第14話 異能〈ギフト〉


 跪く豚鬼王オークキングを一瞥すると、イゼルたちに視線を移す金鎧の豚鬼オーク


「邪魔ヲシテ、スマナイナ」


「……豚鬼皇帝オークエンペラー


 正体に察しがついたリリスは震える声で呟いた。


豚鬼皇帝オークエンペラー……?」


豚鬼王オークキングを束ねる者。王の中の王だ」


 豚鬼皇帝オークエンペラーの挙動に神経を尖らせながら、額に汗を浮かべるレーティア。

 その身に纏う尋常ではない雰囲気に合点がいったイゼルは、ふととある疑問に気づく。


「あの……あなたは人間なんですか?」


「ガッガッガ。愉快ナ質問ダナ。ワタシヲミレバ、人カマモノカハ一目瞭然ダロウ?」


「なら、あなたはどうして人の言葉が……」


 以前、レーティアと初めて出会った時。彼女は魔物が人の言葉を話すことに、非常に驚いていたことを覚えていたイゼル。

 もしかしたら目の前の豚鬼皇帝オークエンペラーも、自分と同じような技能スキルを持った人間ではないかと思ったのだ。


「ナニカ勘違イシテイルヨウダガ、ワタシハマモノダヨ」


「そう……ですか」


 どこか残念そうに項垂れるイゼルが気になったのか、豚鬼皇帝オークエンペラーはじっとその姿を見つめる。


「オマエハマダ駆ケ出シダロウ? ソッチノ2人ハダメダガ、オマエハ見逃ソウ。大人シク町ヘ帰レ」


「な?!」 「……?!」


 突拍子もない発言に、レーティアとリリスは目を見開く。

 豚鬼皇帝オークエンペラーの目から真剣な意思を感じ取り、嘘だと断じることもできないままどう答えるのが正解か悩む2人。

 目の前に佇んでいるだけ。ただそれだけのことなのに、その実力の一端を感じ取ってしまっている彼女たちは、たとえ3人がかりでかかろうとも勝てないであろうことを悟っていた。そんな相手が、なぜかイゼルだけは助けてやろうと言っている。

 魔物を信じるなど言語道断ではあるが、この状況下でイゼルが生き残れる確立が最も高いのは、倒すべき敵の言葉を信じることであるのも確か。だからこそ、判断がつかない。

 

 強く目を閉じると、覚悟を決めたレーティアはちらりとリリスに視線を移す。その覚悟を読み取ったリリスは、言葉には出さないがそれでいいと思いを込めて優しく微笑むと、こくりと頷いた。


「イゼル、早くここから――」


「僕1人だけということなら、受け入れられません。ありがとうございます、ごめんなさい」


 レーティアの言葉を遮るようにイゼルが口を開くと、豚鬼皇帝オークエンペラーに向けてぺこりと頭を下げる。


「なぜだ! 助かる可能性があるなら、それに賭けるべきだ!!」


「僕1人だけ助かりたくなんてありませんし、それに……」


「……それに?」


「こんなでも、僕は男ですから」


 真面目な顔で言い放ったイゼル。

 リリスはレーティアの肩に手を置くと、ゆっくりと首を横に振った。


「……少年――ううん、イゼルはわたしたちを絶対に置いていかない。折れない」


「ばかもんが……」


 嬉しそうにも、切なそうにも見える表情でそう呟くと、豚鬼皇帝オークエンペラーに向き直る。


「ガッガッガ。イラヌ世話ダッタヨウダナ。……オマエ達、総出デアノ2人ノ相手ヲシテイロ」


 背後に控えていた2体は命令を聞くと、一礼して動き出す。

 隻腕の豚鬼王オークキングが大きな咆哮を上げると遠くから地面が轟き始め、1体、また1体と次々に豚鬼オークが現れ始める。あっという間に辺り一帯を覆うほどの軍勢が揃うと、3人を取り囲んだ。


 臨戦態勢に入る3人だったが、豚鬼皇帝オークエンペラーは右手に魔力を集中すると空を切るように腕を振るう。

 到底届かない距離にもかかわらず、振られた腕は3人のもとへ出現。現れたのが視界内だったため反応が間に合ったレーティアは、攻撃範囲内にいたリリスを抱えるとサイドへと大きく飛んだ。

 攻撃こそ当たりはしなかったものの、イゼルと分断される形になった2人。そこへ合流させまいとするように、オークキング2体と部下たちが群がった。


「どういうつもりだ、豚鬼皇帝オークエンペラー!」


「ガッガッガ。ナニ、少シコノ少年ニ興味ガ湧イタカラ話ガシタクテナ。手荒ナ真似ハシナイ、シバラクソイツラト遊ンデテクレ」


 レーティアの質問に答えた豚鬼皇帝オークエンペラーは、武器をその場に突き立て戦う意思がないことをアピールしながらイゼルの近くへ歩み寄る。


「イクツカ、聞キタイ事ガアル」


「なん……でしょうか」


 ちらりとレーティアたちを見たイゼルは、自身のやるべきことを自覚。

 恐る恐るオークエンペラーを見上げると、視線を合わせた。


「少年ハ、冒険者ニナッテドレクライダ?」


「一ヶ月と少しです」


「実ハ、少年タチノ戦闘ヲ一部始終見テイタ。アレハ、トテモ駆ケ出シノちからデハナイ。僅カ一ヶ月足ラズデ、アレホドノ域ニ上リ詰メタトイウノカ?」


「僕は、僕に出来ることを考え、必死になっていただけで……」


「ソウカ……」


 じっとイゼルを見つめたまま何かを考え込んでいた豚鬼皇帝オークエンペラーは、1つの答えに辿り着くと思考を切り替える。


「先ホド、ジェネラルニ化ケテイタナ? アレハ能力モ真似ルノカ?」


「いいえ、見た目だけです」


「ナルホドナ。ワカッタ。ソロソロ――」


「あの!」


 背を向けようとした豚鬼皇帝オークエンペラーを、イゼルは呼び止めた。


「……ナンダ?」


「あなたは、一体いるんですか?」


「……ドウイウ事ダ?」


 一瞬ピクリと眉をひそめると、睨みつけるようにイゼルに視線を戻す。


「魔物の中には冒険者の持つ武器に興味を示すものはいても、道具に興味を示すものはいないと教わりました。でも、この森の魔物――おそらく豚鬼オークたちは、むしろ興味があるように思えます。あなたの指示があったからじゃないですか?」


「……」


 無言で先を促す豚鬼皇帝オークエンペラーが発っし始めた威圧に、イゼルは心臓をつかまれたような錯覚を覚える。それでも、少年は言葉を続けた。


「最初に違和感を覚えたのは、豚鬼オークに襲われて亡くなった冒険者の遺体を見たときです。必要以上に痛めつけられた痕跡と、必ず持っているであろう収納具がなかったこと。そして、まるで弱いものは見逃すかのような言動。先ほど僕だけを逃がそうとしたのも、次の獲物をおびき寄せるための餌……そう考えれば、腑に落ちるんです」


「面白イ推理ダナ。ソレデ?」


「これだけ大規模な軍勢がいれば、街に攻め込むことも可能なはずです。でもそうはせず、森にとどまっている。かといって、大人しくしているわけでもない。何かを待っているか探していると考えるのが妥当です」





 豚鬼皇帝オークエンペラーがイゼルへと歩み寄る頃、取り囲まれたレーティアとリリスは、視界いっぱいに広がる豚鬼オークたちに苛立ちを覚えていた。


「くそっ! 斬っても斬ってもキリがない!」


 レーティアは的確に首をはねて数を減らそうと試みるが、倒しても倒しても次から次へと群がる豚鬼オーク

 部下を盾にしながら豚鬼王オークキングたちが動き回るので、頭を真っ先に潰すことも出来ない。

 物量に圧倒され、徐々にイゼルとの距離が開いていく。


「……覚悟が遅れてごめん。もう大丈夫」


「リリス、早まるな! でいい!!」


「……ううん。わたしにとっても、イゼルはこの身に代えても守りたい人間になった」


 リリスが両腕に着けていた腕輪を外すと、両耳は長く伸び、瞳の色が黒へと変わる。

 周囲の木々が、まるで彼女の存在を喜ぶように淡い緑色に輝いた。

 森の民――エルフ。リリスが隠し通していた、真の姿。


「……『四重分身クアドラプル』」


 リリスが技能スキルを発動しながら走り出すと、残像が生まれては右に左に飛んでいく。気付けば4人のリリスが戦場を駆け抜けていた。

 それぞれが左手に持った短剣で急所を狙い、豚鬼オークたちの命を次々と刈り取る。


 息を大きく吐き出したレーティアは、好機を逃すまいと豚鬼王オークキングもとへ接近。リリスに意識を奪われている隙を突き、懐へともぐりこんだ。


「『血華けっか・乱』」


 目で追えない速度で抜刀され、何度も振られた刀はいくつもの剣閃を生み出した。両腕、両足を何箇所も斬られた豚鬼王オークキングは、力なく三日月斧バルディッシュを落とすと、膝から地面に崩れ落ちる。

 異常に気付いた隻腕の豚鬼王オークキングが部下をけしかけようとするが、レーティアのほうが早い。


「『血華けっか・椿』」


 で抜き放った刀は、豚鬼王オークキングの首を一閃。切り離された首が地面に落ちると、身体もあとを追うように大きな音を立てて倒れた。


「フゴォオオオオオオ!!!」


 ついに残り1体となってしまった隻腕の豚鬼王オークキングは、怒りとも恐怖とも取れる咆哮を上げる。


「ここまで減らせば……!」


 レーティアはリリスに目で合図を送ると、イゼルのもとへと駆け出す。

 2人を取り囲んでいた豚鬼オークたちは、すでに残りが50体に満たない。それだけの戦力では2人を止めることなど出来るはずもなく、易々と突破を許した。


 イゼルに近づくにつれ、豚鬼皇帝オークエンペラーとの会話が耳に届く2人。首を傾げるレーティアとは対照的に、リリスは思うところがあるのか眉をひそめる。


「――何かを待っているか探していると考えるのが妥当です」


「……ギルド直属の調査員、その長だけが携帯する魔道具、転移魔石ワープストーン


 答えをリリスが呟くと、豚鬼皇帝オークエンペラーは鋭い目つきでリリスを睨んだ。


「ガッガッガッガッガ! ソウカ、知ッテイルトイウコトハ、オ前ハ関係者ダナ?」


 満足そうに笑うと、周囲を見渡し状況を確認。壊滅的と言えるほどの打撃を受けているにもかかわらず、余裕そうに視線を戻した。


「面白イ。コンナニ心ガ昂ブルノハ初メテダ。コノ、当タリダッタナ」


 空間に穴を開け腕だけ通すと何かに吸い込まれたように通した部分だけが消え、少し離れた場所に突き立ててあった武器――両刃三日月斧グレートバルディッシュをつかみ戻ってくる腕。


「やはり『異能ギフト』持ちか……!!」


 レーティアは目の前で行使された力を見て、ばらけていたピースがはまった。

 『異能ギフト』――人間に与えられる『職業クラス』とは違い、魔物が後天的に得ることがある特異な能力。種族も力も関係なく、ランダムで得ることから魔神のプレゼント、ギフトと呼ばれる。


「サァ、存分ニ戦オウ。オ前タチ、邪魔ヲスルナヨ」


 追撃をかけようと迫っていたほかの豚鬼オークたちを一睨みすると、武器を構え臨戦態勢に入る豚鬼皇帝オークエンペラー。 

 ガラリと豹変した雰囲気は、肌を突き刺すようなプレッシャーを放つ。


「いくぞ、生きて帰るために!」


「はい!」


「……うん!」


 レーティアが先陣切って飛び出し刀を振るうと、真っ向から受け止めるオークエンペラー。

リリスは距離を取りながら、腰のマジックバックから短剣を取り出して関節部や急所目掛けて投擲していく。イゼルは周囲の敵に、目を光らせた。


 攻撃も防御も、全てにおいて3人を勝るオークエンペラーは、レーティアの攻撃も難なく受け止め、リリスの放つ短剣も鎧で弾いていく。それでも諦めずに向かってくる姿に、高揚を抑えきれない。


「ガッガッガ! 我慢デキン、ペースヲ上ゲルゾ! モット楽シマセテクレ!!」


 よりどう猛な気配を纏い、卓越した技術と圧倒的な力をもって、攻撃に移るオークエンペラー。

 片腕で横薙ぎに振られたグレートバルディッシュは、易々と大木を両断してみせた―――。

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