第4話 人の宿命
私は部屋着から外出用の服へ着替え、部屋を出て外にでる。今日は月に一度ある細胞供給装置の点検日だ。
快晴だった。空には雲一つ無い。風は適度に吹いていて、日差しによる体温上昇を抑えてくれていた。私の家は木々に囲まれており、そこから一キロほど歩いた所に目的の場所はあった。林道にでて、土でできた舗装された地面を歩く。人の気配は無い。生きる分には外にでる必要なんて無いからだ。大抵の人々は一日中家に籠もっている。実は細胞供給装置の点検もそれ専用の装置を家の中に設置できるので永久に家から出なくても良かったりする(実際世界の八割程度の人がそうしている)。でも私はそれをしなかった。私はまだ生物としての形を保っていたかったのだ。
林道が終わり、草原の広場に出る。草が足首程度の高さにある草原だ。広場の真ん中には四人掛けの木のベンチが向かい合わせに二つあり、そこには私の幼なじみが座っていた。私はベンチまで歩いていき幼なじみと向かい合うように座った。
「おはよう、もえ」と彼女は私に挨拶をした。
「みか、おはよう」と私も挨拶を返す。彼女は私と同年齢であったが、見た目は私よりも十才ほど若く、少女といえる外見だった。
「どのぐらい傷つけた?」とみかは聞いてきた。私は手首を彼女に見せた。
「あれ、これだけ? これでプログラム見れたの?」
私が頷くと彼女は少し悲しそうな表情をして「なあんだ。私思い切りやっちゃったよ」といった。
「どこを傷つけたの?」と聞くと彼女は自分のワンピースをめくり、腹部を見せてきた。そこには腹部の端から端に掛けて横一直線に思い切り刃物で傷をつけた跡ができていた。細胞修理のおかげで治ってはいるものの、それでも相当傷が深いのがわかる。
「『ハラキリ』っていって千三百年ぐらい前に流行っていた自殺方法なんだって」
「そんな本格的にやる必要なかったのに」
「いやだって『自殺防止プログラム』っていうからさ……。リストカットで良かったんだね。それで、プログラムの内容はどうだった?」
私は夢の内容を話す。それに彼女は興味深く耳を傾けた。
「ふうん、結構面白いね。ただ死のイメージを植え付けるだけじゃ無かったんだね」
「みかの夢はどうだったの?」
「私? 私のはただの拷問だったよ。餓死、だっけ? なんかとてもお腹の中が空っぽになった感じにさせられて、終わりの無いかんかん照りの砂漠に放り出されたり、一時間ぐらい水の中に沈められたり、腕と足を棒にくくりつけられて灯油ぶっかけられて丸焼きにされたりしたよ」
「……ただの拷問じゃない、それ」
「うん、私もそう思う。……だけど自殺防止って点ではとても効果的だと思う。気が狂いそうだったし、もう絶対ハラキリしたくないもの。だから、ミカの夢は怖くはあるけれど、でもなにか違うよね。うまくいえないけど。自分の夢はもう金輪際みたくないけど、もえの夢ならちょっと見てみたいと思うもの」
そこまで話し、みかは私の手を握って立ち上がった。
「じゃあ、続きは点検終わってから話そうよ」
再び林道を歩き、十分もすると目的の建物が見えてきた。木々に囲まれた無機質な白い建物。大きさは昔存在したコンビニが二階建てになった程度で、窓が一つも存在していなかった。
「世界政府『-kizashi-』公認施設 CSE管理センター」と入り口の上部に書いてある。CSEは細胞供給装置の英訳(Cell Supply Equiment)の頭文字をとったものだ。いつ見てもこの世界政府の名称はナンセンスだと感じる。もうこの世界は新しく物事が起こることなど無いのに。おそらく作った当初は技術の発展と進化の「物事」の前触れとして名付けられたのだろう。でも今となっては皮肉でしかない。
「どうしたの? 考え事?」そうミカは握っている私の手を引っ張ってきた。
「え? ああ、なんでもない」
「じゃあ、早く行こうよ」そういってミカは入り口へ私を引っ張っていった。
白い殺風景な廊下をぬけ、CSE点検室に入る。そこには十個ほどの点検装置があったが、稼働している物は無く、誰も居ないようだ。点検装置は細長い円筒状にになっており、そのなかに椅子が一つ置いてある。
「さっさと済ませちゃおう」とミカは真ん中にある装置に入った。それを見て私も隣の装置に入ろうとする。すると後ろから呼び止められる。
「あ、身体診断表貰って後で見せあおうよ」そうミカは提案してきた。
「わかった」そう答えて私は装置の中へ入った。
椅子に座ると、装置の前面の下から薄い壁がせり出してきて外への視界を遮断した。
「モエ・イーオン・ニヒ様ですか?」装置内に設置されたスピーカーから機械音声によって質問される。
「はい」
「実年齢三百二十四歳、身体年齢二十歳ですね?」
「はい」そう答えて、そういえば今日誕生日だったのだなと思い出した。もはや年齢なぞどうでもよいが。
「住所は×××で間違いないですか?」
「間違いありません」それから質問を数回繰り返したのち、「本人と認証しました。では点検作業にうつります」とアナウンスされる。
二、三分程色々と装置やなんやらをスキャンされた後、機械音声が再び声を発する。
「身体、装置共に異常は見られませんでした。これで点検を終了します。身体診断表は発行いたしますか?」
「結構で……あ、いやお願いします。発行してください。」
「かしこまりました。外の発行機からお受け取りください。ご協力ありがとうございました」
装置から出ると既にみかは点検を終わらせており、手には診断表を持っていた。
「広場に戻ってから見ようよ」私が診断表を受け取ると彼女はそう言ってきた。
草原の広場に戻り、お互いの身体診断表を交換した。
ミカ・クェス・マキナ。年齢二百三十三歳。身体年齢十二歳。身長百五十センチ。体重四十一キロ。体脂肪率二十パーセント。平均的なスペックだった。
「へえ〜」とみかは感心しながら私の診断表を見ていた。そんなに感心するところがあったのだろうか。
私とみかの身体年齢に差があるのは「細胞修正」による技術のせいで、決められた範囲内ならば自分の身体を変化させる事ができる(徐々に変化させるので一定の期間を要する)。望むならば一才児になることも可能だし、百歳の老人になることだってできる。この技術が発明され、実装された当初は会う人会う人が美形になり、私は一種の気持ち悪さを感じた。
「もえって、昔からスペック全然変えてないんだね」
「そういえばそうだったかな」
「なんで変えなかったの?」
「んー。面倒くさかったし、プライド的な物が邪魔してね」
「プライド?」
「そう。生物としてのプライド。私はまだ生きている振りをしていたかったなって。どうせ目標点にはたどり着けないけど」
「ふーん。モエってすごいよね。生物の宿命から逃げずにしっかり考えるなんてさ」みかは足をパタパタと振る。
「私なんてそうやって苦しむのが嫌で年齢を落として考えないようにしちゃったのに」
普通はそれでいいのだろう。生物のプライドなんて捨てて、新人類として悠久の時を何も考えずに過ごした方がよいのだろう。たぶんそちらの方が正しい判断だと思う。私はバカみたいにちっぽけなプライドにしがみついているだけなのだ。そしていつか「死」が自分に訪れるかもしれないと無謀な夢を見ているだけなのだ。
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