12.従兄
「ムジナって、あの? のっぺらぼう?」
「ああ。会うたび見た目が変わるからな。正体が掴みづらいってんでついた通り名だ。おまけに、分かっただろ? 『作り物』に異常な愛着を持ってる」
「ツバメも好かれてたじゃない」
「俺は才能を見込まれてんだ」
そうなんだろうけど、自分で言う?
ちょっと笑ったら、顔を顰められた。
「……安藤、直るのかな。新しいボディを用意するって……」
「無理だな。あいつらにあれは作れないし、育てられもしない。見かけの似た、秘書アンドロイドができあがるだけだ」
ぐいとコーヒーを飲み干してしまうと、ツバメは頬杖をついた。
「……ツバメなら?」
「あん?」
「ツバメなら、戻せる? 頼まれたら?」
「同じプログラムは組める。だが、言ってるだろう? 婆さんと同じように育てられる奴はいねーよ」
ここに残る安藤は唯一無二で。だからこそ、二人にも三人にも気軽に増えてなんてほしくない。
安藤を私が持つのは、過ぎたことなのかもしれないけれど……安藤にはまだいてほしい。
すでに事は動き出してしまった。ぎゅっとこぶしを握って、ようやく本当の覚悟を決める。
「……行こうか。ツバメは、何を買いに来たの?」
立ち上がると、面倒そうに彼は答えた。
「容量たっぷりの弁当箱だよ」
☆
私が店員さんとやり取りしている間にツバメが買ったのは、USBハブと、弁当箱というには小さい四角いものだった。二つ買って、一つを私に押し付ける。
「帰ったら、パソコンに繋げ。あとは勝手にやるだろ。繋ぎ口足りなかったらこれ使え。一緒に行ってやりたいとこだが、さすがに色々まずい」
「……ツバメがまだ帰らないなら、パソコン持ってどこかで会おうか? 明日は大学に顔出そうと思ってるし、そんなに怪しまれないと思うから」
「『Kazan』の回線の方が安定してるし速い。どうせ応急処置だ。こっちの調査が終わったら、もろもろ持って来い」
「え? 来いって……星に?」
どうやって。私は勝手に崋山院の宇宙船を使えない。
ツバメは私の困惑を見て、少し眉をひそめた後、気が付いたようだった。がりがりと頭をかく。
「あー……連絡、よこせ。『
「う、うん。わかった」
素直に頷くと、ツバメもうんうんと頷いて納得しかけたのに、今度は急にそわそわして、焦ったように訂正する。
「あ、まて。やっぱり、親父と一緒に来い。一度、見てくれとかなんとか理由をつけて」
「え。でも……」
「必要な作業は夜の間に俺の部屋でやればいい」
「そっか。父さんが寝てからいけばいいものね」
「いや! お嬢さんは来なくていいから! 猫と、パソコンだけ……!」
そんな風に言われると、面白くない。アンドゥやパソコンを勝手にいじられるのは、やっぱり気分のいいものじゃないのに。
「何されるのか、心配じゃない」
「心配だからくんなっつってんだ!」
話がかみ合ってない気がする。首を傾げると、ツバメは大きなため息をついて一度顔を覆い、小さく首を振っていた。
「……いや。まあ、またその時に話そう」
「? ……わかった。ツバメはいつ星に帰るの?」
「挨拶しておいた方がいいヤツがいるから……今日会えれば明日。遅くとも明後日には『
「そっか。気をつけてね。色々ありがとう」
「気をつけんのは、お嬢さんだろ。最寄り駅まで送るから、次はボディガードでも友達でも連れて動け」
大げさだなって思ったけど、その気持ちは嬉しかったので、一緒に電車に乗った。
改札を出て、向こうのツバメを振り返り小さく手を振ると、苦笑しながら手を上げてくれる。もう、しばらく会えなくなると思うと、やっぱり少し寂しかった。
「誰? 新しいボディガード?」
急にかけられた声に肩を跳ね上げる。振り返ると、従兄の
「あ。違い、ます。けど、伯母様も知ってる方ですから。わざわざ送ってくださったんです」
「そう? ちょっと見てたけど、ガラ悪そうで心配だったんだ」
「桐人さんは、どうしてこちらに?」
普段は車移動でしょう? と言いかけて、余計なことだと口を閉じる。
桐人さんは自然な動きで私の肩からキャリーバッグを取り上げると、歩き出した。
「荷物も持ってくれないなんて、指導が悪いのかと思っちゃった。母さんが忙しいみたいでさ。引っ越しの下見とか兼ねて」
私は桐人さんの言葉を聞き流しながら、眉を寄せているツバメに大丈夫と声を出さずに伝えて、彼の後を追いかけた。
どこから見られていたんだろう。電車の中ではそんなに話はしていなかったけど。
「電車は珍しいですね」
「だねぇ。久しぶりに乗ったよ。最寄り駅の様子も知りたくてさ」
軽く見渡すと、少し離れてついてくるボディガードの姿が見えた。
「
「え?」
「世の中は噂好きだから。世間の関心がお婆様の死から薄れるまでは、用心に用心を重ねないと。これからは付き合う人の人選も考えなきゃ」
にこりと向けられる笑顔や声は一見優しい。
けれど、この従兄弟たちと私はそれほど交流があったわけではない。少し年上ということもあったし、私が跡目争いから外れた次男の娘ということもあって、彼らが関心を示さなかったからだ。
それが、急になんだというのだ。
「お婆様の秘書だった人も今は休んでいるんだろう? 僕がしばらく滞在するから、安心しなね」
突然手のひらを返したように優しくなった従兄が現れて、私はようやく安藤だけが問題ではないのだと思い知ったのだった。
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