第16話 覚悟と葛藤


「ガッガッガ! サスガダナ、少年。ダガ、コノ場二立ッタンダ、覚悟ハデキテイルンダロウナ?」


 イゼルを試すかのように、殺気を飛ばす豚鬼皇帝オークエンペラー

 並の冒険者なら戦意を喪失、もしくは恐慌状態に陥るであろうソレを受けて、イゼルの身体は一瞬震える。だが、それは恐怖から来るものでは無かった。

 レーティアが今までどれだけ強い相手と剣を交えていたのか、その一端を垣間見れたことに対する高揚。そして、絶対にレーティアたちを死なせないという強い意志。

 それらが合わさった結果、武者震いを起こしたのだ。


「はい、もちろんです。僕たちは必ずあなたを倒し、町に帰ります」


「ガガッ、良イ目ダ。ナラバ存分にロウ」


「はいっ!」


 互いに武器を構え、臨戦態勢に入る。

 レーティアは訳がわからず呆然としていたが、ハッと我に返ると諦めたように武器を構えた。

 どちらにせよ、今のままでは確実に負ける。それならば、イゼルに賭けてみるのも悪くないと思ったのだ。


「イクゾッ!」


 オークエンペラーは掛け声とともに大きく飛び上がると、イゼルたち目掛けて両刃三日月斧グレートバルディッシュを振り下ろす。

 二人が左右に避けると同時、オークエンペラーの一撃で地面に大きな亀裂が入る。

 次はこちらの番だと言わんばかりに、レーティアが斬りかかった。それをあっさりと武器で受け止めるオークエンペラー。

 そこへすかさずイゼルが飛び込み、左の手首目掛けて剣を振るう。だが、わずかに刃は通ったものの皮膚の表面を浅く切った程度で、ほとんどダメージは入っていなかった。

 オークエンペラーは力任せに刀を弾くと、横なぎに一閃。二人は後ろへと飛び退くことで回避する。


「惜シイナ。折角ノ連携モ、圧倒的二ちからガ足リナイ」


 そう言って、チラリとイゼルを見やる。

 そんなことはすでにわかり切っていたイゼルは、オークエンペラーの言葉を意に介さず集中すると、腰を落として息を吐き出しながら全力でオークエンペラーへと突っ込んだ。

 柄を両手でしっかりと握りしめ、全力で下から上へと振り上げる。オークエンペラーは防御するまでもないと、力任せに右腕を振り下ろす。

 腕が地面にめり込んでも剣を弾いた感触がないとオークエンペラーが気づいた瞬間、その視界を銀色に輝く何かが覆い隠す。


「猪口才ナ!」


 咄嗟に腕で弾くと、それはイゼルが持っていたはずの剣だった。だが、イゼルの姿はない。

 オークエンペラーが慌ててその姿を探すと、地面に映る自身のものではない影に気付く。


「上カッ!」


 バッと上を見上げれば、迫りくる巨大な姿――豚鬼王オークキング

 オークエンペラーは訳がわからず、グレートバルディッシュを上に掲げて全身に力を込めると防御体勢を取る。

 3mを超す巨体が降ってくると考えれば、その判断は間違っていない。

 オークキングは落下しながら空中で拳を握りしめ、落下の勢いも乗せた右ストレートをグレートバルディッシュへと叩き込む。

 だが、予想していたよりはるかに全身にかかる負担が少なかったことで、オークエンペラーは気付いた。目の前のオークキングが、偽物だと。


「シマッ――「遅いっ!」」


 頭上でグレートバルディッシュを支えるオークエンペラーの両腕、その左の手首についた浅い傷を狙ったレーティアの一閃は骨ごと肉を断ち切り、ぼとりと左手が落ちた。


「グゥゥウウ!」


 オークエンペラーは血が吹き出す左手を抑えながら、レーティアの近くへと着地したオークキングへ視線を向ける。

 そこには、ススス……と身長が縮んでいき、やがて少年の姿へと戻っていくイゼルがいた。


「大シタ能力デハナイト、失念シテイタ……。ナルホド、実際ニ使ワレテワカッタ。オ前ノ能力ハ危険過ギル」


 イゼルをレーティア以上に危険だと認識したオークエンペラーは、すでに血が止まりかけている左腕から手を離すとグレートバルディッシュを拾い上げる。

 その瞳には、ハッキリとイゼルへの畏怖の感情が浮かび上がっていた。




「……イゼル、すごい」


 イゼルたちの戦闘の様子を、イゼルがレーティアの救援へと向かったことで邪魔させまいと襲い掛かってきた隻腕の豚鬼王オークキングを相手取りながら覗っていたリリスがボソリと呟く。

 オークエンペラーへ攻撃を仕掛けると見せかけ、振り下ろされた腕で自身の姿が隠れた瞬間に攻撃の手を止めると、死角へと潜り込むように回避。その際、持っていた剣をオークエンペラーの視界を隠すように放り投げることで時間を稼ぐ。

 そうして作ったわずかな隙で木の幹を利用して空高く飛び上がると、リリスが足止めをしているオークキングを対象にスキルを発動。

 その姿を変えることでオークエンペラーの動揺を誘い、見事に囮としての役目を果たしたのだ。


 遥かに格上の相手を前に一歩も引かず、必死でレーティアをサポートする姿にリリスは胸が熱くなるのを感じると同時に、自分の不甲斐なさに思わず歯がみした。


 目の前のオークキングは力こそあれど、速度ではリリスが勝っている。

 オークキングはリリスを捉えることができず、攻撃は空振りばかり。それにも関わらず戦闘が終わらないのは、偏にリリスの火力不足によるものだった。

 『四重分身クアドラプル』を使えば倒しきれるだろうが、先の戦闘で一度、それも数分使用しただけで身体に少なくない負荷がかかっていたこともあり、次に使用すればどうなるかわからない。

 リリスの役目はオークキングの足止めであり、現状その役目を十分に果たせているのは間違いないので使用は控えている。それでも、もし自分が足止めではなく討伐さえできれば……。そう考えてしまうのだ。


 リリスの能力は斥候に近い。

 戦闘では急所への一撃を狙う、もしくは敵を速度で翻弄して囮役となることに向いている。

 オークキングは首以外の急所を鎧で固めているため攻撃が届かない上に、唯一狙える首も意識を集中して守っているため狙いづらい。わずかな傷をつけたところで、回復能力の高いオーク種は時間がたてば回復してしまう。特に上位種であるオークキングに至っては、わずかな傷をつけた程度では短時間で塞がってしまうのだ。

 リリスにとってオークは、エルフとしてだけでなく戦闘面においても天敵とも言える存在だった。


「フゴォォオオオオオオ!!」


 攻撃が当たらないことに苛立ちを募らせるオークキングは、力任せに三日月斧バルディッシュを振り回す。

 ブンブンッと風切り音を鳴らす猛攻をリリスは舞うように回避しながら目や首元、手の甲など無視できない部位へとクナイを投擲する。

 オークキングは鬱陶しそうに全てを弾き飛ばすと、足元に突き刺さった1つを拾い上げて握りつぶした。すでに幾度となく繰り返される同じ結果に、オークキングは怒りに染まった瞳をリリスに向けながら、クレーターができるほど何度も地団太を踏む。


 オークキングはなんとか状況を打開できないかと思考を巡らせるが、出てくる答えは『捕まえれば勝てる』『一発当てれば終わり』という、至極単純な答えだった。

 だが、目の前の女を捕まえられないこともおぼろげながら理解できている。だからこそ行き場のない苛立ちを感じているのだが……。


「フゴ……フゴフゴォォォォオオ!」


 オークキングは何を思ったのか、再びリリスに向かって駆けだすと縦にバルディッシュを一閃。

 先ほどまでよりさらに力が込められた一撃をリリスが回避すると、地面に斬痕を刻みなら深々と突き刺さる。

 あまりに力を籠めすぎたせいか、刃部分がすっぽり隠れるほど地面に埋まっており、無理やり引き抜こうとオークキングが力を籠めると柄がその負荷に耐え切れずにバキッと音を立てて折れた。

 武器を失って狼狽えるオークキングを前に、リリスは好機と地面を強く蹴ると手に短刀を構える。

 鷲掴みにしようと迫る腕を掻い潜り、素早く背後へ回ると跳躍。首の裏へと着地し、オークキングの首筋に短刀を突き立てた。

 リリスは振り払う腕をかわすために短刀を引き抜き飛び上がる。


「フ……フゴ……」


 自らの身に起きたことが信じられないオークキングは、首から噴き出す血を手で押さえるが、ほどなくして膝から崩れ落ち、そのまま前のめりに倒れ込むとピクリとも動かなくなる。


「……急がなきゃ」


 リリスはより強くなったオークエンペラーの気配を感じ取ると、全速力でイゼル達の元へと向かうのだった―――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る