第21話 次は何に酔うんだろうね?


 ギルドを後にしたイゼルたちは、その足でジレグートの家に向かった。

 ジレグートは珍しくノック1回ですぐに扉をあけると、中に入れと合図する。

 前回と同じく工房の一角に席を設けると、口を開いた。


「で、オレっちの欠点てのはなんだ」


「おいおい、開口一番がソレか? まぁ良い、欠点だったな。いくつかあるが、最たるものの1つは性能が良すぎることだろうな」


「はぁ?! バカにしてんのか?! 性能なんて高ければ高いほど良いに決まってんじゃねぇか!」


 レーティアの言葉に、思わず立ち上がって抗議の声をあげるジレグート。

 『常に高みを目指し、今自分が作れる最高のものを』。それが信条のジレグートにとって、それが欠点であると言われては看過できるものじゃなかった。


「バカはお前だ。王都や高難易度の迷宮がある街ならともかく、ここは駆け出しの町だぞ」


「だから何だってんだ?! 性能が良い武器を持てば、駆け出しだろうがそこいらの魔物にゃ引けをとらねぇ。そうだろ?!」


「そうだな。それは間違いではない」


「あぁ?!」


 意味がわからんと怒りを顕にするジレグート。

 だが、レーティアの真剣な目を見て少し落ち着くと、椅子に座りなおした。


「私は定期的に武器の調整や手入れをお前に依頼している。そうだよな?」


「あぁ、そうだな。それがなんだ」


「お前が武器を売ったやつらだが、一度でも調整や手入れに来たか?」


「……来てねぇな。どうせどっか別の場所でしてもらってたんだろ」


「ジレグート、お前は自ら進んで冒険者になる連中ってのはどんなやつらだと思う?」


「一攫千金を夢見るアホなやつ」


「そのアホなやつが、身の丈に合わない武器を持てばどうなると思う?」


「……手入れをケチって遊ぶ」


「武器のお陰であることにも気づかず、自分には才能がある、自分は強いんだと過信したら?」


「……格上を狙うようになるだろうな。チッ、そういうことかよ」


 合点がいったようで、ジレグートはうんざりした顔で舌打ちした。


「性能が良い武器はもちろん素晴らしい。だが、手入れを怠ればどんな名剣だろうと性能は落ちていく。並みの鍛冶師なら、ただ作って売るだけでよかったんだろうがな。良くも悪くも、お前の腕は一流だった。この町で武器屋をするなら、売る相手を選ぶか手入れの重要性を説くかしないといけなかったんだよ」


「チッ。認めたくはねーが、そのとーりだな。さっさと名を売るために、駆け出しでも手に入れやすい価格帯に設定したのも悪かったのか……」


 大きなため息をついたジレグートは、ぼーっと天井を眺めながらぼそりと『オレっちも自分の腕に酔ってたんだなぁ……』と呟いた。


「……酒に酔って女に手を出し、自分の腕に酔って本質を見落とす。次は何に酔うんだろうね?」


「そこはおめー、慰めてくれるところじゃねぇのかよぉ……」


 真顔のまま首を傾げて追い打ちをかけるリリスに、ガックリと肩を落とすジレグート。


「た、確かに、ジレグートさんにも問題があったのかもしれません。でも、結局は自分で招いた結果だと思います。製作者の手から離れた以上、それは持ち主の責任ですから。……武器も防具も、自分を……仲間を守ってくれる相棒なんだと、今回のことで身をもって実感しました……」


 真剣な表情で、自分の手のひらを見ながら思いを口にするイゼル。


「イゼルの言う通りだな。私も今回、何度こいつに助けられたことか……」


 レーティアは嬉しそうに、すぐ隣に立てかけてあった刀を撫でる。


「ん? そういやぁ、いつもの鞘じゃねぇな。どうしたんだ?」


 刀と鞘は二つで一つ。

 よほどのことがない限り、どちらかだけを変えるということはない。


「あぁ、それなんだが――」


 レーティアは戦闘の中で鞘を破壊されてしまったため新調してほしいこと、同時にイゼルの武器とナイフも新しく新調してほしい旨を説明。


「事情はわかった。オレっちに任せな。坊主……いや、イゼルの武器もこれから作る。納得のいくもんを作りてぇから、五日ほど時間をくれ」


 ジレグートはイゼルとレーティアに代替品の武器を渡し、刀を預かると工房の奥へと消えていった。

 その後姿を見送ったレーティアはどこか嬉しそうに微笑むと、『行くか』と二人に声をかけてジレグートの家を後にした。

 

 町中で食べ物などを買い込んだ三人は、再びギルドに戻ると上級の個室へと移動。

 レーティアとリリスが隣同士に座り、反対側にイゼルが座るとささっと昼食を済ませる。


「さて、ようやく落ち着いて時間を取れるな。ここに来たのはほかでもない、イゼルのことで確認したいことがあったからだ」


「僕のことですか??」


 きょとんとするイゼルに、こくりと頷くレーティア。


「まずは、最初に豚鬼オークたちと戦ったときのことだ。まるで魂が抜けたようなあの状態、異常な殺気に自在に飛び回る剣。そして、どうやって抜き取ったのか方法が皆目見当もつかない豚鬼兵長オークコマンダーの魔核。覚えてることで良い、話してくれないか?」


「顔見知りの人が殺されているのを見て、カッと頭に血が上って……。そこからは、まるで深い水の底に沈んでいくような、そんな感覚の中にいました。時折、そこに外の景色というか……光景が浮かび上がって。断片的でしたが、なんとなくの状況は理解できてました。あとは気づいたら手の中に魔核があった、という感じです……」


 曖昧ですみません……と頭を下げるイゼル。


「……話では聞いてたけど、不思議。もしかしたら、イゼルは何らかの理由で本来発現しているハズのスキルが発現してないのかも?」


「どういうことですか??」


「……稀にそういう人がいるらしい。私が聞いたことあるのは、幼いころの怪我が原因で利き腕が不自由な人の話。その人は剣豪のクラスを授かったのに、剣技系のスキルが1つも発現しなかった。どれだけ修練を重ねてもスキルが増えることはなかったのに、上級回復薬ハイポーションを飲んで腕が治った途端、いくつも剣技系のスキルが発現したって」


「私も聞いたことがあるな。だがそれだと、ますますイゼルの『職業クラス』はEランクだと思えなくないか?」


「……わからない。でも、イゼルのクラスにはランク以上の何かがあるのかも? ……豚鬼皇帝オークエンペラーの武器を突然奪ったときも、すごかった……」


 その時の光景を思い出しているのか、リリスは目を閉じたまま微笑む。


「くぅ、私も見たかった……。いや、それより! アレはどうやったんだ?!」


 悔しそうに顔をしかめたレーティアは、思い出したように机の上に手をつくと前のめりにイゼルに詰め寄る。

 ソファに座っているイゼルはいつもより目線が低いため、バッチリと視界に入ってしまうレーティアの谷間。なぁ、なぁ!と身体を動かすたびに揺れるソレを見て、顔を真っ赤にして慌てて目をそらす。


「あ、アレはですね……。交換チェンジのスキルを使ったんです」


交換チェンジ?」


 不思議そうに首を傾げるレーティア。


「すごく説明しづらいんですけど……。こう、急に使い方を理解できたというか。豚鬼皇帝オークエンペラーさんと戦っている最中に、何の前触れもなく突然スキルの詳細が理解わかったんです」


「ほう……? で、どんなスキルなんだ?」


「そうですね……。レーティアさん、失礼します」


 前のめりになったままのレーティア。その頬にそっと右の手の平を添えると、ゆっくりと顔を近づけていくイゼル。

 突然の行動に驚いたレーティアは、『ななななッ?!』と顔を真っ赤にしながら動揺。


「……あ。すごい」


 リリスの声に気づいたレーティアが咄嗟に身体を起こすと、視線をリリスへと向ける。

 リリスが無言でイゼルの左手を指さすと、異変に気付くレーティア。

 バッと勢いよく自分の足元を確認すると、左側に立てかけてあったはずのソレがないことに気づく。


「すごいな……。いつ取られたのか、まったくわからなかったぞ……」


 関心した様子で、いつの間にかイゼルの左手に握られたもの――刀を見つめる。


「自分が触れている物と、視界の中にあるものを入れ替えるスキルです。条件が厳しいので、多用はできないですけど……」


 そう言いながら、刀をレーティアへと返すイゼル。


「……条件?」


「交換したい対象に、誰かの意識が向いてると使えないんです。なので、武器のように常に一定の意識が向いている物なんかは中々難しいですね……」


 リリスの疑問に、苦笑いしながら答えるイゼル。

 それでもすごい! と二人に褒められながら、照れるイゼル。


「あ、それから豚鬼オークの集団との戦闘のお陰なのか、技能スキルが増えたんですよ。えっと――」


 新しいスキルの説明をしたりしながら、イゼル達は心行くまで語り合うのだった―――。

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