第3話 不死なる世界

「自殺防止プログラム、終了です」その機械音声で私は目が覚めた。周りを見回す。見慣れた自分の部屋だった。私はソファーに深く腰掛けて眠っていた。右耳に付けられていた催眠機械を外し、前のガラス張りのテーブルにそっと置く。軽いため息をつき、首の右側につけられた細胞供給装置に軽く触れる。それは少しひんやりとしていた。


 細胞供給装置。それは人類の英知の結晶の証でもあり、生物としての本能に従った証でもある。

 私は左の手首を見つめる。そこには私が自殺防止プログラムを見る原因となった、リストカットの跡が残っていた。明日にはその跡も細胞修理によって消えるだろう。故意に自分の身体に害をなす行為をする事は世界統一憲法によって禁じられていた。


 ある細胞の発見によって、人類は性行為をしなくとも新しく人間を作り出すことが可能になった。それが始まりだった。そこから更に研究が進み、約十世紀の年月を経て、人間に関する細胞を全て人工的に生み出す事が可能になった。そして最後にはあらゆる生物の細胞を作り出すことに成功し、生きている人間の細胞を外部から意図的に破棄でき、また新しい細胞を転送できるようになった。例えるとするならば、顔のみでなく身体全部を取り替えられるアンパンマンだ。


 ちなみにその技術発展の過程の途中で男性が全て消えてしまった。理由としては男性同士では子供を作る事ができず、また男性は争いの原因となるかららしい。詳しい事はよく分からない。細胞を供給すれば食事をとらなくともよく、また睡眠も必要としない(意図的に眠る事はできる)。人類は生きるため、種を存続させる為の本能を克服し、死から逃げきる事ができた。細胞を取り替えていくことで私たちは反永久的に死ぬことがなくなった。死ぬことがあるとすれば即死級の物理的ダメージを受けるぐらいしかない。例えそれで死んだとしても、一人一人、全ての細胞サンプルが世界政府によって保管されているので、クローン的な物で再び再生されるらしい。


 だがしかし、反不老不死になってから私たちは気付かされた。死とは、逃げきる物では無く、生物の到達点、生きるための最終目標だったのだと。


 気付いた時には既に遅く、世界は「生命至上主義」によって定められた世界統一憲法により死を選ぶ権利は無くなっていた。死を選ぼうとした者には「自殺防止プログラム」なるものが働き、死の恐怖のイメージを植え付けられる。


 私たちは結局、本能を越える事はできなかった。生存本能に理性と知性は振り回され、技術を進化させていった結果、到達すべき目標を越えてしまい、失ってはならない物を失ってしまった。

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