13.人形

「自分を物みたいに言うのはやめて。安藤は安藤の意思で動けばいい。崋山院を絶やすだなんて……ツバメにするようなことをしようと言うの? 父さんにも?」

「ありとあらゆる手を使います。紫苑しおん様は……話し合いでどうにかなると思いますが……」


 私は小さく首を振る。


「安藤にそんなことをさせたくないの……」

「でしたら」


 安藤はにこやかに笑った。

 手にしたショットガンにいくつか弾を込めると、銃身を持ち私へと差し出す。


紫陽しはるさんが私を止めればいい」

「な……何を言うの!?」

「大丈夫です。ここは言わば治外法権。紫陽さんが罪に問われるようなことはありません。銃床は脇に軽く挟むようにして肩につけて……」


 私を少し引き寄せると後ろに回り、文字通り手を取って順番に丁寧に説明される。


「ここを持って、手前に引いてから」

「安藤……」


 重なる手元でジャキンと小気味いい音が響く。


「後は引き金を引くだけです」


 安藤はそのまま、ためらいもなく引き金を引いた。

 ドン、という衝撃は私ごと安藤が受け止めてくれる。


「もう一度引いて」


 声も、重なる手も、どこまでも優しいのに、硝煙の臭いと手の中の重さに涙が出てくる。

 準備ができると壁の前に私を立たせて、安藤は銃口の前に立った。


「しっかりホールドしてないと危ないですよ。反動はありますが、後ろが壁なので転んだりはしないでしょう」

「安藤、違う……撃てない。撃ちたくない!!」


 安藤は困ったように首を傾げて、一歩前に出ると震えている銃口を自分の胸に押し付けた。


「ほら、外しません。紫陽さんが撃ってくれないと、私がツバメを撃ちに行きますよ?」

「だめ……いや……どうして……」

「壊れてしまったんです。そう思って、どうか気に病まないで」


 にゃおん。

 唐突に上から降ってきた声に、私も安藤もつられて二階を見上げた。

 と、同時に背中に人の気配を感じる。

 背後の壁が開き、さっきの安藤のように誰かが私を後ろから抱え込む。力強く、痛いくらいに握りこまれた手の上で、空いていた引き金が引かれた。

 衝撃と同時に安藤の体が宙に浮いた。

 血を飛び散らせ、生垣に一度身体を弾ませて、地面に叩きつけられる。

 私は吸った息が吐きだせなかった。思わず銃を投げ出し、次に手に触れたものにしがみついた。


「おい、おじょ……」


 誰かの声に、今度は喉の奥にこみ上げた叫びを誘発される。自分でも、どこから声が出ているのかわからない。闇雲に叫んで、手にも足にもガチガチに力が入る。

 よろけたのか、引き倒されたのか、体が後ろに倒れていく。そう感じても、自由にならなかった。


「お、おち……落ち着けって。お嬢さん? おじょう……いてっ……つめ……ああ! もう! しはる!」


 ぐいとさらに身体を傾けられて、開きっぱなしの口を塞がれた。


「んーーー! んーー! んー……」


 苦しくて、柔らかくて、煙草の味がする。


「ん……あ、ふっ」


 酸素を求めてを押しやり、ざらりとした手触りにはたと我に返った。

 顔を横切る傷に無精髭。鋭い目つきに思わず悲鳴を上げる。


「きゃー!」


 ドンと押しやると、ツバメはひっくり返りながら、喉の奥で笑った。


「きゃー、じゃねーよ。我に返ったなら、降りてくれ」

「え!?」


 私は慌ててツバメの膝の上から降りると、ドキドキいう胸を押さえながら辺りを見渡した。

 ……キッチン?

 それから、ツバメの口元に視線が吸い寄せられる。

 さっき、まさか……

 思わず口を押えると、よっこらせ、と起き上がったツバメが気づいて、頭をかきながら視線を逸らした。


「あー。ほら、人工呼吸、みたいな? お嬢さんが俺の手を掴んで離さないから……口直し、するか?」


 そう言うと、ツバメは水を一杯汲んでくれた。その両手首には確かに赤く指と爪の食い込んだ痕がついている。


「あ……ご、ごめんなさ……」


 いろんな恥ずかしさがこみ上げてきて、顔だけでなく全身熱くなる。それでも、細かい震えが収まらなくて、その前の出来事を思い出させた。


「わ……私、安藤を……」

「撃ったのは俺だし、お嬢さんは別に人殺しなんかしてねーよ」

「でも……! でも……」


 つと頬を伝う涙にツバメは横を向いてため息をついた。


「見た方が早いな」

「……!! いやっ!」


 引かれた腕を振り払おうとしてできず、私はツバメに抱きあげられた。手を離れた紙コップの水がツバメにかかっても、彼は動じない。


「嫌だって! 下ろして!」

「ショックはわかるけどな。あいつ、そもそも人間じゃねーから」


 じたばたと暴れていた身体が凍る。


「……え?」

「まじまじと見なくてもいいから、確認しろ。血はそんなに出てない。皮膚表面が傷ついた時だけ滲んだように見える程度なんだ。中身は特殊シリコン。骨はカーボンだし、臓器は人工臓器。機械制御の、よくできた人形だよ」


 ツバメにしがみついて、見たい気持ちと見たくない気持ちがせめぎあった。

 ツバメはそこに立って、黙って待っていてくれている。

 ――にゃぁ。

 猫の声が今度は近いところからして、私はおそるおそるそちらを向いた。


 血や肉が飛び散ったと思ったのは思い込みだったらしい。生垣には半透明のスライム状の物体がひっつき、胸の穴から流れ出しているのも白濁した液体で、オイルの臭いがした。

 それでも見た目は安藤で、すぐに視線を逸らしてしまう。

 トコトコと何かを咥えて、猫はツバメの足元までやってきた。よく見ると安藤のかけていた眼鏡だ。それをそこに置くと、ぴょんと飛び上がって踏み砕く。

 ツバメを見上げてちょいちょいと手の先で指したのを見て、ツバメははっとしてそれをさらに踏みつけた。

 念入りに踏み砕かれたところで、電話越しのような安藤の声がした。


『詰めが甘いですよ。眼鏡を怪しんでいたでしょう? 頭も吹っ飛ばしてくれてよかったのに』


 私はツバメにしがみついて、三度目の悲鳴を上げたのだった。



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