第15話 奥の手


 自身の力を見せつけるために、あえて大木を狙った豚鬼皇帝オークエンペラー

 直径2mはあろうかという立派な大木は綺麗に斬り裂かれ、その圧倒的な一撃は3人に畏怖を刻み込んだ。


「化け物め……!」


 忌々しそうに呟いたレーティアは、今の今まで遊ばれていた事実に、悔しそうに顔を歪めながら距離を取る。


「気ヲ悪クシナイデクレ。ココマデちからヲ奮エルノハ、久シブリデナ。ヨウヤク勘ヲ取リ戻シテキタ所ナンダ」


 とても嬉しそうに、深い笑みを浮かべるオークエンペラー。

 1秒たりとも我慢できないのか、すぐさま追撃をかける。今度は外す気はないようで、しっかりとレーティアに狙いを定めると、両刃三日月斧グレートバルディッシュを勢いよく振り下ろした。

 立ったままでは受け止めきれず、片膝をつきながら刀で流すように攻撃の軌道を逸らすと、飛び上がりながら頸動脈目掛けて刀を振るう。

 オークエンペラーは焦ることなく、上半身ごと体を後ろに逸らすことで回避。頬に小さな切り傷をつけただけだった。

 かろうじて受け流すことこそできたものの、グレートバルディッシュが当たった地面は大きく斬り裂かれ、数メートル続く斬痕は凄まじい威力を物語っている。


「リリス! イゼルを頼んだぞ!」


 オークエンペラーに視線を合わせたまま、振り返ることなく叫ぶレーティア。

 どこか強い決意を感じさせるその声音に、言い様のない不安を覚えたイゼルは、無意識のうちに駆け出そうとするが、リリスが腕を掴んで引き止める。


「……大丈夫、信じて」


「でも……」


「……レーティアはもう、自分を犠牲にしようなんて考えない。だから、信じて任せよう」


 無言のまま、不安そうな目でレーティアを見つめていたイゼルは、拳をぐっと握るとリリスに続いて距離を取る。戦いの余波に巻き込まれぬために。


「ガッガッガ。マダ何カ奥ノ手ガアルノカ?! スバラシイゾ!」


「その余裕、後悔させてやろう! 『修羅ノ刻・般若』」


 スキルを発動すると紫色のオーラが漂い始め、レーティアの身体の周りを揺らめく。側頭部にオーラが収束するように具現化した鬼を連想させる面も相まって、不気味な雰囲気を纏った。


「ホウ、コレハ……」


 オークエンペラーが関心し、気が緩んだ瞬間を見逃さず、一瞬で距離を詰めたレーティア。

 目にも留まらぬ速さで抜刀すると、斜め上に向かって逆袈裟斬り。咄嗟にグレートバルディッシュの柄を盾に使ったオークエンペラーは、柄ごと肩まで斬り裂かれるが、威力を殺したため鎧の一部が欠けただけで済んだ。


「ちっ、硬いな」


「ガッガッガ! 良イ、良イゾ!!」


 ただの棒になってしまった柄の下半分を捨て、短くなった上部の柄を握ると、まるで片手斧を持つように構える。感触を試すように振り回し、問題ないことを確認すると前のめりになりながら駆け出した。

 短くなったことで取り回しが早くなったグレートバルディッシュを、右に左に怪力をもって自由自在に振るうオークエンペラー。対するレーティアは全ての軌道を見切り、最小現の動きをもって紙一重でかわしてみせ、流れるような動作で回避から反撃へと転じながら、一進一退の攻防を続ける。


「ガッ?!」


 地面に出来ていた小さなくぼみに足をとられ、踏ん張る力が弱まったことで、振るっていたバルディッシュの勢いに逆らえず体勢が崩れるオークエンペラー。そこへ、レーティアの鋭い一撃が決まった。

 腹部から胸部にかけて一筋の大きな傷ができ、一部は鎧を貫通、肉にまで達している。


「アノ攻防ノナカ、罠ヲ仕掛ケルトハ」


「戦闘に夢中になると周りが見えなくなるタイプは、足元なんて気にしないからな」


「ガッガッガ! 今マデデ一番昂ルゾ!」


 滲み出た血を撫でてニィッと獰猛な笑みを浮かべると、手に持つグレートバルディッシュをレーティア目掛けて投擲するオークエンペラー。

 弾けないと判断したレーティアは側面に飛んで避けると、そのまま木の幹を中継して武器を失ったオークエンペラーへと飛びかかる。


「無手で防げると思うなよ!」


「ガッガッガ! 思ッテイナイサ!」


「っ?!」


 レーティアの背後に黒い裂け目が出現。

 そこから先ほど投擲されたグレートバルディッシュが勢いそのままに飛び出し、レーティアを狙う。

 咄嗟に刀を鞘ごと地面に突き刺して反転すると、紙一重で交わす。それを見越していたオークエンペラーは飛んできたグレートバルディッシュをキャッチすると、体制が崩れたレーティア目掛けて振り下ろした。

 刀で防ごうと地面に刺さったままの鞘から刀身を引き抜いたは良いが、完全に受け流しきれずに踏ん張りが効かない身体は吹き飛ばされる。

 受け身も取れずに木へと打ち付けられたレーティアが、地面に落ちてからもダメージで数秒身動きが取れずにいたにもかかわらず、オークエンペラーは追撃を仕掛けなかった。

 刀を杖代わりに身体を起こしレーティアが視線を向ければ、そこには縦に真っ二つにされた鞘と不適に笑うオークエンペラーがいた。


「チッ、そういうことか……」


「ガッガッガ。仕留メ切レル確証ハ無カッタカラナ。確実二潰セル方ヲ優先シタマデ」


 鞘が無ければ納刀できない。

 それはつまり、ほとんどのスキルが使用できなくなったということ。

 明らかな火力の半減に、レーティアは内心歯がみしながらも目の前の敵の評価をさらに一段あげた。


「全く、これほど戦いづらい相手はそうそういないぞ。嫌になるな」


「同感ダナ。ダカラコソ、実二惜シイ。ジキニ時間切レダナンテ」


「フン、なんのことだ? 私はまだまだ戦えるぞ」


「ガッガッガ。最後マデ楽シマセテクレ」


 どこか寂しそうに笑うオークエンペラー。

 レーティアはそんな様子を気にもせず地面を強く蹴り出すと、刀の切っ先を下に向けて切り上げる少し前から地面で引きずることで、抵抗力を利用して抜刀を再現。斬撃の威力を底上げさせた。

 嬉しそうにグレートバルディッシュで受け止めるも、オークエンペラーはレーティアの動きが時間の経過とともに鈍くなってきていることに気付いていた。

 身体の限界なのか、スキルの発動時間が限られているのか。理由は定かではないが、今はまだ些細な差でも、時間が経てば経つほど明確な差になると理解しているのだ。してしまったのだ。

 だからこそ、この楽しい時間の終わりを悟ったオークエンペラーは悩んでいた。

 後のことは考えず、欲望に忠実に目の前の獲物を逃してさらなる成長を期待するか。に従い、欲望を押し殺して仕留めるか。


「戦闘中に考え事とは、随分と余裕だなっ!」


 どこか上の空だったオークエンペラーの首筋を、レーティアの刀が切り裂く。

 血が吹き出すほど傷は深く無かったものの、首筋を手で拭うと流れでた血液がべったりと付着した。


「ガガ……ガガガガガッ! ガッガッガッガッガッガ!!」


「……死を間近に感じて頭がおかしくなったか?」


 心底おかしいと言った感じに、狂ったように高笑いをあげたオークエンペラーに、レーティアは怪訝な表情を浮かべる。

 だが、次の瞬間にはそんな考えも吹き飛んだ。

 オークエンペラーの纏う雰囲気が先ほどまでよりも一段と濃密になり、近くにいるだけでも精神力をすり減らすほど強いプレッシャーを放ち始めたのだ。


「済マナイ、モウ大丈夫ダ。何モ迷ワナイ。今コノ瞬間二全テヲ賭ケルコトコソ、戦士トシテノ礼儀ダト言ウノニ……。ソンナコトスラ忘レルトハ、我ナガラ情ケナクテナ」


 グレートバルディッシュを構え直したオークエンペラーに隙はなく、レーティアはどこへ飛び込もうとも返り討ちにあう結果しか想像できなかった。

 

「それが本当の実力と言うわけか……」


「アア、ソウダ。オマエトノ戦イハ、生涯忘レヌト誓オウ」


 すでに勝利を確信しているかのようなオークエンペラーの言葉に、レーティアは何も言い返せない。

 それほどまでに、気持ちを切り替えたオークエンペラーの存在感は次元を逸していた。

 あまりに存在感が大きすぎるが故に、背後に近づく人影にレーティアが気付かないほどに。


「まだ負けてません! あなたがどれだけ強くても、僕たちは負けません!!」


「なっ?! どうしてここにいるんだっ!」


 レーティアとオークエンペラーが視線を向けた先。

 そこには、この場に似つかわしくないと言わざるを得ないほど小さな人影。

 武器を構えるイゼルの姿があった―――。

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