第27話 作戦会議


 シクルは悲痛な面持ちで、ユリーアに起こったことを説明していく。

 受付嬢として初めて相手をした冒険者が、いちゃもんをつけてユリーアをひどくバカにしたこと。

 ギルドに来るたびにユリーアに向けて殺気を飛ばし、怯えた彼女を見て楽しんでいること。

 ことあるごとに周りに聞こえるよう事務すらまともにできない無能、給料泥棒などとユリーアを蔑み、追い詰めていること。


「彼らは別支部とはいえギルドマスター自ら太鼓判を押し、推薦で救援依頼に送りだすほど優秀な人材でした。魔物の氾濫スタンピードが迫り、余裕のない当ギルドでは強く注意することもできなくて……。ユリーアにはぐっと気持ちを飲み込んでもらい、迷宮主ダンジョンマスターが倒されるまで事を荒立てずにいよう。そういう結論に至りました。ですが、それからも執拗に彼女を責める彼らにギルド内で我慢できないという声が上がり、対応を協議した結果これ以上問題を起こすなら彼らに対する救援依頼を取り下げる。そう決めたまでは良かったんですが、なぜかそれを知っていた彼らに先手を打たれてしまったんです……」


 悔しそうに、唇を噛むシクル。


「彼らはギルドが一番込み合う時間に訪れ、普段なら絶対に行かないユリーアの窓口に素材の買取希望を出したんです。私も仲間もすぐに異変に気付いたんですが、すでに相手をしている冒険者をほっぽりだすこともできず、すぐにフォローに回ることができなくて……」


 怒りでわなわなと震える手をぐっと握りしめ、一度深呼吸をするシクル。


「私が駆け付けたときにはすでに素材の査定は終わっていて、特に問題なところもありませんでした。あとは買取金とプレートを渡して終わり、というところだったんです。何も起こらなくて良かったとほっと胸を撫でおろしたとき、彼らがニヤニヤとしている姿が目に入って……。嫌な予感がして、咄嗟に業務を変わろうとしたときにはすでに手遅れでした。ユリーアが買取金を乗せるトレイにプレートを一緒に置いて彼らの前に置こうとした時、向けられていない私ですら一瞬ビクッと身体を震わせてしまうほど強い殺気を彼女に向けたんです」


 隣に座るユリーアが、当時のことを思い出してか身体を震わせる。


「ユリーアは倒れこそしませんでしたが、身体から力が抜けてしまったんでしょうね。手に持っていたトレイを落としてしまいました。上に並べられていた硬貨とプレートはカウンターの上や床に散らばり、彼は床に落ちたプレートを一枚拾い上げると、ギルド内に聞こえるよう大きな声で言いました」


『おいおい、俺たちがよそ者だからってこんな扱いをされるのか?! プレートは、冒険者が命がけで魔物を倒して得た等級を示すもの。それをわざと床に落とすなんて、冒険者を侮辱してるとしか思えないな! 救援依頼を出しておきながら、別の支部に手柄を取られそうだからって、いくらなんでも陰湿すぎるだろう! 街に大きな危険が及ぶかもしれないからと、善意の心から助けに来たのにずいぶんとバカにされたもんだ! お次はあれか?! いまさら救援依頼を取り消すとか、そんな嫌がらせか?!』


「実情を知らない他の冒険者たちは彼の言葉に賛同し、ユリーアに心無い視線と言葉をぶつけました。彼らが少なからず攻略に貢献しているのも事実だということもあって、ギルドとしても今の状況ではどうにもできず……」


 スカートにしわができるほど強く握りしめながら、うつむくシクル。


「素朴な疑問なんだが、なぜそれほど嫌なやつが冒険者たちに受け入れられているんだ? 毎度まいど騒ぎを起こしていれば、危険人物として認識されそうなものだが」


「……冒険者は、良くも悪くも実力至上主義です。マスターのような立場の人ならともかく、一職員に過ぎない受付嬢なんかは下に見られがちですから。力のある冒険者の言葉と、無力な受付嬢。どちらを信じるかなんて目に見えています。それに、ここは迷宮都市。単純に冒険者の数も多い上に、人の入れ替わりも激しいんです。一部始終しか知らない冒険者からすれば、彼の言葉が真実であり、ユリーアは無能だから怒られているという認識しかありませんよ」


 悲しそうにユリーアを見ると、優しく頭を撫でるシクル。

 ユリーアは唇をキュッとつぐみ、何かを我慢するように両手でスカートをぎゅっと握る。


「事情はわかった。つらいことを思い出させてしまい、すまなかった。イゼルも理由を知って、納得できただろう」


 なぁ? とイゼルを見やるレーティア。


「何言ってるんですか、レーティアさん。全然納得なんてできないですよ!!」


 怒りを顕にするイゼルに、驚く一同。


「も、申し訳ありませんでした! 悪いのは私ですから、どうかお怒りは私に……」


 頭を下げるシクルに、慌てるイゼル。


「わーーっ! ち、違いますよ! 僕が怒っているのは、シクルさんたちにではなくその話に出てきた冒険者に対してです!」


「「え……?」」


 イゼルの言葉にきょとんとするユリーアとシクル。


「他者を勝手に無能だと決めつけるところも、執拗に嫌がらせをするところも、何もかもが許せません! そんなの、ただのいじめじゃないですか!」


 自分にまったく無関係であるにも関わらず、本気で怒るイゼルにぽかんと口をあけたまま固まるユリーアとシクル。


「だが、だからと言って私たちにできることは何もないよ。仮に私たちがその冒険者へやめるよう言ったところで、素直にやめるとも思えない。かといって、手をだせばそれはただの暴力でしかないだろう?」


「……イゼルの気持ちはわかるよ。でも、当事者でない私たちが何かすれば、それはただの自己満足になっちゃう。事態をさらに悪化させる可能性もある」


 冷静な意見でイゼルを諭すレーティアとリリス。

 それでも納得のいかないイゼルは、強く拳を握りしめた。


「い、イゼルさんっ。その、私はその気持ちだけで十分なのでっ! だから、あまり気にしないでくださいっ」


 ユリーアは気丈に振る舞い、にこりと笑う。

 まだ出会ったばかりのイゼルですら、その笑顔が無理をしているとすぐにわかった。


「あー、あのよう。イゼルは嬢ちゃんのために何かしてやりてぇ。だが、手は出せないから困った。そういうこったろ?」


「……そうです」


「別にそのつまんねぇ冒険者にこだわる必要はないんじゃねぇか?」


「……どういうことですか?」


 要領を得ないジレグートの言葉に、怪訝な表情を浮かべるイゼルたち。


「ようはアレだろ? そいつは救援依頼で来てるだけであって、セリエンスに用があるわけじゃねぇ。なら、目的を達成すりゃ出ていくんじゃねぇか? そうすりゃ、別に直接手出ししなくても問題は解決するだろ」


 ジレグートの言葉に一瞬固まった一同は、理解した瞬間「「それだ!!」」と声をあげた。

 提案した本人は「おいおい、まじかよお前ら……」と若干呆れている。


「フフ、なら良い案があるぞ。アホどもを追い出せて、かつ意趣返しもできるはずだ」


 ニヤリと悪い顔で笑うレーティア。


「……楽しくなってきたね」


 リリスも背筋が冷えるような、冷たい微笑を浮かべる。


「おめぇら、ほどほどにしとけよ? イゼルもいんだ、あんまり悪影響になるような案は却下だぞ」


 口ではそんなことを言いながら、悪い笑みを浮かべているジレグート。

 当事者であるユリーアたちがぽかんと呆けている中、どんどんと作戦が練られていく。我を取り戻したシクルも作戦会議に加わり、話し合いはヒートアップ。

 イゼルに罪を犯させないためにあえて諭す側に回っていたレーティアとリリスも、内心では件の冒険者に怒り心頭であったため、次から次にぎゃふんと言わせるための提案が出されていった。

 あくまで間接的に、直接被害を出させるようなことはせず、その慢心したプライドをへし折る作戦。

 その姿を見ていたイゼルは少し冷静になり、自業自得とは言え彼女たちに目をつけられた冒険者の心配をしてしまうのだった―――。

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