04.鈍感

 当日は日差しが少し暑かった。季節が跳んでしまったようで着るものに困り、無難にワンピースに薄手のカーディガンを羽織っただけで約束のお店へと急いだ。

 ジーナさんのお店は昼はカフェ、夜はバーといういわゆるカフェバーだ。『情報屋』の拠点、なんて言うからドキドキしてたけど、昼は一般客の方が多いので、そう心配はないらしい。ジーナさんもいるとは限らないようだ。

 繁華街から飲み屋街の方へ少し寄った、表通りから二本くらい外れた場所にそのお店はあった。

 小さなビルの階段を降りると、黒い金属製のアンティークな扉に迎えられる。洋服のお店の扉もアンティークな感じだったなと思い出しながら取っ手を引いた。

 カラコロと鳴ったのはベルではなく電子音だった。扉の左右に何か小さな黒い装置が並んでいてスキャニングされる。高級ホテルやレストランなんかにあるのと似ているので、会員情報とかを読み取れるのかもしれない。飛燕ひえんも視線だけでそれらを確かめていた。


「いらっしゃいませー」


 ショートカットのウェイトレスさんの元気な声が響いて、丸いトレーを小脇に抱えながらこちらへとやってくる。


「お二人ですか?」

「あの、「アマタツ」で予約した……」


 笑顔で頷いて何か言おうと口を開いた女性の頭越しに素っ頓狂な声がかぶさった。


「――紫陽しはるちゃん!? え。待って。今、予約って言った?!」


 モデルみたいに綺麗な足運びでこちらに近づいてきたのは、艶やかな黒髪の美人なお姉さんだった。頭の上にはレトロな白い縁のサングラス。袖なしハイネックのニットに革のタイトミニ。金のチェーンベルトは二重でゆるく垂れていて、動くとシャラシャラと音がした。

 彼女は身振りで自分が案内すると示して、飛燕に視線を向けてから少し屈んで私を覗き込んだ。

 瞳は薄いグレー。


「アマタツが二人分の予約を入れるなんて、珍しいと思ったのよ! なんでなんで? どーいう経緯?」


 見た目の雰囲気は全然違うけど、この押しの強さ。間違いない、ジーナさんだ。

 ていうか、なんでいるんだろう? 平日よね?

 気圧されて苦笑いを浮かべていると、奥の席の人が立ち上がった。


「……ちょっ……ジーナさんっ、今日は黙っててって……! って、いうか、知り合いなのぉ!?」

「あん。そうだった」


 天野さんを振り返ったジーナさんは、不満そうに一度口を尖らせたけど、こちらに向き直った時にはもうお店の人の顔をしていた。


「お連れ様はお待ちですよ。どうぞこちらへ。ご予約はお二人でしたが、そちらは……」

「彼は食事をしないので、カウンターでコーヒーをもらえますか?」

「かしこまりました」


 天野さんは映画館で会った時のようにべっ甲縁の眼鏡をかけていた。目が合うと、慌てたように眼鏡をはずして襟元に引っ掛ける。今日は丸首のシャツにジャケットという格好で、髪は無造作に後ろから前に持ってきていて、展示会の時より若く見えた。


「今日は、あの、ありがとうございます!! 本当に来てくれると思わなくて……」


 声を詰まらせると、彼は勢いよく一礼した。


「そんな。大した事してないのに、こちらこそありがとうございます」


 軽く私も頭を下げれば、水とおしぼりを持ってきたジーナさんが呆れたように着席を促した。


「あー。なんか、ちょっと見えた気がする。ごゆっくり〜」

「うるさいな、もうっ」


 しっしっと追い払うような手振りをする彼は、ジーナさんとずいぶん親しそうだ。


「天野さんは、ここの常連なんですか?」

「そ、そうです。息抜きによく。といっても、顔を出すのは夜の方が多いんだけど……えっと、そちら……あなた……あー……お名前、聞いても?」


 背を向けていた飛燕がちらりとこちらを向いた。


「あー。ワタシも聞きたい! 新しいボディガードさんですよね? お名前、教えてくださいな」

「飛燕です」


 すぐに向き直って簡潔に答える飛燕に、ジーナさんはあれこれと質問を始めた。

 飛燕がアンドロイドだってことは、やっぱりわかってるんだろうなぁ。

 私も意識を天野さんに戻す。知ってて聞いてるんじゃないんだろうか。


「紫陽、といいます」

「しはる、さん。お名前の方ですよね? お、お似合いですねっ」

「ありがとうございます」

「それで、あの……冨士君とは、どういう……」


 さすがにそこは予想しているのだろう。緊張が見えた。


「従兄です」

「あ……そう。そうか。やっぱり……て、いうか、従兄妹? あれ? しはる……」


 考え込みそうになる彼に、言葉を重ねる。


「冨士さんに確認してるのかと思いました」

「え? しないよ? あの堅物に彼女とか言われたら俺、立ち直れないもん」

「彼とは仲いいんですか? 従兄と言っても私、あまり接点はなくて」

「そうなの? 向こうはどう思ってるかわかんないけど、俺は友達だと思ってるけど。同い年だし、同僚とギスギスすんのも嫌だし」

「上手くやってるんですね」


 ぽつりとこぼれた言葉に、彼は身を引いて背もたれに寄り掛かった。


「あー。上は、いろいろあるみたいで、オフでつるむといい顔されないのは、確かかも。あ、でも、あいつ仕事は出来るからさ。来た当初ちょっと嫌がらせみたいに新人には荷が重い仕事振られて、でもポーカーフェイスでつらっとこなしちゃったもんだから周りもビビってさ。やっぱりこう、違うよなーって。言っても、うちなんてあいつから見れば小さい会社だし」

「そういえば、会場で「坊ちゃん」って呼ばれてましたけど、お父様は……」

「げっ。恥ずかしいな。まあ、一応社長令息ってことになんのかな。共同経営だし、全然、しはるさんみたいにボディガードつくようなお嬢様とは、比べ物にも」

「えっ。あ、飛燕は、そうなんですけど、つくようになったのは最近で、それまでは全然……」

「最近? 何かあったってこと?」


 きょとんとしてから眉を寄せる様子に、私も、飛燕も、ジーナさんも同じことを思ったに違いない。

 この人、まだ気付いていないのか、と。




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