第12話 緊急事態
いつもの受付嬢姿とは違う、戦闘用の装束に身を包んだリリスは心配そうにイゼルへと近づく。
「……少年、無事?」
「あ、僕は大丈夫ですけど……。なんでここにリリスさんが?!」
「リリスが来るということは、緊急事態か?」
イゼルに加勢しようとすぐ近くまで来ていたレーティアが、リリスを見て険しい表情を浮かべる。
「……依頼は中止。すぐに町に戻って」
「ど、どういうことですか?!」
「……2人と入れ替わりで、情報収集の依頼を受けた冒険者PTが一組帰ってきた。持ち帰った情報はにわかには信じがたい内容だったけど、ギルドでは真実と断定。2人への依頼中止が正式に決定された」
「で、その情報というのは?」
「……
リリスの言葉に絶句するイゼルとレーティア。
ガーレイ大森林に
「偶然が重なった惨事なのか、作為的なものなのか……。真偽はわからないが、どうやらあちらさんは素直に帰す気はないらしいぞ」
レーティアは恨めしげにそう言うと、戦闘に備える。
2人もすぐに周囲に蠢く気配を感じ取ったようで、レーティアに背中を合わせるように陣形を取った。
「……この数をずっと相手にしてた?」
「ああ、少し前から急激に増えてな。
「……それで少年が戦ってたの。納得した」
先ほど倒した集団と同規模か、それ以上の数のオークたちが所狭しと周囲を取り囲む。その中に一箇所だけ、まるで誘っているかのように手薄な部分があった。
「
「……罠だとしても、いくしかなさそう。取り囲む気配はざっと60程度、その中にさっきの
リリスの感知能力がずば抜けていることを知っているだけに、レーティアは頭の中で言われた相手を想定して戦術を組み立てる。今だ
ならばいっそ、少なくとも分断される可能性は低そうな目先の罠にわざとはまり、全員で生き残る道を探すほうが良い。レーティアはそう決断し、声をかける。
「鬼が出るか蛇が出るか、腹を括るしかなさそうだ」
彼女の言葉にイゼルとリリスも覚悟を決めると、一斉に手薄な部分目掛けて走り出す。
それを見計らったかのように背後でオークたちが動き出し、3人の退路を絶つ。これほど密集されては、いかにレーティアの火力であろうと一点突破は難しい。
この時点で背後に引き返す選択肢は完全に消えさり、ただただ進むしかなくなった。それがたとえ、茨の道だとわかりきっていても。僅かにでも希望があるなら、そこにすがるしかないのだ。
3人が進むこと、15分ほど。
まるで道案内するかのように、背後の
大人しく従いたくは無いが、完全ではないコンディションを考えれば今はまだ動く時ではない。このパーティーにおける最大火力は自分であると自覚を持ち、焦りに負けずその時を見極めるのだ。レーティアはそう自分に言い聞かせ、回復に努める。
リリスも同様に、この状況を打破できる可能性があるとすればレーティアだと思っていた。その際、自分の出来ることを考えながら足を動かす。
そうしてさらに進むこと15分。周囲の
「……信じられない」
ピタリと足を止めたリリスが、肩を震わせて言葉を零した。
次の瞬間、3人を強烈な威圧感が襲う。
「話と違うじゃないか……」
落ち着いた足取りでイゼルたちに近づく、王威を纏った巨大な
3mほどの巨大な体躯に丁寧な細工の施された濃緑色の重鎧を纏い、背には真っ赤なマント。手には
紛れもない
「あれ、どう見ても2体じゃなくて3体いますよね?!」
イゼルが慌てた様子でそう叫ぶ。彼の言う通り、3人の前には王冠を着けた
レーティアとリリスの2人も、予想を遥かに超えた現実に思考が停止してしまう。
すかさず
動けない2人に変わり、イゼルは彼女たちを後方へ引き飛ばすと、
「ぐぅうう……」
肩から血を流しながらも、すぐに体勢を立て直し剣を構える。
イゼルの背中を見て思考を取り戻したレーティアとリリスは、情けなさで怒りに震えながら少年に並び立った。
「すまない……」
「……ごめん」
イゼルは2人を見てこくりと頷くと、視線を
悲しいかな、イゼルは今のたった一度のやり取りだけで埋めようのない実力差を痛感させられていた。先ほどはたまたま致命傷にならずに済んだが、次は死ぬと本能が告げる。
「フゴッフゴッフゴッ」
3人の恐怖を見透かしたかのように、
リリスは地面に転がる手ごろな石をいくつか足で蹴り上げると、空中でキャッチしながら弾丸のように向かい来る
レーティアも刀に手をかけ、タイミングを合わせるべく深く息を吐いて呼吸を整えていた。
弾丸をものともせずに重鎧で弾きながら、
「『『
紙一重でかわしながら抜き放たれた刀は、
攻撃が効かなかったことを悟ったレーティアは、咄嗟に距離を取る。
「チッ、さすがはこの規模の集団を束ねる頭の一角というところか! 硬すぎるぞ!!」
「……比較的装甲の薄い関節か首下を狙うしかない」
幸いにも残りの
「イゼルは待機だっ! 傷を癒せ!」
「『
「フギィィイイイイイ!!」
武器を破壊されて激昂した
そんな様子を見て、観戦している
怒りばかりが募り、行き場の無い感情。ぶつける的を欲した
「ブヒヒヒヒヒッ!」
嬉しそうに声をあげると、獲物目掛けて走り出す。
「イゼルっ!」 「……少年っ!」
意図に気付いたレーティアとリリスはなんとか止めようと軌道上に割り込むが、
駆ける勢いそのままに繰り出される、速度が乗った拳は見事にイゼルを捉えた。
「ガフッッッ!!」
イゼルと
血がべったりとついた拳を見て笑みを零すと、鬱憤が少し晴れたのか怒気は落ち着きを見せた。
「そんな……」
レーティアは消え入りそうな声で呟くと、怒りに満ちた瞳で
「お前は……お前だけは、たとえ刺し違えても必ず仕留める!!!」
凄まじい気迫と共に地面を蹴ると、
「『
胴体につけた傷をなぞるように、再び
「『
流れるように再度
驚異的な集中力と技術によってまったく軌道が変わらない斬撃は、ついに鎧を打ち破り肉を切り裂いた。
「フガァァアアアアア!!」
傷がつけられたことに激昂した
無理やり身体を低くして側面に飛ぶと、一度距離を取るべく大きく後ろに飛んだ。すでに肩で呼吸をするほど体力を消耗している彼女は、今や
レーティアは
呼吸も落ち着き、彼女が再び動き出そうとした時、追加の敵が現れる。
「チッ、厄介な――」
そこまで言って、ピタリと止まると目を見張るレーティア。
現れた
「……少年……」
イゼルがやられた事で呆然としていたリリスも
血で赤く染まった、イゼルの持っていた片手剣。それが
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