第15話 知りたくなかった

何故か最近髪の毛をやたら触られる。ふわふわした髪の毛に寝癖がついているのを、気にして直してくれようとするのだが、癖っ毛なので、直りません、大丈夫です、と言うのに、やはり子どもだと思われているようで、おじさんたちを筆頭にやたらと触られる。


犬猫枠か?はたまた子ども枠?

子ども枠は仕方ないか。まだ7才だから。


時間があれば、チップの製作に取り掛かる。前に見ていた同じく見習いの…この人の名前は…眉毛のお手入れしてる人…ああ、ヤンキーのヤンくんだ。勿論ヤンキーではないのだが。やたらと、眉毛の形が綺麗で、細いので、ヤンくんと呼んでいる。歳上なのだけど、みんなに君で呼ばれてるから、と君づけを許してくれた。名前にも、ヤンが付いてたはず。

だから、ヤンくん。彼も、魔法陣チップと、細筆に興味があるみたいで、一緒に作ってくれる。


細筆をプレゼントしたら、パァッと、顔が明るく弾け、とびきりの笑顔になった。魔術師は男ばかりだが、美形が多く、それも男の園と揶揄される一番の原因で、老若問わず、綺麗どころが満載だ。


ヤンくんも例に漏れず、可愛らしい顔をして、しかも小さい子と一緒に無邪気な笑顔を見せていることが、周りの大人の心を浄化したようだ。そして、私のやさぐれた心も、浄化してくれた。


とはいえ、筆を使うのは慣れないと大変なので、練習として、チップをいくつか作るだけで、後はいつものやり方に戻る。私はネイリストとして、筆で書く方が楽なので、筆を使い続けていたが、ザリオ様の提案で、一般的な方法も、経験しておくことになった。


ここで言う一般的な方法とは、筆を使わずに魔法陣を作る方法で、これは練習すれば誰にでもできる。筆だと、練習してもうまくできないものもいるらしく、初心者用なら、断然筆を使わないやり方だ。


魔力を流し込んで、意識の中で魔法陣の形を繋げて書く方法だ。これが、思っていた以上に魔力と体力を使う。少し練習しただけで、ヘロヘロになってしまう。

今日など、ヤンくんの膝の上で、しばらく意識を失ったぐらい。目覚めたら、髪をナデナデされていた。あまりの恥ずかしさで、穴に入りたい衝動に駆られる。


まず、土下座しなくちゃ。全身全霊で、謝れば、赦して貰えるかもしれない。


土下座のため、床に座り込んだら、ヤンくんに、ひょいと体ごと、抱っこされてしまった。

「床はつめたいよ。寝るなら膝の上で眠れば良いよ。僕の膝好きだろ?」

精神年齢アラサーがイケメンの膝の上に抱っこされてるってヤバくない?

ルイだってもう働いているのに、恥ずかしいよ!

逃げようとするのだけれど、さっき意識を失くしたからか、わりとガッチリ捕まえられていて、逃げられないようだ。


「よしよし。」

頭をポンポンされて、そのまま、仕事に取り掛かるヤンくんと、捕まえられているルイに、特に何もいわない周りの人達。


不思議で仕方ない。


後で聞いたら、ルイが魔力と体力の限界で、倒れた時に、起きたらもう帰らせようと、ザリオ様の指示があったようだ。まあ、すでに、今日の仕事はあらかた終わっていたし、残りは急ぎではないものばかりだった。


ヤンくんは私が起きるまで、介抱してくれたのだから、お礼を言って、家に帰るべきだ。今のままだと、明らかに邪魔だろう。


「あの、ヤンくん。そろそろ帰ります。降ろしていただいても?」

ヤンくんは、ニッコリ笑ったと思ったら、頭をまた触って、もう一度抱きしめ直す。

「まだ、体調が戻ってないみたいだけど?もう少しいたら?帰るまでに倒れたら大変だよ。」

そしてまた澄ました顔で仕事に戻る。


いや、これ何の罰ゲームですか?


顔から火が出るくらい恥ずかしいのですけど。この体勢だと、手で顔を覆おうとすると、まるで抱きついたように見えるし、体勢を変えようとするのは、受け入れたみたいで恥ずかしいし、逃げ場がなくない?私はどうするのが、正解なの?


それにしても、確かにヤンくんの膝の上は居心地がよい。適度な脂肪があって、フカフカしている。筋肉質って言うイメージだったのだけど、意外だな。


さっきまで恥ずかしくて、悶えていたのに、だんだん、ウトウトしてしまって、また意識がなくなってしまった。やっぱりヤンくんの言った通り調子は戻っていなかったみたいだ。


次に目覚めたのは、馬車の中。そしてヤンくんの膝の上。

「あ、起きた。どう、気持ち悪くない?」

「……えーと?」

頭の回っていない私に微笑みかけながら、ヤンくんは、寝てしまったルイを伯爵家に送ってくれる、と言う。


ヒュッと、喉が鳴る。

ああああ!

これ、土下座案件だ。今日だけで、何度やらかすんだ、私は。


「本当にご迷惑を……」

ヤンくんは膝をポンポンとする。首を傾げると、また身体ごと抱き抱えられ、膝の上に乗せられる。


「あ、あの…」

膝から降りようとすると、全力で押さえつけられる。

「どうして、にげるの?」

あれ。馬車の中だからこんなに、陰のある笑顔なの?ヤンくん、キャラ変わってない?


「これ以上、ご迷惑はかけられないので。」

「迷惑じゃないよ、乗って?」

目が笑ってない。


ヤンくんの性格を誤解していたみたい。

知りたくなかったけど。





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