第18話 決着


 「グ……グォォオオオオオ!!」


 豚鬼皇帝オークエンペラーは腕に突き刺さった剣にかみつくと、無理やり引っこ抜いてかみ砕く。

 かろうじて両刃三日月斧グレートバルディッシュこそ手放していないものの、力なくダランと垂れ下がる腕は動く気配がない。

 ここが最後の好機と判断して飛び出していたレーティアは、身に纏っていた紫のオーラを全て刀に集中。悲鳴を上げる身体に鞭打って飛び上がると、肩で息をするオークエンペラーへと斬りかかった。


「『血華けっか終紫しゅうし』」


 レーティアの袈裟懸けに振り下ろされた一刀に、オークエンペラーの本能がけたたましいと感じるほどの大音量で警鐘を鳴らす。

 咄嗟に左腕で防御しながら、わずかでも斬撃を避けるために後方へと身体を逸らした。

 淡く紫色に輝く刀はあれほど苦労していたオークエンペラーの強固な鎧をいとも簡単に断ち切り、腕ごと肩口から腰にかけて斜めに剣閃が走る。

 レーティアはなんとか着地するものの、足から力が抜けたようにガクンと膝をつき、刀を地面に突き刺し杖替わりにすることでかろうじて身体を支えていた。

 イゼルとリリスがレーティアの元へと駆け寄ろうとするが、その表情を見てぴたりと足を止める。


「恐ろしい生命力だな……」


 レーティアは苦虫を嚙み潰したような苦し気な表情でつぶやくと、ゆっくりと視線を上へと向けていまだ倒れないオークエンペラーを見つめた。おびただしい量の血液を垂れ流しながら、それでも目から光を失っていない。

 オークエンペラーは口からもゴポリと血液を吐血しながらも、頭上に空間の歪みを生成。液体の入った瓶が1つ落ちてくると、頭に当たって割れた。

 流れ出た液体が身体を伝い、液体が触れた部分の傷口から白い煙がもくもくと立ちのぼる。


「……ッ!」


 液体が何かを察したリリスは、即座にレーティアの後ろへ移動して後ろから抱きしめるようにつかむと、後方にいるイゼルのもとへと飛びずさった。


「魔物が回復薬ポーションを使うだと……?」


 訝し気な瞳でレーティアが見つめる先では、オークエンペラーの傷が塞がりつつある。

 ただ、回復しているというよりは無理やり傷を閉じているといったほうが正しく、流れ出る血は止まっているが傷跡はハッキリと残っていた。


「ガガッ、マサカヲ使ワサレルトハ……。素晴ラシイ一撃ダッタ」


「何が起きてると言うんだ……」


 レーティアは心底意味がわからないと言った感じで、目の前のオークエンペラーを唖然とした表情で見つめる。

 というのも、人の使う回復薬ポーションは魔物に効果を及ぼさない。

 つまり、オークエンペラーの使った回復薬ポーション作り出されたものだということだ。

 まだ効果は人の使う回復薬ポーションに及ばないものの、人間よりはるかに高い生命力を持つ魔物なら、たとえ傷を塞ぐだけであってもその恩恵は計り知れない。

 レーティアとリリスはこの事実をとても重く受け止め、オークエンペラーの背後にいるであろう個人、もしくは組織に対して恐怖を感じた。

 二人が事実を受け入れられず茫然としている間に、オークエンペラーは右腕の感覚を確認してニヤリと笑う。


「終ワリニシヨウ。トテモ良イ戦イダッタ」


 ゆっくりとした足取りで一歩、また一歩と力なく地べたに座り込むレーティアと恐怖で足が竦んで動けないリリスのもとへ歩み寄るオークエンペラー。

 あと数歩で攻撃が届くというところまで進んだところで、イゼルが立ちはだかる。


「そんなことはさせません」


 オークエンペラーはイゼルを見て、首を振った。

 イゼルは限界を超えた動きと遥かに格上の相手との戦闘で、身体に蓄積した疲労はピークに達している。すでに歩くだけでも身体が悲鳴をあげるほどに、限界が近い。

 オークエンペラーもそれを理解しており、残念そうに呟く。


「少年ホド将来有望ナ者ニ出会エルコトハ、モウナイノダロウナ……」


 まだ完全ではないものの、わずかに動くようになった右手を無理やりかまえると、横なぎに一閃。

 イゼルの首筋へと吸い込まれるように振るわれたグレートバルディッシュは、イゼルへ当たる瞬間突如として軌道を斜め上へと変えた。

 イゼルが腰につけてあった解体用のナイフをサッと抜き放ち、下から弾いたのだ。


「ナ?!」


 驚くオークエンペラーをよそに、懐へと飛び込むとのど元目掛けてナイフを突き出すイゼル。

 慌てて前腕の半分から上がなくなった左腕を振るい、イゼルを弾き飛ばす。

 イゼルは両手で地面に手をつきバク転すると、ズザザザと音を立て滑りながら勢いを殺して止まった。

 すぐさま身を低くして駆けだすと、オークエンペラーの攻撃をかいくぐり再び懐へと潜る。今度は股下をくぐり抜けると、飛び上がって肩へ着地。レーティアが切り裂いた左肩の傷へとナイフを突き立てると、すぐにその場から飛び立った。


「グゥゥウウウウウウ!」


 傷口が塞がっただけの肉は柔らかく、解体用のナイフでもあっさりと貫通。オークエンペラーは根元まで突き刺さったナイフを引き抜くと、握りつぶして粉々にした。


「ナゼソレホド動ケル! 身体ハ限界ヲトウニ超エテイル筈ダ!!」


 意味がわからないと叫びながら、オークエンペラーはこの戦いが始まってから初めて恐れの感情がこもった瞳をイゼルに向ける。


「……僕は二人を何がなんでも守ると、自分に誓いを立てました。それはたとえ、この腕が引きちぎれようが、身体が動かなくなろうが変わりません。この命が続く限り、二人を守ります」


「守ル?! 何ヲ言ッテイル! ちからハ壊スタメノモノダ! 自ラノタメに振ルウモノダロウ?!」


 オークエンペラーの言葉に、顔色1つ変えずに強い覚悟の宿る瞳を向けるだけのイゼル。

 一歩、また一歩と無意識にイゼルから距離を取ろうと後ずさるオークエンペラーは、自らの行動を自覚すると咆哮を上げた。


「ウォォオオオオオオオオオオオ!!!」


 イゼルへ抱いた恐れを否定するように無理やり前に出ると、武器を振るうオークエンペラー。まるでイゼルの言葉を全力で否定するかのように、がむしゃらに右に左に振り回した。

 武器を失ったイゼルは、理性を失い鋭さを失ったオークエンペラーの攻撃をかわしながら、なぜか足元に転がっていた石ころをひとつ拾い上げる。


「……リリス、回復薬ポーションをくれ」


 二人の戦い――否、イゼルの背中を見つめていたレーティアは、隣で震えるリリスの手を握りながら、声をかけた。


「……渡せない。その身体じゃ回復薬ポーションなんてほとんど役に立たない」


「それでも、だ。私はあの場に戻らなきゃいけない。いや、戻りたいんだ」


「……どうして? 二人は死ぬのが怖くない?」


 とても辛そうに、今にも泣きそうな瞳を向けるリリス。

 頭の中ではどうにかしたいと思っていても、強く感じてしまった恐怖がそれを許さない。そんな自分が嫌で、情けなくて……。

 そんなリリスの感情を理解しているレーティアは、フッと笑うと弱々しく首を振る。


「怖いさ。とても怖い。だがそれ以上に、ここで何もできずにイゼルを失うほうが怖い。あの子は私にとって――光なんだ」


 レーティアが見つめる先――イゼルの後ろ姿を見たリリスは、グッと歯を食いしばるとポーチに入っている最後の一本を差し出した。


「ありがとう。なに、リリスも冒険者になればわかるさ。いや、慣れると言ったほうが良いのか?」


 回復薬ポーションを飲み干したレーティアはゆっくりと立ち上がると、リリスに向けて苦笑いを浮かべて走り出す。


「ナゼダ?! ナゼ動ケル?! オ前モサッキノ一撃デちからヲ全テ使イ果タシタハズダ!!」


 イゼルの背後から自分に向かってくるレーティアに気づき、オークエンペラーは驚愕の表情を浮かべながら叫ぶ。

 動揺、恐怖、混乱。様々な感情がないまぜになったオークエンペラーは無意識に腕をとめ、再び一歩後ずさる。イゼルが背後へと飛び退き、入れ替わるように前に出たレーティアは、飛び上がりながら刀を前に構えた。


「ッ! ナメルナァァアアアアアアアアアアアア!」


 瞬間、我に返ったオークエンペラーはレーティア目掛けてグレートバルディッシュを振り下ろす。

 青銅級ブロンズと大差ない動きしかできないレーティアと、反応が遅れはしたが驚異的な回復力で身体を癒しつつあるオークエンペラー。

 どちらに軍配が上がるかは一目瞭然で、リリスは咄嗟に目を背けた。

 目前に迫るグレートバルディッシュを前に、レーティアは避ける姿勢すら見せず刀を突き出す。すれ違い様にイゼルが呟いた、『僕がなんとかしますから、止めをお願いします』という一言を信じて。


 無謀な特攻にオークエンペラーが胸中で勝ちを確信し、自らが感じた二人の謎の力はただの強がりだったのだと確信しかけたその時、ふと背後に下がったイゼルが視界に映る。

 戦場に居るとは思えないほど無邪気に笑うイゼルに意識を完全に持っていかれた次の瞬間、イゼルが何かをつぶやく。すると、その手に突然身の丈にあわない巨大な武器が現れた。


「……?!」


 短い柄に、先端についた金色の斧頭。そこから両側にのびる、銀色に輝く三日月状の刃。

 ソレを見て、オークエンペラーはイゼルから視線を外すと眼球だけ動かして自身の右手を見た。つい先ほどまで握っていたはずのソレは、どこにも見当たらない。

 武器がなくなりリーチが短くなったことで、オークエンペラーの腕は空振り。レーティアはがら空きになっている心臓部分目掛けて、力の限りを込めて刀を突き刺した―――。

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