第17話

「あ、梓?」


 遼に名前を呼ばれた瞬間、線香花火の火の玉が落ちる。遼が好きだと言った。気づいたら口に出していた。突然恥ずかしくなり、顔をそむける。


「な、何?」


 顔が熱い。


「こっち向けって」

「な、なんで?」

「顔見たい」


 遼が肩をグッと掴んだ。慌てて両手で顔を隠そうとしたが、遼の手で阻まれる。顔が赤くなっているのが、バレてしまう。


「梓…俺…」

「りょ、遼が香織のこと、好きってことも、私のことをそんな風に見たことないってことも知ってる!だから、へ、返事とかいらないから!!知っててほしかっただけ…」


 慌てて言う。遼の気持ちもわかっている、本当に自分の気持ちを伝えたかっただけなのだ。


「梓。聞いて」


 遼が真剣な顔をしている。その表情に、私は黙った。


「俺は確かに、香織のこと好きだった」


 わかってはいたけれど、実際口に出されると胸がチクンと痛む。


「けど、もういいんだ。結構前に諦めついてる」

「え?」


 予想外の言葉に思わず聞き返してしまう。


「香織が渚のこと好きなの知ってたし」

「そ、そうなの?私が言ったから…?」


 私が香織が渚を花火に誘うという話をしたから、気づいてしまったのかと思うと申し訳ない。


「違う。それよりもっと前。アイツわかりやいじゃん」

「じゃ、じゃああれから気まずかったのはどうして…?」


 私が尋ねると、遼は困ったように頭をポリポリ掻きながら言う。


「あれはー…、恥ずかしかったんだよ。俺の気持ちってそんなにバレバレなのかって」

「ずっと見てたら、わかるよ」


 俯いてしまう。わかっていた。何年も前から知っていたことだけど、実際本人の口から聞くのは初めてで、声に出されると、とても悲しい。


「でも、本当にもういいんだよ。渚のこと好きなの知ってるし、あいつらお似合いだから上手くいけばいいなって思っているんだよ。本当だからな」


 遼は念を押すように言ってくる。顔を隠すのを阻まれてそのまま繋がれている右手にギュッと力を込められる。ジッと目を見て「それより…」と言い出し、


「俺…2人で花火大会行こうって言われた日から梓のことで頭いっぱいなんだけど」

「…え…?」


 思ってもみなかった言葉に、驚き、呼吸が止まりそうになった。


「え?じゃないわ。あんな顔真っ赤にされて誘われて、ときめかない男はいないっての」

「そうなの?」


 2人でフフッと笑った。そしてすぐ真剣な顔に戻る。


「俺、正直梓のことをそんな風に見たことなかった。けど、本当にあの日から、意識してる。告白もすげー嬉しいし、ドキドキしてる」

「遼…」

「だから、少しだけ待ってくれないか?ちゃんと…考えるから」


 告白したら、すぐにふられて終わってしまうと思っていたからとても驚いた。考えてくれるということは、まだ可能性はあると思っていいのだろうか。涙が零れ落ちる。


「泣くなよ」


 遼が指で涙を拭ってくれる。


「ふ、ふられて終わりだと思っていたから…そんな考えてもらえるなんて…なんかもうぐちゃぐちゃ」


 複雑な感情が涙となって溢れる。止まらない。

 そんな私を遼は抱き寄せ、背中をトントンとしてくれた。

 ドキドキする。遼も私にドキドキしてくれているのだろうか。


 ただの幼馴染、から少しだけ進んだ、夏の夜の出来事だった。

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