第22話 報酬と今後


 アレッサスとムートランにイゼルたちが真実を話した日から、三日後の昼。

 査定が終わったとアレッサスに呼び出されたイゼルたち三人は、再びギルドマスター室へ訪れていた。三人はアレッサスの正面に、レーティア、イゼル、リリスの順番でソファに座る。

 今回の立役者はイゼルだということで、レーティアとリリスがイゼルを真ん中に座らせたのだ。


「時間がかかって悪かったな。なんせ、判断しづらいことばっかりでよぉ。査定もなかなか終わらねーし、すっかり寝不足だぜ」


 あくびをしながら、気だるそうに話を進めるアレッサス。

 あーだこーだと文句が止まらず、さっさと話しを進めろとレーティアに一睨みされてようやく本題へと戻った。


「ったく、冗談が通じねぇ……。まずは、豚鬼王オークキングの討伐報酬。これが一体につき銀貨3枚だ。まだ死体が確認されてねぇ一体と、報告ができねぇ豚鬼皇帝オークエンペラーについては、悪いが報酬は用意できねぇ。だが、こちらが想定したよりも難易度の高い依頼になっちまったからな、特別報酬として追加で銀貨7枚を上乗せしてある。それから、持ち込まれた豚鬼オーク全ての買取費用が合計で金貨3枚と銀貨7枚。回収してきたやつらへの分配もあるから、銀貨4枚は手数料で差し引かせてもらう。合計で金貨4枚と銀貨6枚。それが今回の報酬だ」


 アレッサスは机の上に置かれた硬貨が並ぶトレイを、イゼルたちの前に移動させた。


「それから、お前らの等級だがな。レーティアは銀級シルバーに、イゼルとリリスは鉄級アイアンに昇級させることが決定した。レーティアは本来鋼鉄級スチールだったし、リリスはもともとギルドの手伝いなんかで青銅級だったからあれだが、イゼルは特例の二段昇級だ。実績と実力だけなら鋼鉄級スチールでもおかしくないんだがな……。冒険者歴が短すぎて、危険が多すぎると判断した。とはいえ、お前らパーティーを組むんだろ?」


「……私たちはそうしたいと思っている。イゼルの許可がもらえれば、だがな……」


 どこか緊張した様子で、ちらりとイゼルの反応を伺うレーティアとリリス。

 二人は自分たちが危険を招く種だと、嫌というほど理解している。だからこそ、イゼルなら自分たちをきっと拒絶せずに受け入れてくれる。そう思っていても、万が一拒絶されたら……。受け入れてくれたとしても、本当に自分たちのわがままでイゼルを巻き込んで良いのだろうか? そんな不安や葛藤から、今の今までパーティーを組もうと伝えられずにいた。


「え? 何を言ってるんですか?」


 きょとんとしたイゼルは、首を傾げる。


「え?? 僕たちはもうパーティーを組んでるんじゃないんですか? 一緒に行動してましたよね??」


 不思議そうに尋ねるイゼルに、レーティアとリリスは思わず笑みを零した。


「フフッ、違うよイゼル。パーティーは、ギルドに申請して初めて認められるんだ」


「……そうだよ。今の私たちは、臨時パーティーって感じかな」


「えぇ?! そんなのダメですよ! ちゃんとパーティーとして認めてもらいましょう!」


 両こぶしを握り締めて、ふんすっと意気込むイゼル。

 その姿に、レーティアとリリスはわしゃわしゃと頭を撫でる。

 『急になんですか?!』と、照れながら抵抗するイゼル。


「あー、イチャイチャしてるとこわりぃが話を進めて良いか? っていうか爆発しろ」


 三人のやり取りを見ていたアレッサスが、砂糖の塊を口に入れられたようななんとも言えない顔をしながら、ペッと唾を吐きだすフリをする。


「はっはっは、そういえば居たんだったな。忘れていた」


「……マスター、存在感薄い」


「お前らはもう少し俺を敬え。小さいとは言え、歴とした冒険者ギルドのマスターだぞ。あーあー、苦労してお前らの希望通りの報告書も作ってやったのになー。なんかヤんなっちゃったなー」


「すすす、すいませんマスター! マスターはとてもすごいと思います!」


「……どの辺が?」


 不貞腐れた様子で顔をそむける姿にイゼルが慌てて謝罪して褒めると、ジト目を向けるアレッサス。


「リリスさんが言ってました。駆け出し救済制度があるのはこのギルドだけだって。つまり、マスターが若手を思って制定したってことですよね? まだ冒険者になったばかりですが、親身になってくれるマスターがいるギルドは、とても安心できると思います!」


「お、おおう……」


 目をキラキラと輝かせながら、にっこりと笑うイゼル。

 本当に褒められるとは思っていなかったアレッサスは、気恥ずかしそうに頬をかいた。


「とりあえず、なんだ。パーティー申請はこのあとやるとして、お前ら今後どうすんだ? 他所に行くんだろ?」


「これから話し合う予定だが、そうなるだろうな。イゼルたちはともかく、銀級シルバーになった私がここの依頼を受けると良い顔もされないだろう。二人も、すでに豚鬼オークじゃ相手にならないしな」


 レーティアは最もな理由を並べたが、実際のところはほかの冒険者から下手な詮索が入る前に移動したいからだ。

 レーティアが元鋼鉄級スチールとはいえ、一体討伐するのにも鋼鉄級スチール冒険者が複数必要だと言われているのに、駆け出しと受付嬢の三人で豚鬼王オークキングを二体討伐したとあっては邪推するものも出てくる。

 本心を気取られないよう、努めて冷静に返したレーティア。


「まぁそうだろうなぁ。なら、一度セリエンスに行ったらどうだ? 迷宮も実践経験を積むにはちょうど良い訓練場になるだろうし、上に上がるなら迷宮攻略は必須だ」


 特に疑う様子のないアレッサスに内心ほっとしたレーティアだったが、続いて出された提案に眉を顰める。


「一理あるが……。基本的に人任せなギルドマスター様が、自らアドバイスとは些か怪しく感じてしまうな?」


「お、お前俺をなんだと思ってやがるんだ?!」


 レーティアの懐疑的な視線に、慌てるアレッサス。


「……たぶん、今回の事件の顛末を聞いたセリエンスのギルドマスターから要請が来たんだと思う。迷宮主ダンジョンマスターがとっくに倒されていてもおかしくない時期なのに、まだその報告が来てないから」


「……ほう?」


 リリスの言葉に目を細めたレーティアがアレッサスをにらみつけると、観念したのか両手を挙げて降参のポーズをとった。


「内部事情を知ってるやつがいるとやりづれーなー……。まぁいいけどよ。だいたいはリリスの言う通りだな。セリエンスにある迷宮ダンジョンが、いまだに攻略されてねぇんだ。前回攻略されたのがちょうど半年くらい前だから、そろそろ限界だろう。もともと鉄級アイアン向けのD級ダンジョンだからな、旨味がねぇ上級冒険者なんかは街にいねぇってのもあって、奴さんも焦ってんだろ。あくまで噂だが、ギルドが直接指名した鋼鉄級スチールのパーティーが全滅したなんて話も聞くからな。そこで、お前らに白羽の矢が立ったってわけだ」


 膝の上にひじをつき、手を組み合わせて口元に当てながら、真面目な顔で語るアレッサス。

 イゼルがその真剣な雰囲気にごくりと唾を飲み込むとほぼ同時、レーティアがため息をつく。


「……はぁ。言わんとせんことはわかった。で、本音は?」


「俺はセリエンスのマスターに貸しを作れる。お前らは経験と実績が積める。みんなハッピーだろ??」


 悪びれる様子もなく、俺って天才だろ? と言わんばかりにドヤ顔をキメるアレッサスに、ぶん殴りたい気持ちを抑えてこめかみを揉み解すレーティア。

 リリスに至ってはいつの間にか右手にクナイを構えていて、今にも投げそうな雰囲気。


「ど、どんな理由にせよ困ってる人がいるなら助けるべきだと思います! 僕たちは冒険者ですから!」


 強い決意を宿した瞳で、声高に宣言するイゼル。

 彼が思い浮かべる冒険者像は、困っていた自分に手を差し伸べてくれたレーティアの姿であった。

 困っている人を助け、命をかけて魔物の脅威からみんなを守る仕事。それこそが冒険者なのだと信じている。実際にはかけ離れたものであるのだが、彼はまだそれを知らない。

 先の豚鬼王オークキング討伐依頼の時ですら、他の冒険者が協力してくれないのはレーティアのことを誤解してるからであって、一緒に行動していないだけで全員がビートダッシュを守るために奮闘していたと思っている。

 レーティアとリリスはその思い込みを正すべきかどうか決断しきれずにおり、今もイゼルの言葉に顔を曇らせた。


「……ああ、そうだな。冒険者の本質はそうあるべきだと、俺も思ってる。お前は立派な冒険者になれるぞ、俺が保証してやろう」


 アレッサスは身を乗り出すと、嬉しそうに笑いながらイゼルの頭を撫でる。

 『はい、がんばります!』と笑うイゼルに、レーティアとリリスは無理に正す必要はないのかもしれないと思うのだった。

 アレッサスは三人の冒険者プレートを回収すると、懐から新しいプレートを取り出す。


「おら、これがお前らの新しいプレートだ。なくすなよ?」


 そう言って、アレッサスは銀色のプレートと鉄色のプレートを二枚、三人の前に置くのだった―――。

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