第26話 怯える受付嬢
「せ、セリエンス支部へようこそっ! 今日はどのようなご用件でしょうかっ?!」
茶色い髪を二つ結びにし、大きな丸眼鏡をかけた受付嬢は緊張した様子でイゼルたちに問いかけた。
「初めまして。僕たちはビートダッシュのマスター、アレッサスさんから救援に行くよう依頼された冒険者です。話は通しておくと言われたのですが、もう通達は来ていますか?」
「しょ、少々お待ちくださいっ!」
受付嬢は慌てて手元の書類を確認し始め、しらばくの間書類とにらめっこをしたのち、目当ての情報を見つけた。
「お、お待たせしましたっ! えっと、つ、通達では三名とあるのですが……その……」
受付嬢は何度もイゼルたちの人数を確認し、ビクビクとした様子で恐る恐る尋ねる。
「すいません、通達が間違ってるわけじゃないんです。マスターから依頼を受けた後に、ジレグートさん……彼がパーティーに加わってくれることになりまして。その、やっぱり人数が違うとまずいですか?」
申し訳なさそうに聞くイゼルに、受付嬢は勢いよく首をブンブンと横に振った。
「だ、大丈夫ですっ! 問題ありません! えっと、それではプレートの確認を……。あ、あの! プレートはですね、どうしても確認しなくちゃいけないので……」
半ばパニック状態になりながら、必死に理由を説明しようとする受付嬢にレーティアが首を傾げる。
「どうしたんだ? ギルドに来れば、プレートの確認は当然だろう? ほら、これが私たちのプレートだ。確認を頼む」
すでにカウンターにはプレートが四枚綺麗に並べられていて、レーティアの言葉で我に返った受付嬢はありがとうございます、ありがとうございますと何度も頭を下げてからプレートの確認作業を行った。
「イゼルさん、レーティアさん、リリスさん、ジレグートさんですねっ! ジレグートさんがまだパーティー登録されていないようですが、て、手続きしてしまって大丈夫ですか?!」
「はい、よろしくお願いします」
にこりと笑ったイゼルを見て一瞬固まった受付嬢は、ハッとすると慌てて手元の板状の魔導具を操作してパーティー登録を終える。
「これで登録完了ですっ! こちらはお返ししますねっ!」
受付嬢はプレートをイゼルたちへ返すために一枚ずつカウンターに並べていくが、最後の一枚を置こうとしたときに手から滑り落ちてしまう。
咄嗟にプレートをつかもうと手を伸ばすが、つかみそこねたプレートは勢い余ってカウンターの上を滑って落下した。
「……!! ごめんなさい! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」
涙を流しながら、何度も何度も頭を下げて謝る受付嬢。
プレートが床に落ちる寸前に拾い上げたイゼルは、名前を見て自分のものだったことに気づくと、笑顔で受付嬢にプレートを見せた。
「大丈夫です、落ちる前に拾えましたから! なので、そんなに自分を責めないでください。ね?」
「お、怒らないんですか……? 無能だって、つかえないって……」
鼻をすすりながら、怯えた表情でイゼルを見つめる受付嬢。
「失敗しちゃうことなんて、誰にでもありますよ。だから、少しの失敗で自分を無能なんて思わないでください。この失敗を生かして、次につなげる。それだけで良いと思います! なんて、僕が偉そうに言うのもなんですが……」
あははと苦笑いを浮かべながら、頬をかくイゼル。その言葉に、受付嬢はツーっと静かに涙を流す。
驚いたイゼルは、生意気言ってすみませんっ! と頭を下げた。
「あ……。ち、違うんです。冒険者の方からそんなに優しい言葉をかけてもらえるなんて、思っていなかったので……」
受付嬢は何度も手で涙を拭うが、次から次へと溢れる涙。その姿を見て、イゼルは
「良かったらこれ、使ってください」
「え?! い、いえ! 大丈夫ですから!」
「ダメです、そんなに何度も目をこすったら腫れちゃいますよ。使ってください」
「あ、ありがとうございます……」
恐る恐るハンカチを受け取った受付嬢は、目元をハンカチで拭うともう大丈夫ですとにこりと微笑んだ。
「どうかしました……って、ユリーア泣いてるの?!」
丸眼鏡の受付嬢――ユリーアのフォローに回ろうと、自分の窓口の業務を手早く片づけた別の受付嬢が近づいてきたが、ユリーアの様子に気づいて慌てて駆け寄るとキッとイゼルを睨む。
「あなた方もですか?! これだから冒険者は……!」
ユリーアを胸に抱きしめたまま、恨めし気な視線をイゼルに向け続ける受付嬢。
状況が把握できないイゼルはおろおろとし、レーティアは突然因縁をつけてきた受付嬢へ鋭い視線を向ける。
一触即発の雰囲気にも関わらず、ジレグートだけは時を忘れて美しい受付嬢の姿に見とれていた。
知的な雰囲気を感じさせる、整った顔。制服の上からでもわかる、豊かな胸。ライトブラウンの髪はポニーテールにしてある。
んーんーーとくぐもった声を漏らしながら抵抗していたユリーアが、受付嬢の胸からなんとか顔だけ抜け出すと勘違いを訂正した。
「ち、違いますよシクルさん! イゼルさんたちは何も悪くないんです!」
「え……?」
ユリーアの大きな声で、先ほどまでの騒動も相まってさらにたくさんの注目を浴びるイゼルたち。
それに気づいたシクルはユリーアを連れて窓口を出ると、カウンターの横に併設された階段へ手を向けてこちらへどうぞと案内する。
シクルはイゼルたちを連れて階段をのぼり、通路を進んだ先に並ぶ扉のうち一室へ入ると、イゼルたちへ席に座るよう促した。
「先ほどは大変失礼しました。私は受付嬢のシクルと申します。それで、彼女――ユリーアはどうして泣いていたのでしょうか?」
真剣な表情で尋ねるシクルに、レーティアが大まかな事情を説明。
すべてを聞き終えた後、シクルが隣に座るユリーアに事実確認をすると、間違いないと認めた。
「そうでしたか……。私の思い込みで不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」
その場で立ち上がり、深く頭を下げるシクル。
「だ、大丈夫ですよ! シクルさんは、ユリーアさんのためを思っての行動だったんですよね?」
「はい、ですが……」
イゼルが両手を振って大丈夫だとアピールするが、納得できないシクルは暗い表情を浮かべる。
困り果てたイゼルが頭を抱えていると、レーティアが助け舟を出した。
「なら、詫びという訳ではないが話を聞かせてくれないか? ユリーアは冒険者に対して、必要以上に怯えている印象を受けた。何か理由があるのだろう?」
シクルがちらりと隣を見ると、ユリーアがこくりと無言で頷く。
「……ユリーアは幼い頃からの知り合いで、受付嬢の仕事を紹介したのも私です。研修を終えた彼女は一週間ほど前から、窓口に立つことになったのですが――」
シクルが語った内容は、イゼルたちが思わず顔をしかめるほどひどいものだった―――。
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