第20話 恋人なんですか?


 無事にビートダッシュへと生還を果たしたイゼルたちは、ギルドへ簡単な報告を済ませる。

 報告を終えて緊張の糸が切れたレーティアは、そのまま気を失うと眠りについた。

 町へ戻る最中、反動でしばらく眠りにつくと聞かされていたイゼルたちは驚くことこそなかったものの、心配で彼女の傍から離れることができず共に過ごす。

 レーティアが眠っている間に、ギルド直属の治癒術師ヒーラーが折れていた腕などを治療。回復薬ポーションなどを服用していたお陰もあり、後遺症などは残らないとのことだった。

 その後三日三晩眠り続けたレーティア。彼女が動けるようになったらギルドに顔を出すよう言われていた三人は、レーティアが目覚めた翌日の早朝、ギルドへ足を運んだ。


「おう、疲れてんのに朝から悪いな。ひとまず、付いて来てくれ」


 三人を受付で待っていたアレッサスは、親指で奥の部屋を指さす。

 案内されたのはギルドマスター専用の個室で、上級個室と同様に高価なソファなどが設置された部屋だった。

 イゼルたちが中に入ると、すでに一人ソファに座っているのが目に入る。領主であるムートラン男爵だ。

 ムートランはイゼルたちに気づくとすぐに立ち上がり、深々と頭を下げた。


「今回の依頼を無事達成してくれたこと、心より感謝する。本当にありがとう」


 お礼を告げ、しばらくしてから頭を上げたムートランにアレッサスは顔を引きつらせる。


「ったく、領主……それも貴族が平民に頭を下げんじゃねぇよ。あとがこえーだろうが」


「お礼をするのに貴族も平民もない。そもそもお前には下げとらんわっ!」


 とても親密な関係を伺わせる二人のやりとりにイゼルたちが呆気にとられていると、それに気づいたムートランが笑い出す。


「ああ、すまないな。こいつとは長い付き合いで、身分は違うが友人なんだ」


「……マスター、友達いたんだね」


 ぼそりとリリスがつぶやいた一言に、我慢できず笑い出すレーティア。

 アレッサスは不機嫌そうにムートランの隣に座ると、イゼルたちにもさっさと座れと反対側のソファを指さし声をあげた。


「で、なんだ。とりあえず、アレだよ。悪かったな」


「……たぶん、依頼の内容が実際と異なったことについての謝罪」


 アレッサスの言葉が突拍子もなさすぎて、頭上に?マークが浮かんでいたイゼルとレーティア。

 ギルドの内情を知るリリスが補足すると、ようやく合点がいった二人はなるほどと頷いた。


「お前たちが戻ってから、改めていくつかのパーティーに森の様子を確認しにいかせた。残党と思われる豚鬼兵長オークコマンダーなんかはいたようだが、それ以上のやつらはいなかったそうだ。今日も確認しにいかせるが、おそらく今回の事件は片付いたと判断して問題ないだろうな」


「私も上がってきた報告書に目を通したが、いまだに信じられん。冒険者が回収してきた死体だけでも、豚鬼オークが78体。上位豚鬼ハイオークが103体。豚鬼兵長オークコマンダーが32体。豚鬼将軍オークジェネラルが9体に│豚鬼王オークキングが2体とは。君たちがいなかったら、間違いなくこの町は破壊されつくしていただろう」


 防げたとはいえ、起こり得た最悪の結果を想像して顔を曇らせるムートラン。

 しかし、リリスは別のことで顔を曇らせた。


「……待って。豚鬼王オークキングの死体は2体しか回収されてないって本当?」


「あぁ? 豚鬼王オークキングが2体いたからてこずってたんじゃねぇのか?」


 リリスの疑問に、怪訝そうに聞き返すアレッサス。


「……違う。豚鬼王オークキングは3体いた」


 アレッサスはリリスの言葉を聞くと、ちょっと待ってろと言い残して部屋を後にした。

 しばらくして戻ってくると、面倒そうに頭をかきながらソファに座りなおす。


「結論から言えば、今のところ死体の見落としによる回収忘れ、書類不備、盗難の線はねぇ。一応今も再確認させてるが、おそらく変わらねぇだろう。っつーことはだ……」


「死んだフリをして私たちの目を欺き、生き延びたやつがいるということか?」


 レーティアの言葉に、無言で頷くアレッサス。


「うちで回収したのは首を落とされた2体だ。もう1体はどうやって仕留めた?」


「……首に短剣を突き立てた」


「短剣……ってことは、お前がやったってことか?」


 こくりと頷くリリスに、首を傾げるアレッサス。


「お前ら、なんか隠してねぇか? どう考えても話がおかしい。リリスが急にギルドを飛び出して森へ入っていったときは焦ったが、森の中を駆けていく姿を見て機動力はありそうだったから見逃した。だが、冒険者登録はしてあるとはいえ受付嬢が一人で豚鬼王オークキングを相手にしなきゃならねぇってのはどんな状況だ? 三人で一頭ずつ倒していったなら、レーティアが確実に息の根を止めているだろう。だが、そうできていないってことはほかに掛かり切りだったってことだよな? 本当にやつらの頭は王級キングだったのか?」


「「「……」」」


 三人が黙り込んだ姿を見て、顔をしかめて頭をかいたアレッサス。

 黙って話を聞いていたムートランは何かを察したようで、少し待っていてくれと部屋を出ると、一枚の羊皮紙と羽ペンを持って戻ってきた。

 羊皮紙にスラスラと何かを書き込んでいき、最後に自身の名前を書き込むとアレッサスの前に羊皮紙を移す。

 内容を見てため息をついたアレッサスもまた、ムートランのすぐ下に自分の名前を書いた。


「これは誓約の魔術書だ。これから見聞きすることは許可がない限り絶対に他言しないという誓約で、破った場合は死をもって償うとしてある。どうかこれで、真実を話してもらえないだろうか。私たちはこの地で起きた出来事を、きちんと知っておかねばならんのだ」


 机に手をつき頭を下げるムートランに、どう返答して良いものか判断がつかないレーティアとリリスはちらりとイゼルに視線を向けた。


「……わかりました。ですが、先にお断りしておきます。僕たちがこれから話すことは、到底信じられることではないかもしれません。そして、僕たち……いえ、僕には証拠を見せる気も、渡す気もありません。それでも良いですか?」


 真剣な表情で告げたイゼルに、アレッサスとムートランは顔を見合わせると、それで良いと頷く。

 リリスが魔術書の内容を確認し問題ないと伝えると、代表者としてイゼルが名前を書き込み、イゼル、アレッサス、ムートランそれぞれが自身の名前の上に親指で血判を押すと、魔術書はボウッと燃え上がり消え去った。


「これで誓約は完了した。真実を教えてくれ」


 ムートランの言葉に頷いたイゼルは、レーティアとリリスの正体だけは伏せて、今回の出来事を包み隠さず全て話していく。

 時折レーティアやリリスも話に加わり、豚鬼皇帝オークエンペラーの存在を聞いた二人は固唾を飲んだ。その後、魔物に効く回復薬ポーションの話や、混成軍の話を聞いていくうちにどんどんと顔が青ざめていく。

 全てを聞き終わった二人は、緊張でカラカラになった喉を紅茶で潤すと、口を開いた。


「……信じられない。いや、信じたくないと言うべきか……」


「ったく、どうしろってーんだよ……。皇帝級エンペラーが複数いる混成軍なんて、後手に回ってちゃ相手にできねぇぞ……」


 二人はソファに深く腰掛け、天井を眺めながら頭を悩ませる。


「前から言っていただろう。この町は緊急時に対する備えが無さすぎる、と。今からでも遅くないと思うが?」


「あー、それなんだがなぁ……」


 バツが悪そうに頭をかくアレッサス。


「レーティア殿の言うことは最もだが、現実的に実現することが厳しいのも確かなんだ。セリエンスのように迷宮があるわけでもなく、鉱山から貴重な資源が採れる訳でもない。こう言ってしまうとアレだが、国としてもここの重要度はそれほど高くないんだよ。だから国にどれだけ防衛力の強化を嘆願したところで、騎士は動いてくれない」


 情けない話だがね、とムートランは自嘲気味に笑う。


「まぁ、俺がここのギルドマスターだってのも問題なんだと思うがね」


「……仕方ないさ。ここは、そういう場所だ」


 気にするなと、ムートランはアレッサスの肩に手を置く。

 何かほかにも事情があるような口ぶりだが、普段の様子からは想像もつかないアレッサスの悲しそうな瞳に、イゼルたちは詮索するのをやめた。

 じっとアレッサスの姿を見つめていたリリスは、意を決して口を開いた。


「……マスター。こんな時だけど、話がある」


「あぁ? 別にかまわねぇよ。好きにしな」


「……ありがとう」


 疑問符を浮かべる周囲をよそに、それだけで話を完結させる二人。


「……お二人は恋人なんですか?」


 長年連れ添った夫婦のような、全てを語らなくても理解できる阿吽の呼吸に似た雰囲気を感じたイゼルは、つい思ったことを口にした。


「……イゼル、あとでお仕置き」


 リリスが発した声音に今まで聞いた中で最も低く冷たい、芯から凍えるような寒気を感じるイゼル。

 ひっと思わず声をもらし、全身を震わせた。

 二人のやり取りを見ていたアレッサスは新しいおもちゃを見つけた子供のように目を輝かせ、口元をゆがめる。レーティアはやれやれと肩をすくめ、ムートランもどこか微笑ましいものを見るように優しい目で見守っていた―――。

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