09.連絡

 送られてきた電子チケットは無人タクシー用だった。コードを読み込ませれば目的地まで連れて行ってくれる。一日目と二日目の二枚を確認して、飛燕にも読み込んでもらってみた。


「ああ。当日までロックがかかってますね。ジーナさんらしい」

「シークレットトラベルって、本当に着くまでわからないの?」

「無理やり読めないこともないですが……ツバメに回してみますか?」

「え!? ひ、飛燕は……安藤は、読めない?」

「ロックを監視してるかもしれないですから、私よりツバメにやらせた方が無難ですね。冨士様や天野様は多分、確認するでしょうし、行き先を知られることは問題にしていないと思いますが」


 返事を躊躇してしまったのはなんでだろう。ツバメと連絡の取れるいい機会なのに。

 すごく話したいのに、「うぜぇ」って言われたくなくて、最近は仕事のこと以外で連絡していない。私が連絡しなければ、ツバメは連絡をよこすことはない。飛燕とアンドゥがデータを共有しているので、必要ないのだ。

 必要、ないのよね……

 天井の向こうを見上げてしまう。


「紫陽さん?」

「あ、うん。お願いしておいて。でも、私に知らせなくていいから。シークレットを楽しみたい」

「では、そのように」


 私は星のオーナーで、彼は星の管理人。私は学生で、彼はhacker技術者

 解っていたはずなのに、離れてしまえばこんなにも遠かったのだと突きつけられる。


「……アンドゥに会いたいなぁ……」

「私では代理は務まりませんか?」


 にこりと、今度は社交辞令の笑顔を浮かべて、飛燕は誘うように両手を広げた。

 わかっていてやっているのだから、やはり安藤も意地が悪い。


「飛燕じゃあ、抱っこするんじゃなくて抱っこされる方になっちゃう!」


 だいぶ軽量化されてる(らしい)とはいえ、その身体は私の力じゃとてもじゃないが持ち上がらない。そもそも、触り心地が全然違う。アンドゥは猫で、飛燕は――

 私は端末を取り出して、ツバメに文字トークを送った。


 ――アンドゥの写真送って!


 しばらくしてからピコっと端末が反応した。暇だったのか、端末を手にしていたのか、珍しく反応が早い。

 画面には写真が一枚。グレーの影がブレブレで横切っている。


 ――まともなの!


 チッって、舌打ちが聞こえたような気がしたけど、幻聴だろう。そんなところまで再現できる自分が、ちょっと恥ずかしい。

 さらに送られてきた写真はドアップだったり、尻尾だけだったり……

 おかしいなと思ったら、こらえきれないように飛燕が吹き出した。

 同時にメッセージ。


 ――そこに居るヤツにまともに撮らせろって言えよ!! ふざけんな!!


「安藤がわざとしてるの?」


 ピコっと鳴って、ドヤ顔でカメラ目線のアンドゥが送られてくる。

 飛燕はくすくすと笑っているだけだった。


 ――ありがとう。えっと、飛燕が頼んだこともお願い。

 ――おk


 いつものようにやり取りをスクリーンショットで残しておく。ログが残っているのはきっかり三日間だ。私たちの会話は、だいたいまっさらな画面から始まって、懐かしむ間もなく消えていく。こんな短いやり取りも――

 ピコっと、もう一度端末が音を立てた。いつもならここで終わりなのに。ドキドキしながら、画像をダウンロードしようと戻していた画面をスクロールする。


 ――冨士ってヤツ、どのくらい付き合いある?


 冨士さん? そういえば、ツバメは彼には会ってないんだっけ。桐人さんか桧さんとの会話には出てきた気がするけど……


 ――ほとんどないよ。桐人さんたちよりない。お葬式で挨拶したってくらい。

 ――わかった


 何が「わかった」のか、私にはよくわからないけど、今度こそ端末は沈黙した。


「飛燕が伝えたの? 冨士さんたちのこと」

「えぇ。少しは長くやり取りできましたか?」


 これは、やり取りって言うのかな?

 私はただ肩をすくめせみせた。



 ☆



 楽しく旅行の準備をして、数日後に無人タクシーを呼んだ。出発場所は必ずしも自宅からじゃなくてもいい。

 備え付けの端末にコードを読み込ませると、画面に行き先が現れる。自分の端末には宿で必要になるコードが送られてきた。


「あ。伊豆なのね。他の人はどうなのかな……」

「同じ伊豆の方もおられるようですが、ホテルは別ですね。冨士様たちは金沢や静岡方面のようですよ」

「えっ。結構バラバラ……っていうか、他の人のもわかってるんだ……」

「ツバメがジーナさんに直接もらったようですよ」

「そうなの? 避けてるわりには仲良しよね」


 飛燕がくすりと笑う。


「まあ、貸しがありましたし……なんだかんだ似た者同士なんですよ」


 似た者? 思わず首を傾げてしまう。

 ジーナさんとツバメの似たところが思いつかない。仕事、くらいだろうか。


「あぁ……そのうちわかりますから」

「そう、かな」


 安藤が言うのなら、そうなのかもしれない。とりあえず、と、私はホテルに着くまでにいくつかの観光地を回るよう、セットするのだった。

 ガラス美術館や海の見える公園、日帰り温泉もチョイスしたのは、宿泊ホテルには大浴場が無かったからだ。伊豆には純和風の素敵な温泉旅館もたくさんあるのだけれど、そういうところは急にねじ込むには安全性が今一つだと判断されたのでしょう、と飛燕は言った。

 確かに、大浴場に飛燕と一緒に入るわけにもいかない。いくらアンドロイドでも。

 気遣ってくれたのだろうが、自分が女だということがちょっとだけ残念な気分になった。

 とはいえ、有名ホテルのサービスだって悪くない。プールで泳いだり、バーラウンジでグラスを傾けるのも(ノンアルコールだけど)楽しかった。


 部屋で映画を堪能して、少し寝不足のまま、次の日のタクシーに乗る。コードを読み込ませながらあくびが出た。行き先はどこかの山の中で、県境のようだ。


「しばらくかかりそうですね。ひと眠りなさって大丈夫ですよ」


 うん、と答えて、あとは眠気がきたら、身を任せることにした。




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