02.遺言

紫陽しはるにお願いがあります。


 1.私の骨を少し取り分けて、あなたにあげる予定の星へ埋めてください。

 2.その星にいる人に、今後も管理を任せてください。

 3.あなたが相続を拒んだり、星の権利を手放した時、彼に全権が渡ります。

 4.全てが片付いた後の安藤をよろしくお願いします。


 よく考えて、決めなさい。

 紫陽も沢山の幸福と出会えますように。   ユリ』


 お婆ちゃんの手紙は簡潔なものだけど、ところどころよく解らなかった。

 安藤に聞こうにも、初めての重力脱出に身も心も緊張しっぱなし。滞在型民間宇宙ステーション『TerraSSテラス』に着いたら着いたで、宇宙生活についてのレクチャーが続く。

 ようやくほっと一息つけたのは、日本時間で夕方の頃だった。


「お疲れさまでした。お部屋で少し休まれますか?」


 ずっと付き合ってくれていた安藤が、気を利かせてくれる。

 休みたいのは山々だけど……


「部屋にいても上手く休めなさそう。聞きたいこともあるし、少しお茶にでも付き合ってほしいな……安藤が、疲れてなければ、だけど」

「私のことはご心配なく。では、あまり遠くないところで……台湾茶なんかはいかがでしょう?」


 安藤はお婆ちゃんと一緒に何度も宇宙に出ているらしい。本来なら私のレクチャーに付き合う義理もないはずなのだ。


「ありがとう。安藤のお薦めなら、間違いなさそう」

「恐れ入ります」


 地下街のように小さな店がびっしりと続く一角にその店はあった。今ではどの店もそうだが、各席が高い衝立で仕切られた個室めいた作りは、個人的な話をするのにも抵抗が少ない。狭さを緩和させるように、壁には窓を模した薄型ディスプレイが嵌め込まれていて、今は南国の海辺の映像が流れていた。

 視線を戻すと、店員さんが茶器を温め、一杯目を全部捨ててしまうところだった。目を丸くして見ていると、安藤が微笑ましそうに口角を上げる。子供扱いされているようで、少し気恥しかった。

 次の一杯を湯飲みに注ぐと、店員さんは礼をして去っていく。

 ゆっくりとお茶に口をつけてから、安藤は私を促した。


「何をお話すればいいでしょう?」

「お婆ちゃんからの手紙のことで……安藤は読んだ?」

「いいえ。存じません」


 じゃあ、と、手紙を開いて安藤に差し出した。


「私が読んでも?」

「うん」


 短いものだ。一呼吸おいてから続ける。


「その、彼って誰? 安藤は知ってる、よね?」

「はい。『カザンΨプシー』の維持管理をしてくださってる方です」

「どんな人?」

「人となりはご自分で確認するようにと。先入観は持たせるなと言われております」


 つれない返事が面白くない。

 文面以上のことは分からないじゃない。


「お婆ちゃんはずいぶん気に入ってたのね。私が断ったら、その人にあげるなんて。伯母様が聞いたら目を吊り上げそう」

「そうですねぇ……ですが、地上を離れ、長いこと滞在してくれていますし、そのくらいの功績はあるのではないかと」

「滞在? 月に一度通う、とかではなくて?」

「初めは通われていましたが、そのうち面倒くさい、と……」


 こほん、と安藤は咳ばらいを一つ挟んだ。喋りすぎたらしい。微笑みでごまかされた。

 ひとつ解ったことは、結構な変わり者ってことよね。


「名前も教えてもらえないの?」

「ユリ様はツバメと呼んでおられましたが」

「つば……」


 唐突に、伯母様の声がフラッシュバックした。


『近頃は若いを侍らせて……なんて噂になっているのよ?! 安藤も注意しなさいよ! あんな、どこの馬の骨ともしれないヤクザまがいの男……うちのお金が目当てに決まってるじゃない!』


 当時五歳くらいだっただろうか。たまたま通りかかったドアの向こうからキンキン声が聞こえてきて、驚いたのだ。おばあさまはこっそりとツバメを飼っていて怒られてるのだろうかと首を捻って、その足で屋敷中を探して歩いたけれど巣は見つからず……後で安藤に「ツバメはどこにいるの?」と聞いて苦笑されたのをはっきりと憶えている。

 もちろん、今ではがスラングで、若い男の愛人を指す言葉だと認識できるのだけれど……

 まさかね。自分で言うのもおかしいし。

 私の心を読んだように、安藤は少し可笑しそうに笑った。


「あとの疑問は、ご本人にお尋ねください」

「う。わ、わかりました。えっと、それから、四番目のはどういう意味?」


 安藤は寝起きも屋敷でしている。世界中に散らばっている崋山院の系列会社からの報告は、昼も夜もあまり関係ないらしい。二十四時間、お婆ちゃんの秘書でいるのは大変だろうと思うのだけど。

 そんな安藤を、後継ぎでもない一介の大学生の私が、どうこうできることはないような気がするのだけど。

 これには安藤も珍しく「うーん」と困ったように首を傾げて、私に手紙を返してよこした。


「どういう意味でしょうね? 順当にいくなら、私はカスミ様の元で働くことになると思うのですが……ユリ様の遺言が全て遂行されるまでは自由になりませんし、使い勝手が悪いとお払い箱になる可能性も、ないことはないのかもしれませんね」

「と、言ったって、会社を辞めさせられるわけじゃないでしょう?」


 効率と儲け重視のカスミ伯母様のことだから、心配が無いわけじゃないけど……そういうこともあり得るの?


「カスミ様の元で働くことになっても、あまり嫌わないでやってくれということかもしれませんね」


 くすくすと笑う安藤は、私が彼女を苦手としていることを知っている。


「そんな。安藤は、安藤でしょう?」

「そうですね。まあ、お気遣いなく」


 私や安藤の住む本家も、順当にカスミ伯母様に引き継がれる。そうなったら、私は父を説得してあの家を出ようと思っていた。

 いくら広くても、苦手な人と同じ家に住むのは精神衛生上よろしくない。

 そうなると、安藤との接点はきっと無くなっていくのだろう。こうして気安くお茶するのも、これが最初で最後になるのかもしれなかった。




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