さんの手配か。相変わらず、過保護だな。こっちは君に心配されるようなことはない」
受付から戻ってくる付き人を一瞥して、冨士さんは不機嫌な顔のまま私の前を通り過ぎる。
父さんの、ということになるのだろうか。私は飛燕の顔を見ながらちょっと考える。父さんもたまに安藤と直接データ上のやりとりをするけれど、管理人のツバメを呼ぶように言うとは思えない。だからといってこれは安藤の采配です、とも気軽には言えないのだけれど。
「何か」
黙って待っていてくれた飛燕が淡々と言うので、ゆるく首を振ってから私も歩き出した。
「ううん。荷物置いてきましょ。飛燕はお風呂行く? 温泉成分はよくないかな?」
「さすがに女風呂に入るわけにもいきませんし、洗浄が必要なら部屋のシャワーで充分ですが……男女の浴場の入れ替え前には少しチェックしたいので、大浴場にも足を運ぼうとは思っております。状況次第ではありますが」
「入れ替えはだいたい夜中だものね。じゃあ、念のため少し充電しちゃう? 帰りまで問題ないとは思うけど……庭にはツバメに来てもらえばいいよね」
ちょっとした期待を込めての提案に、飛燕は少しだけ悩んで「いえ」と小声になった。
「ツバメ様では目立ちすぎます。天野様と冨士様と一緒ならば、三すくみという訳ではございませんが、皆様まだ様子見かと思いますので大丈夫でしょう。庭にアンドゥがいると思いますので、探してください。もちろんツバメ様にも少し離れて見張ってはもらいますから」
「あ。やっぱりアンドゥも来てるのね!」
「ええ」
ぱっと手を合わせて弾んだ声を上げても、飛燕はすまし顔のまま。久しぶりに会うアンドゥにも他人行儀な態度を取られやしないかと心配になる。
エレベーターで二階に上がり、赤い実の彫刻が施されたプレートの嵌められたドアの前で飛燕は止まる。カードキーを金属部分にかざせば、電子音がしてプレートを囲む赤い色が緑に変わった。
飛燕分のカードキーももらっていた。実際は宿泊人数に数えられないのだけれど、ジーナさんの気配りだろう。正直ありがたい。
隣の部屋のドアにも赤い実の彫刻が見えた。実の付き方と葉の形が違う。
「こっちがナナカマドで、ツバメの部屋がナンテン、かな?」
「反対隣はナツメでジーナ様のお部屋になります。部屋では備え付けの有線電話のみ、外と繋がります。通信系は一階大浴場そばの休憩室ならびに二階ITルームだけで使えるようです」
端末が使えない生活というのはほとんどしたことがない。どうしていいのか分らなくなりそうだ。
とりあえず頷いて中へと入る。和モダンなつくりの部屋にはベッドが二台、四畳半程度の小上がりの和室があって、窓からは庭を見下ろせる。せっかくだけれど、今から庭を見に行くので景色を堪能するのは後にしよう。
小さな鞄を斜め掛けにして、部屋のカードキーと端末だけ身に着けておく。
「じゃあ、飛燕、ちょっと行ってきます」
「はい。私はITルームの方も見てきますね」
充電用のコードを取り出しながら、飛燕は少しだけ微笑んで私を送り出した。
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