第24話 御義父上<1章エピローグ>


 時は少し遡り、イゼルたちが豚鬼皇帝オークエンペラーと戦闘を始めた頃。

 イゼルの故郷であるセレイルでは、大きな屋敷の中で中年の男性と若い男が会話をしていた。


「リコル、準備はどうだ?」


「ええ、問題ないですよ御義父上おちちうえ。それより、本当なんですか? セリエンスの迷宮ダンジョン魔物の氾濫スタンピードが起きかけているというのは」


 中年の男性――ザギムが問いかけると、リコルと呼ばれた若い男は余裕そうにフッと笑みを零しながら頷き、問いかける。


「ああ、間違いない。なんせセレイルの冒険者ギルドに救援依頼が来ているからな」


「へぇ……? でもそれだと、競争相手が多すぎて面倒ですね」


「それなら問題ない。セレイル支部のギルドマスターと私は長い付き合いでな。リコルに向かわせたらどうだと伝えたら、緊急依頼の掲示を取りやめてくれたよ。お前をセレイル支部認定の派遣員ということにするそうだ。登録からわずか一ヶ月で青銅級ブロンズへと駆けあがり、授かった職業クラスもSランク。実力的にはすでに鋼鉄級スチールとそん色ないという太鼓判も押されているし、これほどの適任は他にいないと絶賛していたぞ」


 ニヤッと口角を吊り上げるザギム。


「D級程度の迷宮主ダンジョンマスターなんて、Sランクのクラスを持つ私の障害足りえる訳がない。さっさと片づけて来ますよ」


「頼もしいな。ギルドマスターも、お前がダンジョンマスターを討伐した際には、無条件で二階級特進の鋼鉄級スチールに昇級させると言っていた。仮に他のものに討伐されたとしても、貢献度が高ければ鉄級アイアンに昇級させるそうだ。期待しているぞ?」


「ええ、任せてください。ですが、約束も忘れないでくださいね? 私が鋼鉄級スチールになり次第、娘さん……メアクレール嬢を我が妻とするという話」


「もちろんだ。Sランクを授かった者同士、とても素晴らしい夫婦となるだろう。まぁ、君には我がシャンバール家の婿に来てもらう、という形にはなるがね。反故にするつもりがないからこそ、気が早いかもしれないが父と呼ぶことを許しているんだ」


 ザギムの言葉に、彼女が手に入るなら構いませんと笑うリコル。


「そういえば、彼女が気にかけていた弟……失礼、弟でしたね。あいつはどうなったんです?」


「さぁな。セリエンス行きの乗合馬車に乗車したとの目撃情報はあったが、それ以降は知らん。興味もない。あんな無能、どうせ追いはぎにでもあってとっくに死んでいるだろう」


 忌々しいものを思い出すように、眉間にしわを寄せながら語るザギム。


「というと?」


「無能だったからと追い出したのでは体面が悪いからな。あいつが自分の無能さに絶望し、勝手に家を飛び出したとした方が都合が良い。だが、セレイルに居続けられても目障りでしかない。だから、追い出す際にあえて銀貨を10枚もたせたんだ。愚かにもセレイルに留まるようなら、儀式の結果に逆上して私を切りつけ、金を盗んで逃げた犯罪者として始末できる。渡された銀貨を使ってセレイルを出ていけば、金の臭いを嗅ぎつけた追いはぎどもが根こそぎ奪っていってくれる。どちらにせよ私には好都合だろう?」


 それがさも当然であるかのように、笑みを零しながら"元"息子を追い出した際のことを語るザギム。

 リコルはその姿を見て高笑いすると、拍手した。


「御義父上は恐ろしい方ですね。まぁそれもこれも、最低のEランク……それよりもさらに底辺の、Eのバツなんてクラスを授かった無能が悪いんですが。同情の余地もないですよ」


「だろう? あの儀式のときほど恥をかかされることなんて、これからも起こらないと断言できる。それくらい酷いものだった。今でも怒りが収まらんよ。本当なら、私自らの手で生まれてきたことを後悔させながら殺してやりたかったくらいだ!」


 ザギムが怒りに任せてドンッと勢いよく机を叩くと、衝撃で床に落下したティーカップが音を立てて割れた。


「まぁ良いではないですか。おかげで、こうしてSクラスを授かった将来有望な婿を迎えられるんですから。メアクレール嬢と私が結婚して夫婦でパーティーを組めば、金級ゴールドどころか白金級プラチナ冒険者になれるでしょう。御義母上……エリーゼ様もパーティーに加入させれば、魔鋼級ウーツすら夢じゃない。御義父上の頭脳と、私たちの力があればシャンバール家は安泰ですよ」


 不敵な笑みを浮かべながら、断言するリコル。


「ククッ、そうだな。お前たちが順調に冒険者等級を上げていけば、国とて無視できまい。いずれ王都から招集がかかる事にだろう。そうなれば、こんな田舎町ともおさらばだ」


 室内には、二人の楽しそうな高笑いが響き渡っていた―――。





 ザギムとリコルが密談していた日から二日後。

 ガーレイ大森林で起こっていた豚鬼オーク大量発生が解決したとギルドから速報を聞いたリコルは、事前に選抜しておいた冒険者たちとパーティーを組んだ上で、ザギムが用意した速馬車に乗ってセリエンスへと旅立っていた。

 乗合馬車だと七日かかる日程も、速馬車――調教された馬型の魔物が引く馬車なら、半分以下の三日でたどり着く。

 大きな遅れもなくセリエンスに到着したリコル一行は、冒険者ギルド・セリエンス支部に報告に向かった。

 時間的に中途半端な時間だからかギルドホール内にいる冒険者の姿はまばらで、窓口は一つしか開いていない。


「セレイルから派遣された、リコルだ。これが書類だ、さっさとしてくれ」


 リコルは窓口に行くと、仲間が収納拡張魔道具マジックバッグから取り出した書類を受け取り、カウンターの上へと無造作に放り投げた。

 一瞬きょとんとした受付嬢は、慌てて書類を手に取ると目を通していく。


「り、リコルさんですね。この度は遠路はるばる、セリエンスのためにありがとうございます! 登録の確認を行いますので、皆さんのプレートをお願いできますか?」


 緊張した様子で、間違わないようゆっくりと丁寧に言葉を紡ぐ受付嬢。


「はぁ?! リコルだと名乗っただろう! こちらにも、俺が来ると連絡が来ているはずだ! マスターからの認定書もあるんだから、早く手続きしろよ!」


 わずらわしいと、怒鳴り散らすリコル。

 周りの冒険者たちが騒ぎに気づき、『なんだぁ?』と興味本位の視線を向ける。


「え、えっとですね。通達は来ているのですが、本人確認のためにも一度プレートを……」


「やかましい! なぜ救援に来てやったにも関わらず、面倒な手続きまでしてやらなきゃいけないんだ。長旅で疲れてるんだ、早く宿に行かせろよ! そんな気遣いすらできないのか!!」


 剣呑な雰囲気を纏いながら、カウンター越しに受付嬢へすごむリコル。

 どうしたら良いかわからず、パニックになった受付嬢は目じりに涙を浮かべてオロオロとし始める。

 そこへ、妙齢の美しい受付嬢がやってきた。


「この度はご足労頂いたにも関わらず、当ギルドの者が不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ありませんでした。リコル様の仰ることは十二分に承知しておりますが、ギルドの規定としてご本人であるとしっかり確認してからでないと、リコル様の今後の活躍に応じた本部への報告や救援依頼に対する報酬をお支払いすることができないんです。お手数ですが、リコル様が得られるであろう名誉のためにも、プレートの確認をさせて頂けませんでしょうか?」


 お腹の下で手をあわせ、深く頭を下げる受付嬢。

 チッと舌打ちしたリコルは、あとから来た受付嬢を上から下まで値踏みし、ニヤリと笑う。


「これだから無能は嫌いなんだ。次からは美しく優秀な君に頼むことにするよ。これが俺たちのプレートだ」


 リコルが先ほどとは打って変わり、丁寧にプレートをカウンターに出すと、続くようにパーティーメンバーたちも次々にプレートを置いていく。


「ありがとうございます。すぐに確認が済みますので、少々お待ち頂けますか?」


 プレートを回収した受付嬢は、カウンターの下に設置されたプレートを読み込む魔導具に次々とプレートを差し込んでいく。


「お待たせしました。確認が取れましたので、こちらはお返し致します。リコル様がセリエンス迷宮ダンジョンを攻略し、魔物の脅威から街を救って頂けることを期待しております」


 もう一度頭を下げ、にこりと微笑む受付嬢。


「ありがとう。ところで、君の名前は何というのかな?」


「失礼しました。私は受付嬢のシクルと申します。宜しくお願いします、リコル様」


 覚えておくよ、とさわやかな笑みを残してギルドを出ていくリコルたち。

 この日からリコル率いるパーティーはセリエンスを仮拠点とし、ダンジョンを攻略すべく活動しだすのだった―――。

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