11.質疑

 結局、勢いに押されるまま、私たちは三人でコーヒーショップに腰を落ち着けていた。

 歩きながらツバメとジーナさんが文句の言い合いをしている間に、安藤がそっと口を開いていた。


『店に着いたら、トイレに立って私との接続を切っておいてください。イヤホンもポケットに入れておいた方がいいですね。席に私を置いたままですよ? 後は、ツバメに任せてください』


 私は返事をするわけにもいかず、安藤はそれきり口を閉じたので不安が残る。

 指示通りトイレに立った私にジーナさんがついてきた時はドキドキしたけど、彼女は鏡に向かって化粧直しをしただけで、先に出て行った。


「そ・れ・で? 何が入ってるの?」


 横を向いて不機嫌そうに足を組んでいるツバメが、大きく息を吐き出してから面倒そうに答える。


「猫だよ。なんだっけ。お前んとこの商品」

「『ネコロン』? そうなの? 見せてもらってもいい?」


 私に許可を求めるジーナさんに躊躇って、ツバメに視線を向ける。


「べつに。見慣れてんだろ? 面白くねぇよ。見たきゃ見ろよ」

「見慣れてるって言っても、最新のはあんまり関われないから。実家うちにいるのはひとつ前の世代だし」


 キャリーケースを膝に抱えて、慣れた手つきで開いていく。中で丸くなっていたアンドゥが不機嫌そうに片目を開けた。ジーナさんが手を入れようとすると、少し後ずさってシャッと威嚇する。それでも差し出される手に、アンドゥは猫パンチを繰り出した。


「あら。『やんちゃモード』! ツンデレ具合が可愛いのよねーーー! 初めてだと難しくない?」

「知らねー。お嬢さんは上手くやってるようだし」

「……ふぅん?」


 意味ありげに口角を上げて、彼女はまたケースを閉じて置いた。


「連れ歩くくらい、可愛がってるのかしら」

「パソコンと繋ぐのに、ケーブルを探しに来たんだよ。本体あった方が間違いねぇだろ」

「タカが居れば店員に聞くこともないでしょ?」

「俺は俺の用事があるんだよ。なんでずっとついてなきゃなんねーんだ」

「じゃあ、なんで待ち合わせしてるのよ」

「お嬢さんひとりで行くって聞いたら、同じ街にいるのに「そうかい、じゃ」ってなるかよ! あのババアにこれ以上目ぇつけられんのは迷惑だからな!」

「あの人なら、デートしてるのも気に食わないんじゃない?」

「どっちがマシかだろ」

「まあね? それで――」


 じろじろとジーナさんはツバメの格好を値踏みした。


「服も新調したの? うちの店で買ってくれればいいのに」

「金かける気はねぇよ。古着で充分だ。それに、この辺にお前の店ないだろ」

「今度空き店舗探そうかしら」


 真剣に考えこむ様子に、二足の草鞋でやっていけてるの、すごいなって感心する。


「あん。違う違う。その話はいいのよ。訊きたいのは、その猫は初めから紫陽ちゃんの物じゃないでしょってこと」

「あん?」

「紫陽ちゃんが安藤ちゃんと空港に来たときは、そんなキャリー持ってなかったもの。紫陽ちゃんと安藤ちゃんのスーツケースだけだった」


 驚いて、小さく息をのんだ私とは対照的に、ツバメは鼻で笑っただけだった。


「そりゃ、うちで埃かぶってたモンだからな」

「だからぁ! あなたはそんなもの買うような人じゃないでしょ? どうしてそんなもの持ってて、紫陽ちゃんが持ち歩くことになってるのかってことよ」

「むさいヤロー二人といて、若い娘が楽しいかよ? 他に遊ぶとこもねーんだ。暇つぶしになればと思ったんだよ。動いたと思ったら、俺には爪を立てるし、逃げ回るしで大変だったんだぞ。お嬢さんは気に入られたみたいだったから、良ければやるってことになったんだ」

「安藤ちゃんはむさくないわよ。んー。絶対怪しいのに! じゃあ、何で買ったのよ」

「買ってねーよ。婆さんが送ってきたんだよ」

「ええ?」


 ジーナさんは綺麗な眉をひそめた。


「工事の奴らのガス抜きにもなると思ったのかもしれねーな」

「……本当に?」

「安藤が頼んだみたいだったから、どっかに記録残ってんだろ。疑うなら、調べろよ」

「……そうする」


 不満気にむっつりと口を閉じて、ジーナさんはクリームたっぷりのコーヒーを啜った。


「おら。全部答えたぞ。もう帰りやがれ。目の下のクマがひどくなる前にな。こっちだって早く帰りてーんだよ! おちおち一服も出来やしねぇ」

「く・ま! やだ! ほんとに?! 早く寝なくちゃ!」


 勢いよく立ち上がったジーナさんは、ツバメを冷たく見下ろすとその頬を思いっきりつまむ。


「あなたも、紫陽ちゃんといるときくらいは煙草も我慢なさい。早死にしても知らないんだから」

「俺が早死にして誰が悲しむって言うんだよ」


 ジーナさんの手を払って睨みつけるツバメ。


「わ、私はとりあえず困るわ」


 ぽつりとこぼしたら、二人してこちらを向いて、それからツバメは大きなため息をつくと、がりがりと頭をかいた。


「だーいじょうぶよぉ。今日明日の話じゃないわ。簡単に死ぬタマじゃないから。タカに困らせられたら、連絡をちょうだい? 懲らしめてあげる」


 ジーナさんは名刺を取り出すと、私に差し出した。

 店名と『ジーナ』という名前とQRコードしか印刷されていない。


「『Kazan』の方のじゃないんですか?」

「そっちだと、色々他の目がうるさいでしょ。連絡先はQRコードを読み取ってくれれば分かると思うわ。さ。早くしまっちゃって! タカが奪い取って細かくちぎっちゃう前に!」


 唸り声を上げそうなツバメを見ながら、鞄に名刺をしまい込むのを見届けて、ジーナさんは飲みかけのコーヒーを持って行ってしまった。

 パワフルさに当てられっぱなしで、思わず肩で息をつく。


「ん」


 ちょいちょいと、差し出されたツバメの指が動いた。


「え?」

「名刺」

「え。でも」

「破り捨てたりしねーから。チェックさせろ。他は用意できなくても、名刺はいつでも持ってられる」


 出発前の空港のことまで調べられるなら、ツバメが危惧することはだいたいできるのだろうか。

 ためらいながらも、今もらった名刺を渡す。

 ツバメはまず光にかざして、それから指で挟んで丁寧に全面をなぞっていった。

 四辺も真面目に確認して、最後に手のひらサイズの機械を取り出すと、それに挟み込んだ。パチ、と小さくはじける音がして、名刺はひょいと戻される。


「大丈夫そうだが、念のため。読み取るときは先にあいつにチェックしてもらえよ」

「連絡してもいいの?」

「あんまり考えたくないが、俺やあいつが役に立たないときは、ベターな選択だ。非常時以外は二人で会ったりするなよ? それは『情報屋』としてのアレの名刺だから、仕事として接しさせれば意外と使える」

「そういえば、ツバメはジーナって呼んでなかったね。えっと……」

「『ムジナ』。情報屋のアレの名前はそれで通ってる」




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