第78話

「学校、寄っていかない?」


 渚がそう言うので、私達は学校に向かった。駅からの道も懐かしい。何度も渚と歩いた道。私達は思い出話に花を咲かせながら歩いた。あっという間に到着して中の様子を伺うが、土曜日の15時過ぎともなると流石に部活動をしている生徒もほとんどいないようだ。


「これ、いくらOBと言っても中入れないんじゃない?」

「大丈夫。話つけてるから」

「話って?」


 私が尋ねると、門の向こう側から私達を呼ぶ声がした。


「おーい、遠野君〜梓〜」

「みっちゃん!?」

「久しぶりだね〜」


 元クラスメイトのみっちゃんだった。会うのは、高校卒業以来だったがすぐに分かった。


「悪いな、休みの日に」

「いいよ。どうせ暇だしね〜。それより置いておいたから」

「ありがとう。アズ、行こう」

「う、うん」


 久しぶりの旧友との再会を喜ぶ間もなく、渚は校舎に向かって歩き出した。去り際にみっちゃんは「今度同窓会しようね〜」と言っていた。


「ビックリした。みっちゃんと連絡取ってたんだね」


 私は修学旅行の夜の出来事以降彼女とはあまり話さなくなっていたので、とても驚いた。


「ん?あー、先生やってるって聞いて、連絡先教えてもらった」

「そこまでして、学校行きたかったの?」

「そうそう」


 私の質問を軽く流す渚。私達は懐かしい校舎を歩いて、教室に向かう。2階の奥から2番目の教室。私達が一緒に過ごした1年2組に向かう。


「開けて」


 扉の前で渚に促される。とても真剣なその声に、何かあるのかと疑問に思いながら教室のドアをゆっくり開けた。


「失礼します…」


 静まりかえった教室にゆっくり入る。最後に座った自分の席に座ってみようかと、そちらに視線を移す。並んだ机の、1番後ろ。窓際から2列目の席。そこに置いてあるバラの花束。


「何…?」


 渚を見るが、何も言わないし、驚く様子もなかった。私はゆっくりとその席に向かう。机の上には、バラの花束と共に、小さな箱が置かれていた。察しの悪い私でも、流石に分かる。


「バラの数は108本。意味分かる?」


 渚の問いに首を横に振る。


「し、知らない…けど…」

「『結婚してください』って意味だよ」


 感情が昂ると、言葉を失うんだと初めて知った。代わりに涙が溢れる。


「アズに1回フラレたこの場所で、言いたかったんだ。ここは始まりの場所だから」


 そう言って、渚は小さな箱を開ける。ダイヤのついた指輪だ。


「梓、俺と結婚してください」


 私は次から次へと零れ落ちる涙を抑えるように顔を手で覆った。


「返事は?」


 中々返事をしない私の顔を覗き込むようにして、渚が聞く。私は泣きながら声を振り絞った。


「……はい」


 渚は、指輪を取り出し私の左手の薬指にはめてくれる。


「…綺麗」


 手を上げて、指輪を光に透かして見る。ダイヤがキラキラと輝いてとても綺麗だった。バラの花束のとても綺麗だ。


「本当はもっとロマンチックな場所で…とか考えてたんだけどさ」

「え、いいよ。十分すぎるぐらい嬉しい。思い出の場所だもん」

「俺のことフッた思い出?」

「もーー!!」


 渚がクスクス笑っている。


「嘘、嘘。あれがなければ今一緒にいないし」

「そうだね。ねぇ…渚」

「ん?」

「ありがとう。私の隣にいてくれて」


 私がそう言うと渚は私の手を握って


「こちらこそ、ありがとう。梓」


 と言って、笑った。

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