閑話:三月
※ホワイトデーSS
ツバメがパソコンに向かっているのは、別におかしな光景ではありません。
不定期に『KAZAN』のシステムにハッキングするのは、彼の仕事の一つですから。
ですが、水色を基調としたウィンドウの中に、甘いお菓子やキラキラする宝石なんかを眉を寄せて見ている姿は、なかなか新鮮です。まあ、そろそろ音を上げる頃だとは思いますが。
「……っだーーー! わっかんねぇ!!」
両手を上げて頭を掻きむしる様子に、ほらね、と自画自賛します。
ちらりとこちらを見る瞳には、大いなる葛藤が見て取れました。
大袈裟ですね。私も機械ではないですか。いつものように頼ればいいのに。
『お手伝いしましょうか?』
つい、笑いを含んでしまったのは、失敗だったかもしれません。ツバメは答えもせずに、ぷいと顔を背けました。
「だから、適当にお前が送ってくれって言ってるだろう?」
煙草を咥えて電子ライターで火をつけると、ツバメは椅子の背もたれにだらしなく背を預けました。
『私が選んだのでは、ツバメからになりませんし、彼女にはすぐバレますよ? 女性にお返しくらい、したことあるでしょう? その時は何を贈ったのです?』
「紐パン、大人のおもちゃ、合法ドラッグ、指定された有名ブランドのバッグ、現金」
机に足を乗せ始めたので、呆れつつ机に飛び乗ってお腹の上まで移動します。
訊いた私がバカでした、とは言ってやりたくありません。本人もよーく解っているようですし。
『バッグ以外は
「バッグだって、お嬢さんは好きなのをいっぱい持ってんだろう?」
『いっぱい、ということはありませんが……そうですね』
「……無難なとこでも酒奢ったり……アプリのプログラム弄ったり……黒歴史の消去とか……」
『本当に裏稼業にどっぷりだったのですね』
「ウルセー」
頭の後ろで手を組んで、拗ねたように目を逸らす様は、いい大人なのに悪ガキのよう。それでも、まだやめると言わないところは少し成長したのかもしれません。
紫陽さんの純粋な淡い好意に何を返せばいいのか……正直、飴玉ひとつ口に放り込んで終わるのではと危惧していましたから、私もなんだか感慨深いです。
『そんなに悩むのであれば、もう、その画面に表示されているおすすめのお菓子セットでいいのでは?』
「……そう、なんだがな。
『では、アクセサリーのひとつでも贈れば』
「馬鹿言ってんじゃねぇ! そんなことしたら、ババアも親父さんも余計に目をつけるだろうが! ああ、くそっ! めんどくせぇ!!」
私は小首を傾げてみせながら、ずいぶん細かいことを気にするようになったのだなと、内心少し驚きました。紫陽さんが訪ねてきたばかりの頃でしたら、「ババアに余計な心配させて嫌がらせしてやる」とでも言っているところです。アクセサリーや宝石に金銭的価値以外のものを見出していませんでしたからね。あるいは、真面目に贈った相手に裏切られたことでもあって、信用できなくなっていたのかもしれませんが。
ともかく、そこに意味が乗るのを避けたいというのであれば、ツバメも思った以上に紫陽さんに惹かれているのかもですね。まあ、
……ユリ様は、ここまで予想していたのでしょうか。
ツバメはともかく、紫陽さんが彼を気にいると、どうして確信できたのでしょう。訊いてみたいですね。
『……ああ、いいものがあるではありませんか』
「ん?」
『スペース・ビー・ハニーは品薄で手に入りづらい人気商品ですよ?』
「んなもん、お嬢さんならいくらでも手に入るだろ」
『紫陽さんは人気商品をオーナー権限で気軽に手に入れる方ではありません。それに、この星には彼女の好きそうなものが沢山咲いていますし。あれは、貴方が丹精込めて育てた、地上に無いモノ、ではないですか?』
目を丸くして一瞬固まったツバメは、咥えた煙草の灰が落ちたのに慌てて机に乗せた足を下ろしたので、私は軽やかにそこから飛び降りました。
まだ少し迷いを見せるツバメに、できる助手猫は言ってやります。
『三月十四日、午前中に地上に下りられるように連絡艇を予約しておきました』
「はぁ?! 行くなんて、誰も……!」
『
「……こんのっ……!」
さあ、ツバメがどんな花を選んで、それを紫陽さんに渡すのか、楽しみですね。
私は伸ばされたツバメの手をかいくぐって、外へと逃げ出したのでした。
※MACKさんにいただいたイラストに寄せて書いております。花の似合わないツバメを見てやってください!
近況ノート:いただきものイラストその4「宙の花標」MACKさんより
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