第7話 愛し、終える。

 最期に到着するために、私たちは近くの泉に向かう。


「そうだ、おんぶしてよ」外に出てすぐ、ミカは両手を私の方に伸ばしておねだりする。


「疲れるまでならいいよ」私はミカを抱き上げ、自分の背中に背負う。意外と楽に持ち上げられた。そういえば、筋力だけは強化していたな、と思い出した。


「はー、落ち着く」ミカは背中から私に手を回し、抱きしめる。首の後ろに柔らかい感触を感じる。


「そんなとこに頬ずりしないでよ」


「えー、いいじゃん。いいにおいするし」


「ま、最期だからいいか」そういって私は歩き出す。


 外はすでに日が落ち、月が昇っていた。その夜は満月で、月の明かりだけを頼りに歩くことができた。


 私は視線を感じ、立ち止まって空を見上げる。


「どうしたの?」ミカが尋ねてくる。


「……なんか、月(ルナ)が見ている気がして」


「ルナが? まさか。でもこんな時代だし、ありえなくもないか。監視システムとかありそう」


「今の技術なら可能だろうね。ま、気のせいか」そういって再び私は歩き出す。


 十分程歩いて、私たちは泉に到着した。夜ということもあってか人影は一人も見えない。


 憩いの泉、と呼ばれるそれは着衣で入れる公共温泉だ。


 ミカは寝ているようだった。すう、すうと寝息が聞こえてくる。少し疲れているのだろう。こうなるとしばらく起きることはない。


 近くのベンチでミカを降ろし、靴を脱がせる。自分も靴を脱ぎ、今度はミカをお姫様抱っこする。そして泉の中に足を踏み入れる。水深は踝がぎりぎり浸かる程度しかない。


 憩いの泉はとても広い。端から端まで約一キロある。所々に噴水がある以外は遮蔽物もなく、端まで見渡す事ができた。そして、水面にはルナが自身の光で満月の姿を映しだしていた。


 今の時代の服は濡れても十秒もすれば乾く。だから気軽に着衣のまま浸かることができる。


 私は脚を広げて座り、片方の太股にミカの頭が乗るように寝かせる。水は冷たすぎない程度にひんやりしていて気持ちが良い。


 泉に浸かってもミカは起きなかった。少し頬をつつく。するとゆっくりと目を開いた。


「……ん。ごめん寝ちゃってた。モエの背中が気持ちよくてつい」ミカは目をこすりながら言う。


「別にいいよ。急いでる訳でもないし。ゆっくりしよう」


「ありがと、モエの脚も柔らかくて枕にとても良いよ」ミカは腿に頬ずりする。


「それほめてる?」


「ほめてるほめてる。ん」


「……今キスした?」頬よりやわらかい感触を感じた。


「えへへ、ばれた?」ミカの顔がほんのり赤くなっている。


「キスするなら、もっといいところがあるよ」私はミカを抱き上げて顔を近づける。


「へ? え、えっとまだ心の準備が……ほ、ほら月が綺麗だね」慌てたようにミカは空を見上げ、つぶやく。


「ふふっ。その台詞、大昔に告白の台詞として流行ったらしいよ」ミカのうぶな反応が面白い。


「そうなの? ま、大好きだからいいか」ミカはそう言いつつ私の首に手を回す。


「……ね、本当にいいの?」私はそう問いかける。


「なにが?」


「私と一緒に死ぬこと」


「うん、いいよ。一人で死ぬか聞かれたら迷っちゃうけど、モエと一緒なら喜んで死ねるよ」ミカはまっすぐ私を見つめる。その瞳はとても澄んでいた。


「それに、一人だと寂しいよ。モエがいない世界でも生きていける、生きなきゃいけないけれど、すごくつらくなっちゃう。それこそ死んでいるのと一緒だよ」そういってミカは私の頬に軽くキスをする。


「……ありがとう」私もミカの頬にキスを返す。


「モエも、未練はない?」


「うん。あるとしたら、私一人で死んでミカを残す事だったから」


「そっか。そんなに想ってくれて嬉しいな」


「もし、来世があるのなら、またモエと一緒にいたいなぁ」


「そうだね。願わくば、死に恋い焦がれずにミカと添い遂げたいね」そして、私はミカの唇にやさしく、そっとキスをする。


「……短くない? もうちょっとしようよ」少し不満そうにミカは言う。


「チョコのお礼だからね。苦かったから少し減点」私は冗談交じりに返す。


「そっか……いつかすごい美味しく作って永遠にキスしてもらえるようにしよっと」そう言ってミカは私の肩を掴み、ゆっくりと押し倒す。背中が濡れる感触が気持ち良い。彼女は私のキスでスイッチが入ったようだった。表情がそう告げている。


「じゃあ今度は月が……いや、大好きだよ」そう告げてミカは自身の唇を私の唇に重ね合わせる。


 私は目を瞑りミカのキスを受け入れる。細くて華奢な体を抱きしめる。唇の感触と、やわらかなミカの香りだけが私を支配する。泉の水は程よく冷たいはずなのに、自分の身体は暖まっていく。


 私はそっと、ミカの右手をとり、指を絡めるように手を繋ぐ。すると私の唇に彼女の舌が触れる。それを口を開いて優しく受け入れる。

 

「んっ」舌同士が触れた途端、私はびくっと体を跳ねてしまう。いい意味で、舌が弱いのだ。


 薄目を開く。呼応するようにミカも目を開く。その瞳は小悪魔の様に意地悪な光を放っていた。それを見つめ続けるのが恥ずかしくて再び目を閉じる。


 ミカは私の左手をとり、右手と同じように指を絡める。そして両手とも私の頭の横に来るように床に軽く押し付ける。


 彼女の舌が私の舌に触れるたび私の身体は勝手に軽く跳ねる。反射的に舌を少し引っ込めかける。途端にミカは私の手をぐっと押し付ける。その行動が「逃さないよ」と告げていた。


 私もミカがほしい。引っ込めた舌をそうっと前に出す。再び舌が触れあい、また私の身体が跳ねるが今度は我慢する。舌が絡まる。


 幸せだ。柔らかなミカの舌が私をゆっくりと溶かしていくのを感じる。交換しているのは唾液だけなのに血液まで溶け合っていくようだ。


 ーそのまま、いつまでも。その接吻は永遠の到来を感じさせるようだった。


 とろとろと、ゆったりゆっくり、したをうごかす。ミカもそれにあわせて優しく撫でてくれる。


 再び、目を開く。少し遅れてミカの目が開く。その瞳は蕩けていた。私も同じように蕩けているのだろう。


 永遠が終わり、口を離した。ミカは口を開け舌をのぞかせている。その小さい舌からは、二人が混じったことを表す液体が、月明かりに照らされて煌めいていた。私はもう一度彼女を引き寄せ、舌を軽く絡ませてそれを拭き取る。


「はーまんぞく。ありがとうね、たくさんキスしてくれて」ミカは私から降り、横に寝転がる。

「……逃がす気なかったくせに」私は彼女の手を握る。

「ふふ、まあね。さいごだし、めいどのみやげにね」ミカは悪戯そうに笑う。



 そして、最期の刻が来る。私達はお互いを抱くように寝転がる。少し近づければ再びキスできそうだ。

 

「はい、どうぞ」ミカは私に核を差し出す。重いからか少し震えている。その小さく華奢な手を私は包み込む。


 スイッチの蓋をそっと開ける。その透明なプラスチックの蓋は鋭い冷たさを感じさせる。


「一緒に押そうよ」ミカは指をスイッチの上に軽く乗せる。


「いいよ。初めての共同作業だね」そんな軽い冗談を飛ばしつつ私は指を上に乗せる。


「じゃあ、またね」ミカはいつものように別れのあいさつを交わす。

「うん。またね」私もいつも通りのあいさつを返す。


 最期に唇を重ねて、スイッチを押す。


―そうして、私の永遠の物語は終わりを迎え―





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