ころす


 真っ白い部屋。


 天井から一本の縄がまっすぐ伸びていた。先端には丸い輪。


 その輪を首に通し、彼女は宙に揺れていた。


 ぷらん、ぷらん。風などないはずなのに、彼女は揺れていた。真下には蹴飛ばされ、倒れた椅子。


 生は無かった。彼女は死に続けていた。口元は笑っていて、幸せそうだった。


 私は彼女の正面に立ち、ぼんやりと見つめていた。もう話せない、抱き合えないと思うととても寂しかったけれど、彼女が幸せそうならまあ、いいか。


 ぽたり、ぽたり。彼女の股から太ももをつたい、体液が零れ落ちる。私はそれをそっと、拭ってあげる。恥ずかしいだろうから。


 ぴくり、と彼女の腕が動く。筋肉のけいれんだろうか。死んだあとでも肉体が動くとか聞いたことがある。生を失った事を認めないかのように。


 ぴくり、ぴくり。手が動き始める。いや違う……これはけいれんとかじゃない。意思を持って動き始めている。


 生が有ろうとしている。死が終わる。


「だめ」私はつぶやく。生きてちゃだめだ。


 びくん、と彼女の身体がはねる。生き返ってしまった。死が終わってしまった。


 彼女の手が跳ね上がり、首元の縄を掴む。苦しさのあまり、発作的に気道を確保しようとしているのだろう。


 ばたばた、ばたばた。足も無意識に動き、なんとかして浮き上がろうとしている、でも水中でもないから浮くわけもない。


「か……は……くる……し……」喉が締まりつつある彼女はやっとのことで声を上げる。私は駆け寄る。もう聞けないと思っていた声を聞けて、心が跳ねる。


 とっさに私は彼女の太ももを抱え、ちょっと持ち上げる。残っていた体液が少し顔に付くが、そんなの気にしない。


 わがままを言うなら、彼女に生きていてほしかった。ゆるゆると愛し合いながら、この救われない世界で、永遠に一緒にいたかった。でも、それでは彼女は幸せになれない。満たされない。救われない。


 私は彼女を見上げ、目が合った。とても苦しそうだ。でも、その瞳は。


「た……すけ……て……」彼女は私に両手を伸ばす。救いを求めるかのように。私の頭に触れる。撫でられたようでとても嬉しい。


「わかった」私は彼女の足を離し、その手を取る。


「がっ……あっ……」再び彼女の首が締まる。でも今度は私が握っているおかげで首元に手は戻らない。


「世界があなたを否定しても、私はずっと味方だよ」笑顔で私は告げる。目頭が熱くなり、頬を冷たい感触が伝う。


「うれ……し……」彼女も一筋の涙を流す。口角からは紅い泡が吹き零れている。ぶくぶくと。あとで椅子を使って拭いてあげよう。


 私が、あなたを救うよ。



 そう告げ、自分の身体を後ろに倒す。彼女の手を強く握りながら。


 ぎゅぅう。彼女の首が締まる。


「がっ……はっ………」彼女の肉体は苦しんでいる。でも精神は、魂は、喜んでいる。瞳がそう告げている。


 縄がきしむ。何度かこれを繰り返したら、何度も彼女を殺したら、切れてしまうかもしれない。この縄は、ふたりを殺すには不十分なのだろう。



 彼女は再び死に絶えながら、かすかに口を動かした。


 あり、がとう。



 手を離す。私の身体は重力に引かれ、背中から床に激突する。がん。後頭部が激突する。とても痛い。でも生きているとわからされる。


 ぷら、ぷら。離された手を垂らしながら彼女はまた、揺れていた。



 ぽた。私の素足に冷たい液体が落ちる。またおしっこかな。拭いてあげなきゃ。いや、よく見ると違った。


 彼女は生を失ってなお、涙を流していた。嬉し泣きだろうか。


 ぽたぽた、ぽたぽたと。彼女の涙雨は止みそうになかった。私はそれを身体で感じなから、お別れのあいさつをする。


 大好きだよ。

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死を失い、恋い焦がれる。(2984-kizashi-) 金魚屋萌萌(紫音 萌) @tixyoroyamoe

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