第10話 束の間の安寧
ビートダッシュへと戻った2人はギルドへ直行。
森の中で
参加者はビートダッシュの町長であるヌヌーガ、領主であるウェールズ家の当主ムートラン男爵、そしてギルドからはマスターであるアレッサスとリリス、発見者であるイゼルとレーティアの計6名。
緊迫した空気の中、アレッサスは椅子から立ち上がると口を開く。
「っつーことでよぉ、もう知ってるだろうがガーレイ大森林の中で、
「ほ、本当なのか?! その情報の出所は『
ヌヌーガは侮蔑するような目でレーティアを睨みつけるが、リリスがその言動に対して不快感をあらわにすると慌てて額を布で拭う動作をしながら視線をそらす。
「……論より証拠。レーティアお願い」
リリスが視線で合図を送ると、頷いたレーティアはテーブルの上にしまっていた死体を取り出した。
「間違いない、
こめかみを揉み解しながら見解を述べたのは、ムートラン男爵。彼は貴族でありながら
「じょ、上位の個体とはどういうことだ?!」
「……言葉通りの意味。こいつをもう少し放置していたら、おそらく
「な……」
さらに頭を抱えたくなるような情報に、ヌヌーガは空いた口が塞がらない。
無視しても良かったのだが、どちらにせよ説明が必要になるとわかっていたリリスは嫌々ながら解説したのだ。
「こいつが頭だとは思えねぇ。っつーことはだ、想像したくもねぇだろうが
天井をボーッと眺めながら、めんどくさそうに呟くアレッサス。
その言葉を聞いて、ヌヌーガとムートランは絶句した。リリスとレーティアはすでに予想がついていたようで特に反応を見せなかったが、イゼルもまた無反応。
余裕そうな反応に少しばかり驚いたレーティアだったが、先刻の戦闘を思い返せばその態度にも納得がいく。どこか彼の器を垣間見た気がして嬉しそうに微笑んだところをリリスに目撃されてしまい、バツが悪そうに頬をかいた。
実際にはレーティアがまだ魔物の階級のことを教えていなかったため、理解できずにただ真面目に話しを聞いていただけなのだが――。
必要な情報交換が済み、それぞれが出来ることをするために解散した翌日。アレッサスは受付へ行くと、依頼を受けた冒険者が戻ってきていないか確認を取り、いくつかの報告書を受け取るとさっと目を通してすぐにリリスへと放り投げる。
「ったくよぉ、嫌ンなるぜ。
「……冒険者たちを呼び戻さないと」
「
両手を天に向けると、困ったもんだぜとでも言いたげにジェスチャーを取りながらリリスへと視線を向けた。
リリスはそれに何も返事をせずに踵を返すと、ギルドを出てジレグートの家へと向かい始める。
アレッサスはその後姿を見送りながら、誰にも聞こえないくらい小さな声で「頼んだぞ」と呟くとその場を後にしてギルドの奥へと消えて行く。
リリスがジレグートの家へとたどり着くと、そこにはすでにイゼルとレーティアの姿もあった。
「……
「ふむ。受けるのは構わないが、もし頭が
「……その場合には特別報酬という形で補填する。いないに越したことはないけど、いた場合は現状レーティアにしか相手できない」
僅かに俯きながら弱々しく告げるリリス。
ビートダッシュは駆け出しの町と呼ばれる程、冒険者になりたての
元来近くに生息する魔物もせいぜいが
以前から「そうした事情はわかるが、このままでは有事の際に戦力が足りない」とレーティアはギルドに意見していた。しかし、過去に前例がないこと、万が一ビートダッシュだけでは対処できない案件が発生した場合にはすぐさまセレイル迷宮都市に応援を頼むことなどを理由に相手にされていなかった。
かくいうリリスも、必要性は感じていたが具体的に実現可能な案が無く、渋々この問題を放置。それが今回こんなことになり、どこか後ろめたさがあったのだろう。
普段ならばしっかりと目を見て話すところを、今日は一度も目を合わせていない。
「フッ、そんなに申し訳無さそうな顔をするな。リリスの事情もわかっているつもりだ、咎めるつもりはないよ」
優しく微笑むと、首を軽く左右に振りながら言葉を投げかけるレーティア。リリスはその言葉を聞いて安心したのか、レーティアに正面からぎゅっとしがみつく。受け止めるように腕を回すと、後頭部をぽんぽんと慰めるように軽く叩いた。
身長差がほとんどない2人が抱き合えば、当然ながら間に挟まれたものは形が変わる。本人たちはあまりそういう事に関心がなかったため気にしていなかったが、その場には2人男がいるのだ。
男2人の性格を加味すれば自ずと答えは見えてくるが、ジレグートは顎鬚をさすりながらにまにまと観賞。抱きあう微妙な力加減や動きで形の変わる
反対にイゼルは恥ずかしさで耳まで真っ赤にし、視線を床に移しながらも時々チラリと前髪の隙間から眺めてしまう。思春期なので気にはなるが、直視はできない初心な反応という所。
それぞれが思い思いの反応を寄せる中、段々と落ち着きを取り戻したリリスは自身に注がれる視線に気付く。それはレーティアも同じであったようで、2人はギロリとジレグートを睨みつける。
「ヒィッ!」
小さく悲鳴を漏らしたジレグートは咄嗟にイゼルを盾に身を隠すと、その後ろでガクガクと身を震わせながらどうやってこの場を切り抜けるか必死に頭を回転させた。だが、無情にも答えを導き出す前に脳天目掛けて手刀が振り下ろされ、そこで彼の意識は途切れる。
「……天誅」
満足そうに微笑を浮かべながら、倒れたジレグートを見るリリス。
その様を見ていたイゼルは、次は我が身だと顔を真っ青にさせていた。
「……イゼルはギリギリセーフってことにしとく。じゃないとレーティアに怒られる」
「な?! なぜ私なんだ?!」
「……先に視線に気づいてたはず。でも放っておいた。それはイゼルからの視線も感じてたからじゃないの?」
「ち、違うぞ! 私も気づいていなかったのだ!!」
あたふたとしながら言い訳をするレーティアに、やれやれと小さく息を吐き出しながら首を振るリリス。
イゼルが2人の真意を読み解くことができずおろおろとしていると、ジレグートが目を覚ます。
「オレっちはなんでこんなところで――」
「ええい、お前のせいだぞ!!」
半ば八つ当たり気味にレーティアがジレグートの頭に拳骨を落とすと、再び彼は意識を手放した。
彼女は一時的に降格されているとはいえ立派な鋼鉄級冒険者であり、万全の状態であれば
そんな彼女の拳骨がどれほどの威力があるのか、つい想像してしまったのだろう。イゼルは自分の頭を抑えてあわわわと腰を抜かしそうになっている。
「イ、イゼルのことは殴ったりしないからそんなに不安そうにこっちを見るな! ……私たちも無防備すぎた、反省するよ。年下なこともあって、どうも気が緩んでしまってな……。これからは気をつけよう」
「い、いえ……。こちらこそ、なんていうかその、ごめんなさい……。僕も気をつけます!」
「……少年、これに興味があるの?」
2人を不思議そうに見ていたリリスが、突然イゼルに声をかける。豊かな胸を強調するように腕で支えて、微妙に腕を揺らして少年の眼前でたわわに弾ませるように見せつけながら。
「ちょちょちょちょ?! リリスさんなにを?!?!」
「私の話を聞いてなかったのか?!」
2人して激しく動揺しながら、リリスを止めようとする。
だが、彼女は止まらない。無理やり止めるために腕を伸ばしてきたレーティアをさっとかわすと、イゼルの腕に胸をグイグイと押し付けながら耳元で囁く。
「……少年になら、お姉さんが色々と教えてあげるよ……?」
「そそそそそそそそんなことッ」
「リリスぅぅうううう!!」
予想外の行動に意表を突かれていたレーティアも、ついに許容しきれなくなったと本気でリリスを捕まえにかかる。だが、頭に血が上った単調な動きなどお見通しだと言わんばかりに、ひょいひょいっと避け続けた。
「……冗談だからもう許して」
「うそをつくなっ! お前が冗談であんなことをするわけがないだろうっ!!」
刺激が強すぎて魂が抜けたように硬直するイゼルと、その周りをぐるぐると追いかけっこしながらじゃれつく2人。やがてリリスが捕まると、じっとレーティアの目を見つめた。
「……お仕置きはあとで受けるから、絶対に無事で帰ってきて」
彼女なりの激励であったことに気づいたレーティアは、腰の刀をぽんぽんと叩くと、真剣な眼差しで答える。
「当たり前だろう。なに、私にはこいつがいる。ジェネラルだろうがキングだろうが、叩っ斬ってやるさ」
「……約束」
リリスが小指を差し出すと、2人は指切りげんまんをした。
「一体何がどうなってるってんだ……」
目を覚ましたジレグートは、硬直しているイゼルに何故か指切りをしている2人と、理解が追いつかない現状に目をぱちくりとさせる。
こうして、オークキング討伐に赴く前の束の間の安寧を、一同は噛み締めた―――。
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