死をみつめ、惹かれゆく。
前編 眺める。
轟音で目が覚めた。そんなに寝付きは悪い方ではないはずなのだけれど、今回の音は異常だった。
耳鳴りがしている。轟音の影響か、部屋の中が振動していた。原因を探る。部屋の外、憩いの泉の方から聞こえているようだ。
窓を開け、様子をうかがう。木々が邪魔してよく見えなかったが、炎のようなゆらめく光と、焦げ臭い匂いが鼻を突く。
「爆発?」私は思ったことをつぶやく。
様子を見るため、下着の上にシャツとズボンを身につけ、外に出る。轟音と共に眠気は遠くに走り去っていた。
綺麗な満月は黒煙で汚されていた。とっさに手で口を押さえる。
「近づかないで」「逃げた方がいい」私の嗅覚と視覚がそう告げている。しかし、私の好奇心はその忠告を振り切る。この退屈な世界で久々の刺激を感じていた。
憩いの泉の入り口に近づく。青い炎があちこちに揺らめいて点在している。普通炎は赤く見えるはずだ。しかも泉の周りの木々が燃えているのではなく、泉の中に炎が発生していた。炎の周囲の水は絶えず蒸発しているようで、じゅうじゅうという音と煙が上がっている。
おそるおそる、泉の中に踏み込む。爆発の中心と思われる場所は黒煙が立ちこめていて様子が掴めない。歩を進めるごとに煙は濃くなり、視界が狭まる。殊更、慎重に進む。熱気も強くなり、汗が流れ始めた。頭痛も感じはじめていた。
その時、後ろから強い風が吹く。煙が晴れ、視界が開ける。
―大きなクレーターができていた。そこだけ全てが消えていた。まるで、時までも消されているようだった。
こつん、と足に何かがぶつかる感触を感じた。しゃがみ、それを拾って確認する。
それは、水に濡れてない部分が血に塗れていた。ぞくり、と背筋が寒くなる。指で拭う。銀色の表面が現れる。
私は首元に手をやる。手に持ったそれと一緒だった。細胞供給装置。原則、取り外しなどできるものではない。それが血塗れで爆心地の近くにある。
「……死、か」私は呟く。久しく目にしていない事象に不謹慎ながら感銘を覚えた。前に目にしたのはいつだっただろう。確か、男性が多く存在していた時代だ。
体調が更に悪化している。すでに好奇心は満たされた、戻ろう。私は踵を返す。
汗がだらだらと吹き出している。家に帰ったらシャワーを浴びなければ。帰る道のりの一歩一歩が重くなる。頭が割れるように痛い。
私は膝をついてしまう。気持ち悪さのあまり、吐いてしまう。とっさに口元を押さえる。しかし押さえきれずに手から零れ落ちる。それは血だった。泉の水に溶け、広がっていく。視界もだんだん暗くなってきた。耐えきれず、手を付いて四つん這いになってしまう。右手に持っていた細胞供給装置が転がる。
意識が遠のいていく。私も死ぬのだろうか。唐突すぎる体の異変に混乱しながらも、何故か私は幸福をかすかに感じていた。
合成音声がどこからか聞こえてきている。
――死は罪です。死は罪です。
なるほど、やはり死ぬのか。うつ伏せに倒れ込んでしまう。顔や体に水が浸かる。冷たいはずなのにその感覚が無い。
左手に何かが触れる。それを思わず手に取り確認する。それは別の細胞供給装置だった。右手を少し動かし、そちらにもあるのを確認する。
ああ、二人で一緒に逝ったのか。
「……うらやましいな」思わず口にしてしまう。
どうせ死ぬなら愛する人と一緒に逝きたい。そんな人はいないけれど。
力を振り絞って仰向けになる。両手を持ち上げ、左右の装置を一緒にくっつけてあげる。水で血はだいぶ落ちていた。
月明かりに照らされ、銀色の彼女らは鈍く光る。安らかに眠ってほしいな、会ったことも無いけれど。
私は右手に両方の装置を握りこんで降ろす。もう手をあげる気力もない。口からまた血が溢れ、口角からあふれ出す。
――死は罪です。死は罪です。
ああ、月が綺麗だな。そんな感想を抱きながら私は意識を失った。
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