第2話 チートは今のところありません

「難しい顔をしてどうしたの?」

だれもいないと思っていたところから急に人が出てきたら驚くよね。


私もものすごく驚いた。


「ごめん。一応ノックはしたんだよ。」

セシルは、謝りはしたものの、にやけている。驚き方が面白かったのかな。


「何か難しい本みてるね。」

急に図書館に行きたい、と言った弟が何に興味を持ったのか、知りたいようでグイグイ来る。


「ねぇ、セシルはこれ、何かわかる?」

紋様について聞いてみる。

「これは、…魔法陣だね。魔術師の。」

本に書いてあることしか言わない。


「これ、見たことある?」

「ない。お父様なら知っているんじゃない。聞いてみたら?」

ふむ。自分は知らないと。



「うん、そうしてみる。」

もうセシルに用はない。

また本に集中しようとすると、セシルが顔を近づけてきた。


セシルの大きな少し緑がかった青い瞳に見つめられている。


「ルイ、無理しないでね。」

こめかみあたりにキスをされた。

兄からのスキンシップってこんな感じ?


いや、前世では兄がいなかったし、わからない。


途端に、本に集中出来なくなる。


いや、私は今男だよ?

前世がいかに男性に免疫がなかったとしても。

キスは驚いたけど、口ではないし、兄で、親愛の形だ、きっと。はい。


頭をふり、もう一度、本を開き、紋様の箇所をゆっくりもう一度読み直す。


「爪に書かれた魔法陣は、強力で、模様が消えない限り何度でも使える。魔術師は日々研究を重ね、新しい魔法陣の製作に勤しんでいる。」


この世界に住む者は、程度の差こそあれ、庶民でも魔力を持っている。

ただ、魔力を使えるようになるには、訓練が必要で、学校に行ったり家庭教師をつけたりしなければならない。


魔力を枯渇させても、死ぬことはないが、能力は落ちる。

あと、魔力が完全に戻るまでには時間がかかる。


ルイ自身も魔力を持っていたが、自分がどれだけのレベルなのかは、測ったことがないのでわからない。


異世界チートなんてものが、あるとしたら、それこそ魔力をたくさん与えてくれそうだけど、ルイが木から落ちただけで、あんなに周りが慌てるってことは、チートはないのだろう。


父に後で魔法陣のことについて、きいてみよう、と思い、更に本を読み進める。

紋様はそれからも何種類か出てきて、なるほどすべて形が違う。


ただ、とてもわかりにくい。

全て黒一色で描かれているからだ。


黒いネイルをしている男の人は前世にもいたけど、それだけって言うのもねー。


カラーはないのだろうか。


いくらページをめくっても、カラーの魔法陣は見つけられなかった。





母の印象は、迫力のある美人。こういう女性は前世ではお得意様で、美容に高いお金を払い、自分の美しさに絶対の自信を持っている。爪は綺麗に整えてあり、わりとゴテゴテのネイルをしている。ご飯の準備を自分でしなくていい人、というイメージ。家政婦さんを雇える経済的余裕がある人。


今、ルイとして、母の手を見ると綺麗には整えられているが、それだけだ。とてもシンプルな、地爪。


女性はネイルをしない。


私にはそれが衝撃だった。魔術師は、男ばかりなのだ。

私が異世界に転生して、性別が男になったのも、これが原因か、と。


だから黒一色なのね。

あー、でも男性でも大丈夫な色を作れば、黒以外でも使ってくれるのではないかな。


私は諦めきれなかった。ネイルを女性がしないとは言ってもカラーを増やし、その美しさを知ってもらえれば、ワンチャンあるのではないか。


いつか女性にしてもらえるようなネイルのカラーをつくること。これが、当面の目標になった。


あの黒の魔法陣の液体は何なのだろう。高いのかな。最初、墨みたいだと思ったのだけど、それだとすぐ取れてしまう。


アクリル絵具とか、かな。

流通はしてるのか。


伯爵家御用達の、商会の方に聞いてみよう。今日くるのかな。

侍女のマリンに聞いてみる。

来たら呼んでもらうよう、話をつける。


少し分けてもらえたらいいな。


「うちでは扱ってないですね。」

商会の方は続けた。

「王宮御用達の商会に聞いてみて、よければお持ちしましょうか。」

「お願いします。あ、でも、お金どれくらいかかりそうですか?」


念の為聞いておこう。あまり高いと困る。ルイのお小遣いで足りるかな。


「お金は大丈夫ですよ。伯爵様に聞いてますので。」


どうやら、紋様に興味を持ったルイが商会に頼むだろうから協力してやってほしいと、父が前もって頼んでいたようだ。


やるな、父。


それにしても、父とはまだ話して無いけど、なぜ知ってるの?

謎は深まるばかり。


それから、頼んだ液体が来るまでの間、また図書館に行き、紋様について書いてある本を何冊か借りて、知識を蓄えることにした。


紋様はたくさん種類がある。

魔術師によって、自分が使いやすいように簡素化したり、より詳細に書いたりしていくので、どんどん細分化されていく。


お花の模様や、動物を模した物もあるようだ。何か意味があるのかな。

私はこの黒一色の紋様を見ながら、頭の中で、色をつけて描いていくイメージを思い浮かべた。


そのイメージだけで、少し心が軽くなった気がした。




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