05.報告

 コーヒーはおかわり自由だったので、そのまま伯母様との話し合いの注意点を確認した。

 伯母様は、おそらくツバメが下請けで仕事を負っていることを知らないこと。知らないなら、知らせる必要はないこと。

 後は、星のことをどこで折り合いをつけるか。

 安藤は伯母様の性格を踏まえた上でのアドバイスをくれたので、頼もしかった。



 ☆



 指定された会議場に着く直前、ワイヤレスイヤホンを外すときに、念を押すように安藤が囁いた。


「ツバメは紫陽しはるさんのことを考えて、できるだけ大人のふりをしてくださいね」


 ツバメは舌打ちをすると、私の外したイヤホンも乱暴に奪い取って、キャリーケースの中に放り込んでしまった。そのまま荷物は全てクロークに預けてしまう。

 安藤と離れてしまうのは不安だけど、こればっかりは仕方がない。

 受付で案内を受けてそのドアの前に立つと、さすがに顔がこわばった。


「……まあ、なんとかなるだろ」


 ぽん、と私の背中を軽く叩いて、ツバメは力強くノックした。

 返事も待たずにドアを押し開けて、ずかずかと入り込んでいく。慌ててついていくけれど、彼がわざとそうするのか、そういうものだと思っているのか判断がつかなかった。

 秘書らしき人物に何か指示している姿勢のまま、呆れたように伯母様が振り返っている。


「し、失礼します!」

「……身だしなみを整えるくらいの神経は持ち合わせていたのね」

「俺は早く引き渡せた方がいいんじゃないかと思ってたけどな」


 ふぅ、と息を吐いて、伯母様は私を見た。向かい合って少し離して置いてある机と椅子に、黙って座るよう手振りで示すと、自分も腰を下ろす。


「では、この間に人をやりましょう。何番ポートかしら」

「J-13015」


 視線だけで人が動いていく。


「記録を取っておいても問題ないわね? 紫陽、もう一度、星に着いてから何があったのか話して」


 伯母様の隣で、男の人がパソコンに手を伸ばすのを確認してから、私は丁寧に星での出来事をなぞっていった。

 安藤を撃った場面はどうしてもどもりがちになるけれど、ツバメも伯母様も口を挟まなかった。

 一通りを語り終わると、伯母様は渋い顔をして眉間をもみながらため息をつく。


「貴重品を壊してくれたものね」

「ご、ごめんな……」

「撃ったのは俺だ。お嬢さんが危険だと判断したからだし、こっちは悪くねぇよ」


 ピクリと伯母様のこめかみが脈打ったような気がして、どきどきする。


「あら。開き直りかしら。ずいぶん引き金を引き慣れているのね」

「あんな作りもん、いくらでもガワ直せばいいだろ」

「知ってて引いたのね」

「さあ?」


 地味目のスーツにしたはずなのに、足を高く組んで口元だけ笑うツバメはどう見てもヤクザだ。


「こっちだって命狙われたんだ。どっちにしても正当防衛だろう? 未来のご主人様を守った俺は褒められて然るべきだよな?」

「暴走マシンから紫陽を守ってくれたことには感謝するわ」


 伯母様は冷めた声で言う。


「それで? ご褒美には何が欲しいと言い出すのかしら?」

「伯母様、ツバメは要求なんて何も……」

? あなたまでそう呼んでるの?」

「え? えっと、安藤も、そう呼んでいたから……」


 伯母様は苦々しそうに口元を歪ませた。


「あなたは安藤に懐いていたものね。その、安藤を彼に何も思わないの?」


 どきりとして、ツバメの顔を見る。

 安藤はから、さっきまで一緒にいたから、ツバメと安藤の関係を見て、聞いたから、私はツバメが怖くない。でも、そうじゃなかったら。

 膝の上でこぶしを握る。


「少し、怖いけど……ここまで連れてきてくれたし、あの星のことを一番知ってるのは彼だから……」

「あら。それは継ぐことを決めたということ?」

「お婆様の眠る星ですもの。私に託されたのだから、頑張ってみたい……です」


 パチパチと瞬いて、不思議そうな顔をした後、伯母様はいつものようにキリリと表情を引き締めた。


「お母様が管理してた時と違って大変よ? 安藤も……どうなるかわからないし。でも、そう決めたのなら頑張りなさい。手放すときは、最初に私に相談してね。それと……そうするのなら、その男とはきっちり話をつけなさいね」

「……話?」

「賃料として、売り上げの五パーセント。そんなもんだろ」


 伯母様は目を細めてツバメを見やる。


「今までは丸儲けだったのでしょう? 五十パーセントあってもいいんじゃない?」

「ふざけるな。全部ひとりでやってんだ。蜂を生きたまま運んで増やすまでにどんだけかかってると思ってる。そこは婆さんに頼ってないぞ。帳簿でも見せようか?」

「ちゃんとつけられた帳簿かしら。蜜を採る花は星の一部でしょう? 三十パーセント」

「その花を植えんのも手入れすんのも俺だ ハチパー」

「土にまみれているのは想像できるけど……花は枯らしそう。その度に買い直せばいいのだから、楽なものね。二十」

「開拓を始めた当初じゃあるまいし。もうめったなことじゃ枯れねえよ。あんたの化粧より綺麗に保たせる自信あるぜ。九」

「伯母様。見ればわかるわ。とても、素敵な庭なの」


 伯母様は呆れたように私を見ると、ため息をついて、ツバメは小さく舌打ちをした。


「お嬢さん。あそこにその女を招待するのは勘弁してほしいんだが」

「紫陽。見えるものに騙されちゃだめよ。まあ、いいわ。本来、あなたが交渉するはずのものですものね。とりあえず十パーセント。きっちり取り立てなさい。それから、状況を見ながら毎年見直すこと。ちゃんと記録して、時々一緒に写真を添えて報告してちょうだい。私は他人の星まで足を運ぶ暇はないの」

「おい! 俺は了承してないぞ!」

「するでしょ。お互い、本気の交渉なんてしてないんだから。安藤に入れ知恵でもされた? 付け焼刃じゃないことを祈るわ。あそこを出ていきたくないなら、精々紫陽を持ち上げることね」

「ウルセー。そんなに心配しなくても、お嬢さんは簡単に潰れたりしねーよ。初対面の俺に睨まれても、怯みもしなかったからな」


 伯母様は「そう」と言って立ち上がった。


「安藤の調査で何かあったらまた聞くわ。紫陽は本家に帰るのでしょう? 空港に車を回しましょうか?」

「助かります」

「警護は?」

「い、いりません。空港までは、ツバメも行ってくれるようなので」


 伯母様は顔を顰めたけれど、ひとまず頷いてドアへと手を差し伸べた。


「とりあえず、以外は変なものも寄ってこないでしょう。番犬の皮は脱がないでほしいわね」




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