14.真相

「どういうことなの」


 訳が分からず、涙が止まらなくなった私の背中をぎこちない手つきでさすってくれながら、ツバメはリビングへと場所を移した。猫もおとなしくついてくる。

 全員が汚れた足と床を拭いている中、安藤の声だけが冷静に響いていた。


『事の発端はユリ様なのですが……その前に紫陽しはるさんの知らない前提条件からお話ししましょう』


 猫は私の膝に乗ると、のんびりと毛づくろいを始めた。


『私――裏で機能停止した安藤は、当時の最先端技術を寄せ集めて作られた、バイオロイドです。ユリ様の意向に沿って、有志が協力してくださり実現しました。外見は崋山院鷹十たかと様の若い頃のお姿に寄せています』

「……お爺ちゃん?」

『はい』


 頷くでもなく、あくびをして丸くなる猫との会話はなんだか落ち着かない。声は首に下がる大ぶりの鈴から聞こえているようなので、ウェアラブル端末だとでも思えばいいのかもしれないけど。


『基本人格も、鷹十様に似せて組まれました。彼を亡くして沈み込んでいるユリ様を元気づけられればと、ほんのお遊び、凝ったお喋り人形くらいの感覚だったはずなのに、その道のプロたちのこだわりと悪ノリで、完成まで十年以上かかったと言います』

「お爺ちゃんて意外と……じゃ、なくて、「たかと」って、どこかで聞いたような……?」


 思えばお爺ちゃんの写真をじっくり眺めたことはなかったけれど、言われてみれば雰囲気は似てるのかもしれない。何気なく上げた視線の先のツバメと目が合って、さらにぷいと逸らされて気づく。

 声だけの安藤は笑いを含めて続けた。


『えぇ。ツバメと同じです。一文字違いですね』


 ああ。なるほど。それもあって、お婆ちゃんは彼を気にかけていたのか。


『と、作られた経緯はそうなのですが、鷹十様の代わりとしては程遠い出来でした。それでもユリ様は似すぎていなくてよかったと、私を喜んで受け取ってくださいました』

「似てない方が良かったの?」

『あまり似ていたら辛くて見ていられなくなる、と仰ったことがありました。ともかく、ユリ様は私を安藤と呼び、秘書プログラムを組み込んで、仕事に使うようになりました』

「どうして安藤? どこにでもある名前だから?」

『アンドロイドの安藤らしいですよ?』


 ふふ、と笑いが漏れた。安直。


『そのうち、私の管理する領域が増えていきました。IDもパスワードも一度設定すれば絶対に忘れません。データベースから検索するのも速い。直接繋げば、効率はより上がります。膨れ上がる記憶領域は外に置いて、勝手についてくる金庫を手に入れたようなものでした』

「伯母様たちは知ってたの?」

『いいえ。皆さまお忙しいですから、お互い顔を合わせるのは画面越しが多かったでしょう? カスミ様と初めて対面したのは、一年ほど経ってからでした。それも、お茶を入れただけ。ろくに顔を見られることもなく、新しい人ね、で終わりました。蓮様もしかり。紫苑様は知っておられたかもしれません。まだ赤ん坊の紫陽さんを連れて本家に戻ってきたとき、私にも「よろしくお願いします」と頭を下げましたから』


 安藤はそこでちょっとおどけたように口調を変えた。


『私の先生は紫陽さんなんですよ?』

「え?」

『ユリ様が、紫陽さんを手本にしろと。黙っているだけでなく、人間らしく振舞えれば私のセキュリティは上がっていくからと。実は持ち歩く機器には重要なデータは入っていないんです。盗まれてもいいものだけ。大事そうに抱えていれば、人は勝手に想像してくれるものよ、と』

「どうして、私? お婆ちゃんとか、もっと大人の人の方が……」

『私も同じことを聞きました。彼女の答えは「大人からは装うことを学びなさい。子供はそれがまだ未熟だから、素直な反応を学びなさい」でした。紫陽さんは素直過ぎて、私が多少おかしな言動をしても全く疑いませんでしたから……ほんの、ついさっきまで』


 私は丸くなった猫の背を撫でる手を思わず止めた。恥ずかしさで耳まで熱くなる。


「崋山院の血を引いてるとは思えないくらい信じ切ってるんだもんな」

「だ……だって。でも、私、そんなに安藤と話した記憶ないよ?」

『直接は……そうですね。でも、崋山院にはあちこちに監視カメラがついていますから。私は文字通りそれを通してよくいたんです』

「……ストーカー」


 にやにやと笑いを含んだツバメの一言に、寝ていた猫が伸びをしたかと思うと、突然飛びついた。

 壁を棚を足場にして三次元的に襲ってくる猫を、ツバメはうるさそうに振り払う。


「畜生になったらやけに好戦的じゃねーか!」

『『やんちゃ・気まぐれタイプ』設定になっていますので。言っても家庭用。大けがまではしないはずですよ』


 聞こえてくる声は落ち着いていて、安藤はどこかでコーヒーでも啜っていそうだった。

 しばらくじゃれあいを眺めていて、ふと疑問が浮かんだ。


「ツバメとは、いつどこで会ったの?」


 四つの目がこちらを向く。


『……二十年近く前になりますか。紫陽さんがまだお母様のお腹にいる頃ですね。ユリ様を狙った通り魔事件がありまして……彼はその現場に居合わせたのです。彼が紫陽さんよりまだ若い頃でした。ちょっとした誤解から、彼が警察に連れていかれそうになりまして……まあ、その頃からの付き合いです』

「偶然、そいつが人間じゃないって知っちまったんだよ。それ以来ここに軟禁さ」

『人聞きの悪いことを! ユリ様は、できれば黙っていてほしいと仰って、職についていないあなたに仕事の斡旋をしただけです。証拠の音声も流しましょうか?』

「これだ。ナチュラルに脅してくる」


 わざとらしく肩をすくめるポーズをとるけれど、ツバメの顔は笑っていた。



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