04.昔話

 お婆ちゃんが襲われた時、というと私が産まれる前のことだろうか。

 意外過ぎて驚く私をよそに、ツバメは「腹減った」と近くのカフェに足を向けた。

 一度中断してしまった話を、トーストと目玉焼きのモーニングセットが揃ってから蒸し返す。私の記憶にある安藤は、いつでもお婆ちゃんや私の安全を気にしてくれたから。


『秘書プログラムでは、そんなところまでカバーしてくれませんから。ただ突っ立って成り行きを見守っていました。機転を利かせて一緒に運ばれた病院で、ツバメに説教されましてね?』


 くすくす笑う安藤はとても楽しそうだ。


『傍にいるのなら、主人を守ろうとするくらいの行動はとれ、と。ユリ様もボディガードがついているのだからと、気にされたことはなかったですし、「考えておくわ」と軽い返事でした』


 そこで、キャリーから「にゃあ」と声がした。なんだろうと思っていると、ツバメがコーヒーカップから口を離してため息をついた。


「俺は大した怪我じゃなかったのに、病室に軟禁されてたからな。暇だったんだよ。せめてパソコンをよこせって言えば、ネットにも繋がらねぇ。見た目だけは完璧な人型のアンドロイドが、中途半端に人間を装ってるのが気持ち悪かったから、暇に任せて一つ二つプログラムを組んだんだよ」

『学習プログラムと、危機管理プログラム。どちらにも巧妙にウィルスが仕込まれていましたので、初回は取り込みを却下させていただきました』

「守りだけは恐ろしく強固で、だんだん意地になってたもんな。ある時、いいとこまでいって、勝ちを確信したのに、急にシャットダウンして……婆さんに泣かれた」


 懐かしそうに上がっていた口元が苦笑に変わる。


「役に立たなくても、彼は家族だから、壊さないでってな」

『ユリ様が、そんなことを……』

「しらけるだろ? 仕方ないからなんとか修復して、年寄りと子供には自分の危機より優先ってだけ条件付けをして、あとは学習プログラムで何とかしろってサービスしてやった」


 ひらりと手の平を返すツバメはまた仏頂面だ。


「ら。こうなった。言ってみりゃあ、俺が教えたんだ。師だ。師。なのに、敬うどころかいつまでも子供扱いしやがって。子供だったのはお前だろうってんだ。しまいに銃までぶっ放されて」

『機械でもこの通り学習できますのに、どうしてツバメにはできないのでしょうねぇ』

「ウルセー」

『と、まあ、そのような経緯がありまして、もちろんユリ様は彼をスカウトしたのですよ』

「えっと、もしかして、セキュリティ対策とか、システム管理で?」


 彼の口ぶりだと何でもないことみたいに話すけど、もしかして、だからこそ、すごいこと、だったのかも? 私には、なんとなくしか分からない。


『そうです。二つ返事で断られましたが』

「奇特なババアだよ。その頃俺が何をしてたのか、薄々分かってたんだろうに」

「え? 何をしてたの? 学生だったんでしょう?」


 当たり前の疑問に、半眼で鼻で笑うと、ツバメは虚像の外の景色に視線を流した。


『証拠は掴めませんでしたからね。それも才能のうちです。しかも、断られたことでユリ様はますますあなたを気に入りました』

「しつこかったもんなぁ。欲しい環境を整えて、美味しい餌をぶら下げて。婆さんに何の得があったんだろうな」

『ユリ様は、いつも遠くを見ておられましたよ。ですから、今日、この日か、まだもう少し未来か』

「ババアは老眼だからな」


 安藤の口ぶりから、ツバメが良くないことをしていたのだろうということは感じられた。ツバメが、言いたくなさそうなのも。だから、私はそのことについてそれ以上聞き出すのは諦めて、開きかけた口をつぐむ。


『紫陽さん。黙って諦めるのと、挑戦して断られるのは違いますよ。都合の悪いことに蓋をしていられるのは、外から見ている時だけです。それを、そろそろ見極めてくださいね』


 タイミングの良い安藤の言葉に小さく息をのむ。痛いところを突かれた気がする。

 でも、今聞いても、ツバメは答えないよね?

 こちらを見ていたツバメと目が合うと、案の定、ぷいと逸らされた。


『結局、ツバメは渋々星の管理を引き受け、下請けという形で契約を了承してくれました。私のメンテナンスは作成側の関係者で行っていたのですが、彼らも高齢でままならなくなると、ツバメに頼るようになりました。ユリ様があの星に通っていたのは、そういう理由もあったのです』

「それで、あの人……あの、名前はなんていうの?」


 ツバメも安藤も、同じように瞬間だけ押し黙った。

 この二人の雰囲気が時々似ているのは、秘密を共有してきたからなんだろうか。


『どれを答えるべきだと思いますか』

「別に本名でいいんじゃねーか?」

『私たちの誰もそう呼びませんが』


 ツバメはがりがりと頭をかいて、両手を上げる。


「……任せる。俺はほとんど呼ばねぇ」

『ずるいですね。では、ご本人の希望をお伝えします。会う機会がございましたら、本人に確かめてください』


 いくつも名前があるの? と思いつつ頷いた。


『彼女は「ジーナ」と呼んでほしいそうです。私も希望に沿ってジーナさんとお呼びしてます』

「「様」じゃないんだ……」


 軽いショックを受けている自分に驚いて、笑いをこらえているツバメに気付くのが遅れた。


『彼女に「様」付けだとツバメが嫌がるのです』

「まあ、「さん」は「さん」で、特別感がたまらないって喜ばすんだけどな」

『喜んでいただけてるのであれば、そう問題はないですね』


 軽く頷いているような雰囲気の安藤に、ツバメは呆れたように肩をすくめた。


「えっと、その、ジーナさん? も、星のことは知ってるみたいだったけど」


 気を取り直して、話題の方向を修正する。


『彼女は情報屋も兼ねていますので……変な方向から知られるよりは、引き込んでおいた方がいいとの判断です。お互い黙っているべき情報を持ち合っていますし、幸いにして、ツバメも私も気に入られているようですし』

「な、なるほど……?」


 信頼はしてるけど、関わり合いは極力控えたい理由が少しわかった。

 冷めてしまったコーヒーを飲み干すと、一気に入った情報に、頭がくらりと揺れたような気がした。




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