第6話 ティータイム
私たちはお茶をすることにした。
「じゃ、お茶淹れてくるね」そう言ってミカはキッチンに向かった。ミカが淹れるお茶はとてもおいしい。本人曰く勘で淹れているらしいのだが、私がいくら真似しようとしてもたどり着けなかった。
準備をしている間、私は机にお茶会の準備をする。クッキー、スコーン、プレゼントのチョコレート、そして最期に核。
「そうだ、なんのお茶がいい?」ミカは顔だけこちらにひょいと出して聞いてきた。
「ミルクティーがいいかな」
「好きだね。私も好き」ミカはそういって引っ込む。
そっと、核を手に取る。超小型核爆弾。それは小さいがかなり重い。円筒状で手の中にすっぽり収まるサイズなのに五〇〇グラム程はあるように感じる。ミカはこれを何処から手に入れたのだろう。今の時代は監視が厳しい。特に自殺に関わる品物は所持だけでなく入手しようとするだけでもだけでも罪となってしまう。もしこの核も見つかれば逮捕されてしまうだろう。
「できたよー」ミカが台所から戻ってくる。両手には湯気の立つティーカップを持っている。
「ありがとう」私は核を置き、そのうち一つを受け取る。顔を近づけて香りを楽しむ。茶葉の芳醇なそれが鼻孔に広がっていく。まだ飲んでいないのに味を感じる事ができた。
「え、なんか変だった?」不安そうな顔でミカは聞いてきた。
「ううん、香りを楽しんでるの。いただきます」私はそう答え一口 湯気は立っていたがやけどしない適度な温かさだ。そんな部分も上手なのだ。
口に含んだとたん幸せが想起される。ああ、この後死ぬのはもったいないな。そんな決心をも揺らがせる程、ミカの紅茶はおいしかった。
「照れるなぁ……そんなにおいしいかなぁ?」ミカは私の恍惚とした表情を見つめつつ言う。
「うん、死にたくなくなるほどおいしい。一種の才能だよ。覇権とれそう」
「お茶の入れ方で?」んなバカな、という表情でミカは言う。
私はプレゼントのチョコレートを手に取る。それは手のひらサイズでほんの少しいびつなハートの形をしていた。一口かじり、口の中でゆっくり溶かす。苦みが口の中に広がる。思わずせき込みそうになるのをこらえる。チョコは苦い方が好きだがこれはさすがに苦すぎる。
「ど、どうかな」ミカは両手の人差し指を突き合わせながら少し不安そうな表情でこちらを伺う。
「うん、ミカらしい味」
「え、どゆこと?」
「おいしいって事」私の為に作ってくれただけでおいしいと思う、事にした。
苦みを少しでも和らげるためにミルクティーを口に含む。
「……! そういうことなの?」
「どういうこと?」
「ミルクティーに合うように作ったの?」
チョコの苦みをミルクティーの甘さが溶かし、奇跡的なバランスで調和する。
「え……? あ、うんそうそう。ミルクティー好きだから合うようにね」目を泳がせながらミカは答える。わかりやすい。
「うん、すごく美味しくなったよ」
「美味しくなった……? まあ、喜んでくれて良かった」
「ミカもたべなよ」
私は二つ目のチョコの片側をくわえ、ミカの方へ差し出す。おずおずと逆の方をミカはくわえる。チョコ自体が小さいからそれだけでお互いの唇が触れそうだ。ミカの目を見る。視線に気づいたミカは少し照れくさそうに視線を逸らす。私はそっとミカの手を取り、指の隙間に自分の指を入れ、握る。恋人繋ぎという物だ。私より少し小さく、細い手は遠慮がちに握り返してくる。その時ちょうどチョコがぱきっ、と折れた。
「わ、にっがい」チョコを食べたミカは眉をひそめた。私はすぐティーカップを手に取りミカの口元に差し出す。彼女はそれを一気に飲む。
「……おいしい! すっごくあうねこれ」彼女は目を閉じて味わいながら感想を述べる。まるで自作ではないかのように。
「うーん、ごめんね。勘でこのくらい苦いのがいいかなって作ったらやりすぎちゃったみたい。味見すれば良かったなあ」ミカは少ししょんぼりとする。
「やっぱり、チョコも勘だったんだ。でも結局美味しくなったからいいよ。ありがとう」私はミカの頭を優しく撫でる。
そうして、しばらく私たちはティータイムを楽しんだ。
「じゃあ、もう一つのプレゼントも」ミカは核を手に取り、私に差し出す。
「これ手に入れるのに結構苦労したんだよー」
「そうだよね。ありがとう、私のわがままのために」
「いいよぜんぜん。モエの願いならなんでもしてあげちゃう」ミカは半ば冗談めかしていう。しかし、もう半分は本気を感じさせる。
私は核を受け取る。これが死の重さか。そう考えるととても軽い。
「ずっと持ってると捕まるよね?」
「そうだね。自殺装置だし、兵器でもあるからね。
持ち続けるのは危険だね……ひょっとしたらすぐに捕まっちゃうかも」
「そうなのね……」
――この機会を逃せば、私は。
――恋い焦がれた死を失い。
――生は永久となる。
でも、それも悪くはない。ミカと一緒ならば。
私は黙ってミカを引き寄せ、抱きしめる。彼女もそれに応えるかのように私の背中に手を回し、顔をうずめる。
「……決めて。私はモエに従うよ」くぐもった声でミカはいう。
「うん。まっててね」私は目を閉じる。
抱きしめたミカの身体から温もりを感じつつ、私はリストカットした時を思い出す。
――死は罪です。死は罪です。
何故、こんな世界になったのだろう。理由はわかる。死を逃れる本能と、戦争根絶の為だ。人類が死を失ってから大きな争いごとはなくなった。生命という資源を失わなければ、始まった戦争は永久に続くだろう。決着が付かない戦争などやる意味がない。死を罪としたのも同じ理由だろう。
そして世界政府『ーkizashiー』はそんな諸々の大義名分をあげて、すべての世界を統一した。
永き刻の後、私は閉じた目を開ける。
そっと、私は右手でミカの頬を包むようにふれる。彼女は顔を上げ、私の瞳をじっと見つめる。
「一緒に、恋を叶えましょう」
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