第11話 苦悩と片鱗



 ビートダッシュの町を出て、ガーレイ大森林の中を駆けるイゼルとレーティア。

 先を行くレーティアは、内心でどうしてこうなったと頭を抱えたい思いにかられていた。


 リリスから依頼を受けた時点で、その目的は豚鬼王オークキングまたは頭目の討伐だった。

 豚鬼王オークキングの討伐推奨等級は、鋼鉄級スチール+。

 +というのは、同等級の冒険者が複数人でPTを組んだ際のPT等級を表す。1つ上の等級である銀級シルバー冒険者であれば、単独討伐できるレベル。

 レーティアの実力は銀級シルバーに手が届くほどで、よほどのことがない限り豚鬼王オークキングに遅れを取ることはないのだが、魔物の実力にも人間同様に幅が存在する。

 万が一に備え、たとえ銀級シルバーであろうともPTで討伐に赴くのが一般的。であるのだが、レーティアとPTを組んでくれる者はビートダッシュにはおらず、結果イゼルに白羽の矢が立ったのである。

 イゼルと豚鬼兵長オークコマンダー戦の話を聞いたリリスが、彼の成長速度や不透明な潜在能力を加味した上で推薦したのだ。


 一般人がこの話を聞けば、こんな時に何を言っているんだと非難するかもしれない。だが、あくまで冒険者とは依頼をこなして、見返りに報酬を受け取る1つの職業なのであって、町を守る自警団でもなければ騎士でもない。

 銀級シルバー以上の冒険者には緊急依頼が出された場合、著しく依頼遂行が困難な場合を除き強制参加する義務が課せられる。しかし、駆け出しの町であるビートダッシュには銀級シルバー以上の冒険者はいない。

 強制参加の義務もなく、ましてやビートダッシュをステップアップの踏み台程度にしか思っていない駆け出し冒険者たちからすれば、町が壊滅したところで他所に移ればいいだけの話であって、命を危険に晒してまで町や民を守る責任も義務もないのだ。

 ましてや背中を預ける仲間が『銀の死神シルバ・リーパー』なんて二つ名をつけられている者とあっては、誰しもが首を横に振るのは自然な流れであった。


 それらが容易に想像できたレーティアは、単独で行くことになると腹を括っていた。それだけに、話を聞いてすぐは全力で抗議をして考えを改めさせようとする。若い芽を摘むようなことをするんじゃない、と。

 しかし、事態を収束させる努力をしなければならないギルドとしては、レーティアに依頼を受けてほしいが単独で行くことを認めることも出来ない。そして現状イゼル以外に彼女に同行出来る、してくれる者がいないのも揺ぎ無い事実。

 頑なにそれならば1人で大丈夫だと言い張るレーティアを納得させたのは、他ならぬイゼルだった。


「確かに僕では足手まといだと思います。なので、無理に一緒に行こうとは言いません。僕は僕で、1人探索に向かうなら良いんですよね?」


「ぐっ……。それは――」


「危険なのはどちらも同じはずです。それなら僕は、僕に出来ることをしたい。たとえそれが、なんの役にも立たない愚かな行動なのだとしても、じっと安全な場所で待っているなんて出来ません」


「――わかった。一緒に行こう」


 こうして渋々ではあるが同行を認めさせられたレーティア。

 確実に成功する依頼なんてものは存在しないため、悟られぬように振舞ってはいたが不安もあっただけに、イゼルが共に来てくれることが心強くもあった。だが、現在の実力を鑑みればまだ早すぎるという現実的な部分もある。

 ゆえに、答えの無い沼にはまりこんでいるのだ。

 

 複雑そうな表情をしながら駆けて行くレーティアを見ていたイゼルは、やはり迷惑だったのだろうかと申し訳ない気持ちになった。


「……やっぱり僕は邪魔ですか?」


「邪魔というわけではないんだが、かなり危険な依頼だからな。正直なところ、私1人ではかなり荷が重いと考えている。生きて帰れる可能性は五分五分といったところだろう。だからこそ、お前を連れて来たくはなかった……」


 苦しそうにそう呟くレーティアに、イゼルはニコリと笑いかける。


「それなら尚更、着いて来て良かったです。レーティアさんをこんなところでみすみす死なせる訳にはいきませんからね」


「イゼル……」


 自分がいたところで大した力にはなれない。

 それはイゼル自身が一番良く自覚していた。でもだからこそ、自分にもがある。そう考えたのだ。



 町を出て一時間ほど森を探索したところで、2人は豚鬼オークの集団と遭遇して戦闘に発展していた。

 数は6匹とレーティアからすればそう多くは無いが、放置しておいて後々挟撃されてもかなわない。そう判断して迎え撃つ。


「イゼル、自信を持てっ! お前ならもう十分に豚鬼オーク相手でも立ち回れる!」


「……はいっ!」


 これからさらなる強敵のもとへ向かう、その現実がイゼルを後押しする。無理を言ってついて来たのに、この程度の相手で弱音を吐いていられないと発破をかけるのだ。


 萎縮せずに戦闘を行えたイゼルは、自分でも驚くほどの余裕をもって豚鬼オーク2匹を討伐。

 豚鬼オークの大振りな攻撃をかわし、カウンターの要領で間合いに入り込み首元を切り裂く。

 素早く屈みこんで膝に回し蹴りを入れ、体勢が崩れたところを一突き。

 最低限とも言える動作だけで、あっさりと勝って見せた。


 それを見届けたレーティアは満足そうに頷くと、刀を納刀。


「『血華けっか・閃』」


 目にも留まらぬ速度で抜刀された刀は一太刀で豚鬼オークを両断、4匹の命を一瞬で刈り取る。


「今のはレーティアさんの技能スキルですか?!」


 初めて見るソレに、イゼルは興奮気味で尋ねた。


「ああ、見せるのは初めてだったか。威力は申し分ないのだが、如何いかんせん納刀してないと使えなくてな。未熟なせいもあるが、お陰で使える機会が限られるんだ」


 自嘲気味にそう答えながら、慣れた手つきで豚鬼オークから核を抜き取っていくレーティア。

 イゼルも緊急時の非常食にしようと、豚鬼オークの肉を切り分け仕舞っていく。見た目こそ醜悪な豚鬼オークだが、その肉はファンがいるほど美味いのだ。

 すぐに作業を終えると、本丸を探して再び駆け出す。


 そこからは少し進めば戦闘を三度四度と繰り返しながら、着実に先へと進んでいく2人。


「おかしいな……」


「え?」


 急に足を止めたレーティアは、腕を組んで頭をかしげる。


「変だとは思わないか? これだけ戦闘を繰り返しているのに、豚鬼将軍オークジェネラルどころか豚鬼兵長オークコマンダーとすら遭遇しない。にもかかわらず、豚鬼オークはキリが無いほどいる。一定の割合で上位豚鬼ハイオークも紛れているが、いくら上位固体といえど指揮官クラスがいなければ少し能力の高い豚鬼オークだからな。捨て駒も良いところだ」


「言われてみれば確かに……」


 不穏な気配に、引くべきか進むべきか逡巡するレーティア。

 それを許さんと言わんばかりに、突如豚鬼兵長オークコマンダーが10匹の部下――上位豚鬼ハイオークを伴って急襲を仕掛けてくる。


「チッ、なんだ突然!」


 豚鬼兵長オークコマンダーの一撃を2人は左右にかわすと、言葉を交わすことなく息のあった連携で敵の数を減らしていく。1匹、また1匹と倒れ、残るは豚鬼兵長オークコマンダーのみとなった時。新たな豚鬼兵長オークコマンダーが部下を引き連れ、加勢に参戦。


「イゼル、このままでは埒が明かないっ! これほどの規模で動くということは、近くに豚鬼将軍オークジェネラルがいるはずだ。そいつを叩くぞ!」


「はい!」


 レーティアはそう叫ぶや否や、目の前に押し寄せる上位豚鬼ハイオークたちを切り伏せると走り出す。それに続くようにイゼルも走り出し、行く手を阻もうと姿を現すオークやハイオークたちを片っ端から切り伏せていく2人。

 しかし探せど探せど豚鬼将軍オークジェネラルの姿は見つからず、疲弊していくばかり。

 次第に包囲網のように周囲を下っ端たちが埋め尽くし、移動することすらかなわなくなる。


「なぜこれほどの数が……。自然発生にしては多すぎる!」


 レーティアが悪態をつくのも無理が無い。すでに2人で合計すれば、50匹近い数の豚鬼オークを討伐しているのだ。にもかかわらず、減るどころか増える一方。

 これはガーレイ大森林においてはありえないと言えるほどの数だった。


「レーティアさん、来ますっ!」


 背中を合わせていたイゼルの掛け声、レーティアはそこで1つの決断をする。


「イゼル、伏せろっ!!」


 すぐそこにまで敵が近づいて来ているというのに、一切疑うことなくレーティアの言葉通りにその場にしゃがみこむイゼル。

 その姿を見て心底温かい気持ちに包まれた彼女は、笑みをグッと堪えると技能スキルを発動。


「『血華けっかたまき』」


 レーティアが刀を抜き放ちながらその場でくるりと周ると、ブンッという音と共に彼女を中心に環状に広がる斬撃が発生。辺りに押し寄せていた豚鬼兵オークソルジャーたちが、生えていた木もろともことごとく切り捨てられる。

 先ほどまでの喧騒が嘘のようにしーんと静まり返ったその場を見て、イゼルは唖然として立ち尽くす。


「ぐぅ……」


 腕を押さえて屈みこむレーティアを見て、イゼルは我を取り戻すと慌てて駆け寄った。


「大丈夫ですか?!」


「ああ、問題ない。どうにもこの技能スキルは反動が大きくてな。なに、すぐに回復する」


 心配そうに見つめるイゼルを安心させるように、大丈夫だと手をぐーぱーとさせてアピール。

 ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、けたたましい咆哮が響き渡る。


「フゴォォオオオオオオオオオオオオ!!!」


 2人の前に現れたのは、深緑色の鎧にその身を包んだ豚鬼オーク


豚鬼将軍オークジェネラル……!」


 レーティアが忌々しそうに呟く。

 盾騎士が着けるような重装甲の鎧で全身を覆い、手には薙刀グレイヴ

 鎧は進化の過程で硬質化して変形した皮膚なのだが、生半可な攻撃では傷1つつけられないソレは金属製の防具と遜色ない能力を有している。

 薙刀グレイヴも相まって、もはや魔物というよりも戦士そのものだった。


 豚鬼将軍オークジェネラルはレーティアの腕を抱えた姿を見ると、好機と踏んで勢いよく地面を蹴ると肩を突き出して突進。

 咄嗟にイゼルがレーティアを突き飛ばして事なきを得る。


「すまない、助かった。ほら、お前の狙いは私だろう!」


 レーティアは自分へと注目を集め、刀に手を伸ばす。その腕はぷるぷると小刻みに震え、まだ握力が戻っていないのは明白。イゼルとてそれに気付いていた。


「レーティアさん、ここは僕がやります。回復を優先してください!」


「な?!」


 レーティアが止める間もなくイゼルは駆け出し片手剣を振るうが、豚鬼将軍オークジェネラルは事も無げに前腕で剣を受け止め、腕を薙いでイゼルごと弾き飛ばす。上手く空中で反転して着地すると、間をおかず詰め寄るイゼル。

 肩、腕、腹部、腰、足。目に付く場所に斬りかかるが、イゼルの力と技量では刃が通らない。それでも諦めず、有効な場所はないかと虱潰しに攻撃を仕掛ける。


 最初こそ余裕そうにしていた豚鬼将軍オークジェネラルも、ちょこまかと攻撃を避けながら反撃してくるイゼルに腹が立ってきたのだろう。

 背後に大きく飛びのくと、詰め寄るイゼル目掛けて薙刀グレイヴを勢いよく水平に振りぬく。


「イゼルっっ!!」


 イゼルでは避けることも受け止めることも出来ないと覚り、思わず叫んだレーティア。

 しかし、結果はその予想を大きく上回った。

 当たる直前にアクロバットな動きをするイゼル。駆ける勢いそのままに前へと飛ぶと、地面に手をつき側転。器用に薙刀グレイヴの柄部分に足をひっかけたのだ。


 薙刀グレイヴの勢いで加速しながら、豚鬼将軍オークジェネラルの鎧に覆われていない箇所――首下目掛けて片手剣を振るう。

 虚をつきながら、相手の力すら利用する妙手。イゼル自身も確かな手応えを感じ、これは避けられない、そう思った時。

 豚鬼将軍オークジェネラルは首を曲げて兜で剣を受け止める。威力を殺しきることができず、兜ごと頬を切り裂くが、致命傷には至らない。

 

「ガァァアアアアアア!!」


 豚鬼将軍オークジェネラル薙刀グレイヴを止めることなく、そのままイゼルごと放り投げる。イゼルは咄嗟に足を離すが、勢いがつきすぎていたせいで地面を何度かバウンドしながら転がっていった。

 なんとか受身は取ることができ、きしむ身体に鞭を打って立ち上がると、目の前には木を何本もなぎ倒した末に止まったのであろう薙刀グレイヴが地面に突き刺さっている。

 あまりの威力に息を呑んでいると、背後に気配を感じて振り返るイゼル。そこには豚鬼将軍オークジェネラルの姿があった。

 動揺のせいで反応が遅れたイゼル。


「……ッ!」


 すでに振りかぶられた拳を避けることが出来ないと判断し、身体の前で腕を組んで衝撃に備えるが、豚鬼将軍オークジェネラルの拳はイゼルの真横を通り過ぎていった。

 拳の勢いにつられるように倒れこんだ豚鬼将軍オークジェネラルの首には、深々と短剣が突き刺さっている。それが致命傷となり、狙いが逸れたのだ。


「……?」


 状況を飲み込めず不思議そうにしていると、木の陰から姿を現す人影。

 そこにいるはずのない人物、リリスだった―――。

 

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