第9話

 無言のまま家に着き、鍵を開けて入る。まだみんな仕事やバイトのようで家には誰もいなかった。

 遼は「お邪魔します」とだけ言って、私の部屋についてくる。


 ーやっぱり急に誘ったりしたからかな…。


 遼の様子がおかしい理由はそれしか思い当たらない。保育園の頃からずっと一緒にいるが2人で花火大会に行きたいなんて初めて言ったから無理もない。


 そんな遼に、机の上に置いてあったノートを渡した。


「遼、コレ」

「何これ?」

「今回のテスト範囲、遼に渡す用にまとめたの。とりあえとず現代文と古典と英語と日本史ね」


 遼はパッと目を輝かせ、「マジで!?」と言った。いつも通りの遼に、戻ったと安堵する。


「でも、こんなの作るの大変だったんじゃないか?」

「自分の勉強がてら作っただけだし別に大丈夫だよ」

「ありがとう、梓!!」


 遼はザッと目を通しながら、すげーと言っている。遼に渡すために何日も前からコツコツと作っていたので、とても嬉しい反応だ。


「でも数学とか化学まで手が回らなかった、ごめんね。問題見直すだけで精一杯」

「梓、文系だもんなー。理系は俺得意だし教えてやるよー」


 ノートを開き2人で勉強を始める。文系科目はさっき渡したノートで対策するとのことで、私が遼に教えてもらうことになった。


「でも梓はそこまで勉強しなくても、大丈夫じゃん?中学じゃトップ10位以内にいたし、高校入ってからの中間だってそこそこだったし」

「いや、もう数学とか難しすぎて無理よ。来年の文理選択は文系にする」

「香織は英文科行きたいって言ってたから文系だろう?俺は工学部志望だし渚も理系だし2年からは別のクラスだなー」


 遼がそう言ったときに手が止まる。香織の進路も遼の進路も聞いたことがなかったからだ。

 4人で遊んだ後の帰り道、方角が違うから私と渚、遼と香織に分かれる。2人きりになった時に、話だってするだろう。

 それなのに、頭では分かっているのに、2人が進路、先のことを話していたということがとてもショックだ。頭を金槌で殴られたかのような衝撃だった。


「梓?どうした?」


 固まっている私を心配そうな顔をして覗き込んでくる遼。


「ー遼…。花火大会、香織と2人きりで行きたかった?」

「は!?い、いやそんなことは…」


 明らかに動揺する遼。


「でもさぁ、香織は…」


 ーダメ。これは言っちゃ、ダメ。


 わかっていても、止められない。止まらない。


「香織は、渚を誘うんだって」


 言ってしまった。

 この言葉はつまり“香織は渚が好きだ”ということを表している。いくら私の長年の想いに気付こうともしない鈍い遼にだってそれぐらいは伝わるだろう。


「あ…へぇ…そうなんだ…」


 遼は明らかにショックを受けている様子だった。


「悪い、梓。今日は帰るわ。ノートサンキューな」


 そう言って、荷物をまとめ、一度も私の方を見ることなく、遼は帰っていった。

 部屋を出ていく遼の背中何も言わずに見送った。頬には涙が伝っていた。

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