第19話 託された言葉


 突き刺された勢いに耐えることができず、豚鬼皇帝オークエンペラーはそのまま後ろ側へ仰向けで倒れた。衝撃で刀から手が離れたレーティアも、着地できずに地面を転がりながら止まる。


「レーティアさん、大丈夫ですか?!」


 イゼルが慌てた様子で駆け寄ると、フッと微笑を浮かべるレーティア。


「あぁ、大丈夫だ。ちょっと動けそうにないが……」


「良かった……。つかまってください」


 差し伸べた手にレーティアが手を伸ばすと、優しく引き起こしたイゼルはそのまま抱きかかえた。

 所謂、お姫様抱っこの要領で。


「なななな?! 何をしているんだっ?!」


 顔を真っ赤にして暴れるレーティアへ、イゼルが微笑みかける。


「いやかもしれませんが、少しだけ我慢してくださいね?」


「い、いやではないが……その……」


 どんどんと声が小さくなっていったレーティアは、顔を真っ赤にしたまま俯いてしまった。

 イゼルはゆっくりと歩き出すと、オークエンペラーの近くで立ち止まりレーティアを降ろす。


「ガガガッ……。負ケタノダナ……」


 力なく倒れたまま視線だけをイゼルたちへと向けたオークエンペラーは、どこか清々し気な声音で呟くとすっと目を閉じた。


「最後に教えてくれないか? なぜお前ほどの魔物がこんなところにいた?」


「……答エル気ハナイ。……ト、言イウトコロナノダロウガナ。上カラノ命令ダ」


皇帝級エンペラーよりも上……? 支配者級ロードが誕生しているのか?!」


 オークエンペラーの言葉を聞いたレーティアは、血相を変えて驚きを顕にする。

 支配者級ロードは種族の頂点に立つ魔物が冠する階級であり、最後に豚鬼ノ支配者オークロードが確認されたのは100年以上前。その時は街が2つ滅ぼされたと現代まで語り継がれるほど、その力は凄まじいとされていた。


「ガガッ、違ウ。軍ノ上層部ダ」


「魔物が軍……? それはオークの軍勢、ということではないよな?」


「違ウ。様々ナ種族カラ成ル、混成軍トイウヤツダナ」


 目を閉じたままのオークエンペラーの言葉に、レーティアは何かを考え込むように顎に手を置き眉間にしわを寄せた。

 いつの間にかその場を離れリリスを迎えに行っていたイゼルが、抱えていたリリスを降ろしながら疑問を投げかける。


「オークエンペラーさんは、その軍の中でどれくらいの地位にいたんですか?」


「部隊長……トイッタ所ダロウ。他ニモ、オ前タチガ皇帝級エンペラート呼ブ強サヲ持ッタヤツラガイタカラナ」


「な?!」


 オークエンペラーの言葉に絶句するレーティア。それはリリスも同じだったようで、イゼルの腕を強く抱いたまま顔を真っ青にしていた。


「オ前タチハ強イ。軍ノヤツラトイズレブツカル事ニナルダロウ。ソノ時マデニ、モット強クナレ……」


「……どうして貴方は、そこまで僕たちを気にかけてくれるんですか?」


「ガッガッガ。自分デモヨクワカラナイガ、オ前タチニ死ンデホシクナイ。ソウ強ク思ッタラ、自然トナ……」


「……」


 イゼルが言葉につまり黙り込んでいると、薄っすらと目を開けたオークエンペラーはイゼルへ視線を向ける。


「少年……。最後ニヒトツ、頼ミガアル……」


「なんでしょうか?」


「近クニ来テクレナイカ……」


 イゼルはレーティア達が止めるのも気にせず、オークエンペラーの顔の横で膝をついた。


「ここで良いですか?」


 オークエンペラーはじっとイゼルを見つめた後、最後の力を振り絞るようにゆっくりと右腕をイゼルへ向けて動かす。

 慌ててレーティアが止めに入ろうとするが、それをイゼルが視線で制した。


「忘レルナ……。少年ハ強イ。マダマダ強クナレル……。自分ノちからニ……自信ヲ持ツンダ……。ソウ…スレ…バ……キッ……ト――」


 優しく、それでいて強い意志を感じさせる声音で語りかけながら、そっとイゼルの頭を撫でていたオークエンペラー。だが、話の途中でその腕がズルリと地に落ちた。

 薄っすらと開いていた瞳は閉じられ、どこか満足そうな表情のままピクリとも動かない。

 イゼルは零れ落ちた一筋の涙を拭うと立ち上がり、頭を下げる。


「ありがとうございました……。貴方のことは絶対に忘れません! 僕は強くなります。どうか見守っていてください!」


 オークエンペラーに誓うように、青空へと向けて強く宣言したイゼル。

 その姿を見ていたレーティアは優しく微笑み、リリスは何かを決意するように胸の前で拳を強く握りしめる。


「さて……。まだ残党がいるとも限らん。どうしようか?」


「……それなら問題ない。私が2時間以内に戻らない場合、救援が来ることになってる」


「そうか……。なら、少しここでゆっくりさせてもらおうか」


 その場に座り込んだレーティアは、ポーチから取り出した封印具を耳につけなおすと空を眺めた。

 リリスも腕輪をはめ直すと、レーティアの横に腰かける。


「……あの」 「……話がある」


 同じタイミングで話を切り出したイゼルとリリス。

 不思議そうに首を傾げたレーティアは、二人に話の続きを促す。


「……イゼルから話して」


「え? では、その……。ここで討伐した魔物はギルドへ渡すんですよね……?」


「そうなるだろうな。もちろん、報酬とは別に正当な買取金額がもらえるだろう」


「……それがどうしたの?」


「えっと……。僕は何もいりません。不足分も、必ず働いて返します。なので、どうかオークエンペラーさんの遺体を引き取らせてもらえないでしょうか」


 いくらになるのか、想像もつかない。

 それでも、イゼルに引き下がる気はなかった。

 必死に頭を下げるイゼルの姿を見て、二人は顔を見合わせたあと笑いだす。


「クククッ。アーッハッハ! いや、すまないな……。イゼルがいなければ、間違いなく私たちは死んでいた。別に金なんていらないさ、イゼルの好きにすると良い」


「……フフッ。……私もレーティアと同意見。イゼルが決めて良い」


「えっ?! いや、そんな……。僕は僕にできることをしただけですよ?!」


 あわわわと狼狽えるイゼルの頭を、レーティアとリリスが楽しそうにわしゃわしゃとする。

 ひとしきりイゼルの反応を楽しんだ二人は、改めてイゼルに任せると言った。

 イゼルは口に出かけた言葉をぐっと飲みこむと、頭を下げてオークエンペラーの遺体をマジックバッグへとしまい込む。


「それで? リリスはどうしたんだ?」


「……私は今回のことで、自分の無力さを痛感した。心のどこかで、自分もいざとなれば戦える力がある、冒険者にだって引けをとらない。……そうおごっていた」


「……ふむ」


 レーティアは思うところがあったのか、リリスの言葉を否定するようなことはせずに頷いた。


「……私も強くなりたい。もし次に同じような状況になったとき、ちゃんと二人と一緒に戦える……そんな力がほしい」


「それは、リリスも冒険者になる……ということか?」


 レーティアの言葉に、こくりと頷くリリス。

 レーティアはしばし考え込んだあと、フッと笑うとリリスの頭を優しく撫でた。


「いいんじゃないか? リリスには平和に生きていてほしかったが……。今回のことで、そうもいかなくなるかもしれないしな。それに……」


 ちらりとイゼルを見やるレーティア。

 レーティアの考えていることをすぐさま見抜いたリリスは、耳を真っ赤にして俯いてしまう。

 何が何だかわからないイゼルはきょとんとしたまま首を傾げるが、レーティアは笑うだけだった。


 しばらくしてギルドからの救援依頼を受けた冒険者15人が到着し、その凄惨たる状況に思わず唾をのむ。

 ギルドから支給された回復薬ポーションを受け取って飲んだイゼルは、ほどなくして動けるまでに回復。ほかの冒険者たちがオークの死体を回収し終わるのを待って、リリスと共に思うように身体が動かせないレーティアを支えながら、共に町へと向けて帰路につくのだった―――。

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