第17話 一人では無理でも
左手を失った
「ちぃっ!」
レーティアは狙いが自分ではないと気づくとすぐにイゼルを抱え、横に飛んで回避。
それを読んでいたオークエンペラーは、いまだ着地していないレーティアたち目掛けて肩を突き出しタックル。レーティアはかわせないと悟るやイゼルを放り投げると、腕を前でクロスさせて防御の構えを取った。
「レーティアさんっ!」
イゼルの叫びもむなしく、タックルが命中したレーティアは勢いよく数m吹き飛ばされ、背中から強く木に打ち付けられる。
防御したことで意識こそ失っていないものの、クロスさせたときに前にした左腕は腫れあがり、外側に沿っていた。一目見ただけで骨が折れている、もしくは砕けていると理解できる。
それほどの状況下にありながら、レーティアは吹き飛ばされている瞬間ですら目を閉じていなかった。
「イゼル、上だっ……!」
レーティアの声に反射的に反応したイゼルは、前のめりにその場から移動。直後、イゼルの居た場所に真上からグレートバルディッシュが降ってきた。
「コレデ終ワリダ」
いまだ体勢が崩れているイゼルの背後に回り込んだオークエンペラーは、拳を握ると体重を乗せながら右腕を振り下ろす。ボゴッという音と共に拳を中心にクレーターが出来上がり、その威力の高さを物語っていた。
「……ナニ?」
確実に避けられる体勢ではなかったはず。それなのに、右腕に手ごたえを感じないことにオークエンペラーが疑問を抱く。
辺りを見回すと、レーティアのすぐ隣にいるイゼルを抱きかかえたリリスが目に入った。オークエンペラーがちらりと遠くを見やれば、そこには地に伏せるオークキングの姿。
「ガッガッガ。
愉快そうに笑うオークエンペラーを無視しつつ、リリスはポーチから
「……ごめん、遅くなった」
「いや、助かった。あいつは今まで出会ったどの相手よりも強い……。それに加えて、今のように空間を捻じ曲げて思いもよらぬ事象を引き起こす」
左腕は完全に治りきらなかったものの、かろうじて動けるまでに回復したレーティアが立ち上がるとリリス、イゼル、レーティアが横並びになる。
依然として勝ち目の薄い状況の中であり、何度も死んだと思うようなことがあったのに、再び3人で戦えるというだけでイゼルを不思議な暖かさが包み込む。
それはレーティアやリリスも同じだったようで、二人とも限界が近い身でありながらその瞳は活力に満ちていた。
「二人とも、聞いてくれ。私が動けるのは、あと一度だけだ。そこに全身全霊、すべてを賭ける。だからどうにか二人で隙を作ってくれないか?」
強い意志のこもった言葉に、イゼルとリリスはできる出来ないではなく、ただ強い決意をもって頷く。
それを黙って見ていたオークエンペラーは、心底嬉しそうに笑った。
「ガッガッガッガ! コノ巡リ合ワセ――運命ノ神ニ感謝スル! 生マレテ初メテダ、コンナニ満タサレタノハ!!」
歓喜の咆哮を上げたオークエンペラーはグレートバルディッシュを手に取ると、地面がえぐれるほどの力を込めて駆けだした。
「足止めは僕がします」
そう言って迎え撃つように駆けだすイゼル。
一瞬止めそうになったリリスだったが、それをレーティアが視線で諫める。レーティアがここぞというときまで体力を温存しなければならない現状、代わりを務められるのは近接戦闘ができるイゼル以外にいないのだ。
空間を捻じ曲げることが可能なオークエンペラー相手では、リリスの飛び道具は真正面から放っても意味をなさない。
首を振って気持ちを切り替えたリリスは、少しでもオークエンペラーの注意を引いてイゼルの負担を減らすべく動き出した。
「ガガッ! 少年トハモット
「僕もですっ!」
残念そうにしながらも、躊躇なくグレートバルディッシュをイゼルへと振り下ろすオークエンペラー。
迫りくる一撃を前に、イゼルは覚悟を決めると剣で迎え撃つ。回避のほうが生存確率は高いが、それではただの時間稼ぎにしかならない。イゼルたちに求められているのはレーティアが渾身の一撃を叩き込める隙であり、時間ではないのだ。
真っ向から受け止める力のないイゼルが思い浮かべるのは、レーティアが刀を使って受け流していた一連の動作。身体から余計な力を抜き、剣を肩で支えつつ剣の腹を滑らせるように軌道を逸らす。レーティアの動きを模倣することだけに集中したイゼルは、奇跡を起こした。
相手取っているオークエンペラー、そしてレーティア本人ですら一瞬自分の姿がイゼルに重なるほどに、完璧な動きで攻撃を左へと受け流すことに成功したイゼル。
流れるような動作でがら空きになった胴体に逆袈裟懸けで斬りかかるが、鎧の表面に傷跡がつくだけだった。
端から自分の力では深手を負わせることはできないと理解していたイゼルは、すぐさま二歩後ろへ飛び退くと油断なく剣を構える。
「ガガッ……ガッガッガッガ! ドコマデモ楽シマセテクレル!」
これならばどうだと、オークエンペラーは一歩踏み込み左から右に向けて横なぎにグレートバルディッシュを一閃。
イゼルが方足を大きく開いて低くしゃがみこみ回避しようとすると、軌道上に空間の歪みが形成された。
「……させないっ!」
木から木へと移動しながらオークエンペラーの後ろへ回り込んでいたリリスは空間跳躍による追撃に気づき、すぐさまポーチに両手を入れると8本のクナイを指の間に挟んで取り出し、両腕を交差するように振るい一斉に投擲。
8本のクナイは隊列を組んだように、ひとまとめになって一直線にオークエンペラーの首の付け根目掛けて飛んでいく。だが、リリスは動揺するあまり普段なら絶対にしないミスを犯していた。
そのミスにリリスが気づいたのは、オークエンペラーが振るう腕を止め、半身ずらしてクナイを回避したときだった。
「あっ……」
リリスの瞳に、自らが放ったクナイがオークエンペラーの先――しゃがみこんでいるイゼルへと向かっていく様子が、まるで時間の流れが遅くなったかのようにゆっくりと、それでいて鮮明に映り込む。
半ば条件反射のように木の幹を強く蹴って飛び出すが、当然追いつけるはずもない。
1秒が何十秒にも、何時間にも感じる永く短い時の中で、リリスの胸中を後悔と恐怖が埋め尽くしていく。目じりから溢れる雫が後ろへと流れていく中、不意にリリスはイゼルと目があった。
「……だいじょう、ぶ?」
どうしてイゼルがそう呟いたと理解できたのかはわからない。それでも、リリスはイゼルがそう言って微笑んだと確信できる何かを感じた。
その確信通り、イゼルはしゃがんだまま身体を回転させて勢いをつけると剣の腹で飛んできたクナイをオークエンペラーの顔目掛けて弾き飛ばす。何本かは弾かれずそのままイゼルへと飛んでいくが、どれもがすぐ傍を掠めただけで直撃はしない。
一方、回避したと思ったクナイの方向を突如変えられたオークエンペラーは、武器や空間跳躍では間に合わないと判断し、咄嗟に左腕で顔を守った。キンキィンと音を立てて、次々に鎧に弾かれるクナイ。
だが、オークエンペラーが目を守るために視界を腕で覆い隠した僅か数秒。それがイゼルの狙いだった。
「リリスさんっ!」
イゼルの掛け声の意味をすぐに理解したリリスは、着地してすぐにイゼルと合流すべく駆ける。
視界が覆われている隙をついて、イゼルは剣を前に構えたまま身体ごと突っ込みがら空きのオークエンペラーの右肘の内側へと突き刺す。一人では無理でも、二人なら。
イゼルの力だけでは切っ先しか刺さらなかった剣も、リリスがダメ押しに柄頭へと蹴りを入れることで、骨を貫通するほど深く刺さった――――。
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